父殿遭難

　去る３連休、バイクで群馬の祖父母殿宅に出かけた。例によって私は母殿とタンデムである。途中の道の駅でイチゴアイスを食べたりして、往路は至って順調であった。翌日曜日の早朝、父殿が一人でバイクで出かけた。ほんの一時間ほど、榛名の山道を走ってくるだけのつもりだったらしい。予定通り榛名湖まで達し、伊香保の方に下る途中、災難に遭われた。何でも、雪道の滑り止めに撒く砂が、前夜の雨でコーナーの一つに流れ集まり、泥の層ができているところにそうと気づかず乗り入れてしまったのだという。速度は落としていたものの、泥でタイヤが滑るのを支えきれず、左足をバイクの下にして転倒された。朝のことで幸い後続車もなく、ただちにバイクを引き起こし、安全な所まで移動した。ジーンズが破れ膝を大きくすりむいていたが、軽症と判断した。バイクはというと、多少クラッチレバーが曲がっていたが、手で押してみると通常の位置に戻る。エンジンも問題なくかかって、そのまま乗って祖父母宅まで帰ってこられた。

「転んじまったよ。」と報告しながらジーンズを脱いだところ、ふくらはぎに大きな裂創が生じているのに初めて気づかれた。お風呂場で水をかけて洗ってみると、バイクのステップででもこすったのか、幅２センチほど、長さ１０センチほど渡って肉が削がれて、脂肪層が見えている。これは大事であると、母殿も祖父母殿も大慌てになり、休日のことでもあり救急車を呼び、搬送される。当直の医師がなかなかの名医で、ただちに傷口の洗浄、縫合を手際よく行って下さり、どうにか歩いて帰ることができた。

　翌日祖父殿に車で長躯東京まで送っていただく。バイクは当然群馬に残していく。近所の救急病院を訪ね再度傷口の消毒、処置をしていただき、父殿は当面２日と空けず通院を余儀なくされる。さて連休明けから、母殿は大忙しである。毎朝の私を保育園へ連れていくのは父殿の役目であったが到底そんな状態でないので、母殿が代わらざるを得ない。その他日常分担しているところの家事を一手に引き受けるところとなり、時間がいくらあっても足りないという風情である。父殿は連休明け、休みもせずに足を引きずって会社に行ったが、午後は半休として帰ってきてまた病院で診察。その後も変則的な勤務でほぼ毎日病院通いである。病院では松葉杖を貸してくれた由だが、父殿は使い勝手が悪いと称して頑固に足を引きずって歩き、近所では片足で自転車をこいで乗って回っている。

　さて私であるが、名にしおうパパっ子であるだけに、父殿の遭難は手痛い。抱っこもしてもらえない、お風呂にも一緒に入れない、お休みの日になっても公園にも連れて行ってもらえない。この時期は本来なら大好きなお花見に連日でも出かけるのだが、今年は当面お預けである。せいぜい夜寝る時だけ、腕枕をしてもらってご本を読んでもらうのだけがいつに変わらぬ日常である。それでさえ、ちょっと私が足をバタバタさせたりすると父殿が大仰に悲鳴を上げたりするので注意が必要である。
「パパ早く足治って！」
と私は父殿の顔中にチュウをする。ついでに、
「今日ね、Ｒちゃんともチュウしたんだよ。そしたら、けっこんするの？って言ってた。」
と保育園での出来事を報告する。