はじめに

　私の名前は秋。秋と書いて、みのりと読む。

　２００４年１１月に出生したばかりの赤ん坊である。本日１２月６日においてやっと生後２週間余り、現段階においては新生児と呼ばれる。
　無論まだ話すことも歩き回ることもできぬ。終日授乳をしてもらっては、眠り、大小の排泄をするばかりの日を送っている。だからといって言葉が理解できぬという判断はお門違いである。新生児は大人などより余程多数のシナプス結合を脳内に有しており、言語はもちろん、種々の理解力、洞察力において決して引けを取らぬものなのである。
　出生してからのみならず、母殿の胎内にいるときから、私は人々の言葉を耳にし、様々な経験とともに記憶し、我が物としてきている。新生児だといって侮ってはいけない。

　私の出生について触れておこう。いわゆる十月十日の間、私は母殿の胎内にいたはずだが、その間の記憶を全て有している訳では無論ない。意識の明確になってきたのは、６か月を超えたあたりからである。当初は長く意識を保つことはできず、一日の内ほんの数時間、それも細かく切れ切れに外の声に耳を傾けるのがようやくであった。あとの時間はほぼ眠ったきりであったろう。
　母殿は子宮に筋腫をもっており、それも無闇に大きなものであったらしく、医者はそれを私の頭とほぼ同じくらいと称していた。確かにそれは私の身を時に圧するように、いつも私の傍らにあり、子宮内を自由に動き回るには甚だ邪魔っけな代物であった。
　しかもそいつは母殿の体の正面から子宮下部にかけて位置しており、当初私の向きが逆子であったときているから、医者はとても経膣分娩は不可であり、かといって帝王切開をするにしても大変困難であり、ようするに生きて生まれるかどうかもわからぬという意味のことを言葉は無論変えてのたまった。臨月に至るまでにも流産の起こる可能性が高く、よって母殿に対してはとにかく大事を取り、あらゆる運動はもちろん、日常程度に歩くことも極めて危険であると述べた。
　ところが我が母殿はなかなか偉物であり、医者の言うことよりもまず母体を健康に保つのが安産への道であると確信し、むしろ積極的に動き回る方針を取った。一日に３時間４時間もも歩き、禁じられていた自転車にも乗り、あまつさえマタニティ・スイミングなる教室に参加しようと考え、医師の同意書が必要であったため求めたところ無論拒絶されたが、別の医者を訪ねてまんまとこれをせしめ、散々泳ぎまでした。
　その結果がいかなることになったかは次回に改めさせていただくとしよう。
　
　そろそろお乳の時間なのである。