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時代が変わろうとしている 気候戦争としてウクライナ侵略を読み解く 経済思想家・斎藤幸平

2022-03-10 02:20:59 | 明日の巡り合い 運命 

時代が間違いなく変わろうとしている

これは地球的規模の危機の到来 それを人類は乗り越えられるのか??

いままでの安穏とした意識ではいられなくなる。これから具体的に直面するのだから。

概念が変わる、意識がかわる

「人類があまりに巨大な力を持つようになった結果」これは違う、、人類は巨大な力を持っていない、、なぜなら自然現象には無力だから。巨大な力を持っているなら、、自然現象をコントロールできるはず。

気候戦争としてウクライナ侵略を読み解く 経済思想家・斎藤幸平 (msn.com)

 

社新書)は45万部のベストセラー(撮影・露木聡子氏、斎藤さん提供)

 経済思想家で大阪市立大学大学院経済学研究科准教授の斎藤幸平氏が、気候戦争としてロシアのウクライナ侵略を読みとく。

*  *  *

 北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大から、ウクライナ東部の領土問題、プーチン大統領のロシア帝国復活という野望にいたるまで、ロシアによる予想外の侵攻をめぐって、様々な原因がメディアで取り沙汰されている。当然、今回の戦争は単一の理由で起きたことではなく、複合的な原因や事情が折り重なっている。

 ただ、そのなかで、気候変動にからむ事情が、日本のメディアでは見落とされがちではないだろうか。気候変動問題が解説に登場しても、それは間接的なわき役としてだ。例えば、ロシアからの天然ガス輸入にドイツが大きく依存していることは、しばしば議論の的になっている。その際には、ドイツが「愚かにも」脱原発と脱石炭を掲げて再生可能エネルギーにかじを切ったことが、ロシアの国際銀行間通信協会(SWIFT)排除などの強い制裁措置に尻込みをさせたという批判を呼んでいる。一方で、ロシアにエネルギーの根幹を握られている危うさが今回の危機で浮かび上がり、再エネへの転換こそが安全保障につながるという反論も出た。

 だが、こうした議論は、あくまでもエネルギー政策の方向性をめぐる次元の話であり、どちらの立場も、ロシアの侵略が欧州連合(EU)の気候変動政策にもたらす影響を分析したものにすぎない。逆にここで欠けているのは、気候変動のほうがロシアの政治経済にもたらしている影響の分析である。

必要となる「人新世」の概念

 そのような分析のために必要となるのが、「人新世」という概念だ。「人新世」とは、人類があまりに巨大な力を持つようになった結果、地球という惑星のありかたを改変した時代を指す。なぜこうした新たな時代区分が必要かといえば、人間が自然を支配・操作し、自然の脅威がなくなる「自然の終焉(しゅうえん)」を目指した近代化の果てが、むしろ、改変し過ぎた自然に人間が翻弄される、逆転現象をもたらしているからである。

 その最たるものが、気候危機だ。多くの科学者が警告しているように、気温上昇によって、地球環境は人類にとって過酷なものになり、干ばつや豪雨、山火事などが多発し、食糧や水といった最低限の生存のための条件も今後、危うくなっていく。

 この「人新世」の危機という視点を抜くと、新型コロナのパンデミックやロシアの戦争は、冷戦よりも歴史の時計はさらにさかのぼり、世界大戦へと突入していった100年前の帝国主義の時代への逆戻りのようにみえる。もちろん、多くの論者が指摘するように、プーチンの専制はナチスやヒトラーを想起させる類似性はある。だが、時代は単に反復するのではないからこそ、差異にも注目しなければならない。

 要するに、21世紀の戦争は、「人新世」という完全に新しい環境で遂行されている。つまり、戦争や紛争にも地球環境的要因が影響を与えるようになるのだ。

 例えば、シリアの難民問題を生むことになった内戦やアフガニスタンでのタリバーン復権がそうで、気候危機の影響による干ばつで多くの人々が困窮した結果、政治的に不安定になったと言われている。つまり、シリアやアフガニスタンの難民は、愚かな独裁者が引き起こした内戦の痛ましい犠牲者であると同時に、「気候」難民なのである。気候変動の被害が、年々、拡大するにつれ、世界秩序の不安定性は高まっていく。

 同じように、今回のロシアの侵略戦争の原因を、ロシア帝国再建という帝国的野望だけに求めることはできない。ましてや、錯乱した独裁者の暴走とみなすのは不適切だ。プーチンの意識や振る舞いは——仮に彼が本当に錯乱しているとしても——、「人新世」の気候危機に対する適応の必要性によって規定されていると見たほうがよいだろう。

 そのためにはまず、「寒いロシアは温暖化で得をする」というようなステレオタイプは、捨てねばならない。むしろ、今回の戦争は、愚かな帝国主義的侵略であると同時に、「気候」戦争としての側面がある。自然的要因が社会的要因とますます切り離せなくなる人新世という時代においては、気候変動という視点から今回の戦争もとらえなおす必要があるのだ。

気候危機と新たな覇権争い

 では気候戦争とはなにか。それは、気候危機を前にして、新しい世界秩序を確立し、覇権の維持を目指すグローバルな闘争の一形態である。危機のもとでの新たな覇権をめぐる争いは、無論ロシアだけのものではない。この争いには、今回のウクライナとロシアの緊張関係を生むきっかけとなった欧米だけでなく、中国も深くかかわる。

 それが、再エネや電気自動車への経済インフラの全面転換であり、EUのタクソノミー(環境に配慮した経済活動かを認定する基準)に見られる規制作りである。欧米や中国は、自分たちが独自に制定する基準のもとで、他国の規格外の商品を排除しつつ、「環境に優しい」自国の新商品を他国に売りつけようと争っている。それが脱化石燃料による経済成長を目指す「緑の資本主義」の中核戦略をなす(付言すれば、この新たなルール作りの蚊帳の外に日本がいるせいで、日本の政治もメディアもこの新しい世界秩序にむけての闘争について関心が極めて低い)。

 だが、「緑の資本主義」も資源やエネルギーを必要とする。必要とされるのは、もはや化石燃料ではなく、リチウム、ニッケルやコルタンといったレアアースなどの新しい資源だ。そうした資源獲得をめぐって、南米やアフリカで米中の緊張関係が高まっているのは周知のとおりだ。

 今後、化石燃料の需要は伸び悩み、リチウムが「21世紀の石油」となる。当然、そうした転換は、これまでの化石燃料の輸出で金もうけをし、諸外国への影響を保持してきた国にとっては大きな損失となる。

 長期で見たときのロシア経済にとって、これは憂鬱(ゆううつ)の種だろう。ロシアは石炭、石油や天然ガスの輸出大国であり、経済は化石燃料の上に成り立っていると言っても過言ではない。世界の脱炭素化が実現していけば、化石燃料への需要も大きく低下する。そうなれば、ロシア経済は致命的なダメージを被る。それは、オリガルヒと呼ばれる新興財閥の超富裕層たちに支えられたプーチン自身の権力体制に対する死刑宣告になるだろう。だとすれば、プーチンがそのリスクを認識しているのは間違いない 。事実、ロシアは、すでにレアアースの世界シェアを増やすべく、動き始めている。

ロシアを襲う気候危機

 一方、現在の「緑の資本主義」は、気候変動対策としてはまったくもって不十分であり、世紀末までの気温上昇は、パリ協定の1・5度目標を大きく上回る2・4~2・7度になると言われている。当然、そのレベルでの気候変動は、社会や生態系に極めて大きな被害をもたらすことになる。ロシアもまた例外ではない。

 プーチンは気候変動について、「ロシアが暖かくなれば毛皮のコートを着なくてよくなる、農業生産性も向上する」と冗談を述べたとされ、彼は気候変動懐疑派だという評価も散見される。また、北極海の海氷が融解すれば、北極海航路(NSR)と呼ばれる新たな航海ルートが開けるため、そこでの利権を周到に狙っているという報道もある。

 確かに、その意味では、ロシアにとって気候変動の恩恵は存在する。だが、そうした楽観的予測は一面的である。事実、ロシアへの気候変動の負の影響は極めて大きい。ロシアにおける気温上昇は世界の他地域と比べて2.8倍のペースで大きく進んでおり、その結果、永久凍土の融解が進行している。これによって起きる地盤沈下は、国土の65%を永久凍土が占めるロシアにとっては深刻な脅威だ。

 2月末に発表されたばかりの「国連の気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第6次評価報告書(AR6。第13章)でも指摘されているように、地盤沈下によってビル、道路、空港、パイプラインにすでに大きなダメージが出ており、その対策に大規模の出費がかかるようになっている。2020年にシベリアで大量の燃料が流出する事故が発生し、周辺地域に非常事態宣言が出されたのを覚えている人もいるだろう。これも気候変動によって凍土がゆるみ、燃料貯蔵庫の柱が倒壊したせいで起きた惨事である。

 そして、今後気温上昇が3度以上になれば、永久凍土がインフラを支える力は今世紀末までにほとんどなくなる。その被害額は、2050年までに、970億ドル(約10兆円)という試算もある 。

 気候危機によって、凍土のなかに閉じ込められていたウイルスが拡散するという問題もある。すでに2016年にはトナカイの死骸から炭疽(たんそ)菌が広がり、70人以上が感染する事件があったし、マンモスの死骸から未知のウイルスも発見されている。それ以外にも、シベリアでは山火事、さらには、15年間で400人以上が亡くなっている洪水など、自然災害リスクも増大していく。極北の地のこうした急激な変化やリスクを抑え込むことが今後ますます難しくなる。

 そうしたロシアに壊滅的な最終打撃として加わると予想されるのが、夏の干ばつによる小麦の生産量減少だ。ロシア南部は2010年に干ばつに見舞われたが、気候変動が加速化するなか、それ以上の事態も当然、危惧される。ソ連時代の飢餓の記憶がプーチンを襲う。

 だからこそ、昨年の主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、二酸化炭素排出削減を西側から求められたプーチンは、「ロシアの方がG7よりも削減している」「ロシアは砂漠化、土壌侵食、永久凍土融解といった複合的脅威に直面している」と危機感をあらわにしたのだ。

プーチンのジレンマ

 要するに、ロシアも気候危機への適応を迫られている。だが、ここには深刻なジレンマがある。自分たちの経済を支えている化石燃料を手放すことを、プーチンはできるだけ遅らせたい。当然、自らの影響力が低下するのも避けたいだろう。だが、脱炭素化を遅らせれば、自分たちの社会が瓦解(がかい)し、ロシアそのものが失われてしまうかもしれない。

 このような厳しい状況だからこそ、プーチンの一挙手一投足は気候危機とは切り離せない。ウクライナへの侵略も、気候危機への適応戦略の一面があるとみるべきなのは、そのためだ。

 だが、エネルギーシフトを行い、欧州や中国が牽引(けんいん)しようとする「緑の資本主義」への適応を目指しさえすればロシアも中国のようになれるのか、という問題がある。それが難しいのは、プーチンもわかっている。中国は、脱炭素化に対応できる技術力を身につけているが、一方、ロシアにはそのような技術開発を進める力はおそらくない。そうであるとすれば、脱炭素化を目指す場合、旧来の原子力を使うという道しかない。そのような原子力への強い執着は、今回の戦争でロシアが原子力発電所を攻撃し、奪取した事実にも表れている。

狙われるウクライナの天然資源

 そして、気候変動の影響、とりわけ干ばつなどを考えたときにロシアにとってますます重要になるのが、ウクライナ産の穀物に他ならない。周知のように、ウクライナは「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれ、ロシアと並ぶ小麦の輸出大国である。その量は、ロシアと合わせれば、世界の小麦の輸出市場の29%を占めるほどだ。トウモロコシの輸出も多い。中国もウクライナから最も多くトウモロコシを輸入している。

 今後、気候変動によって世界的な干ばつや熱波が深刻化し、食糧危機のリスクが増大していくなかで、ウクライナの豊かな土壌がますます重要性を増していくのは疑いようがない。ロシア国民の胃袋を満たすだけではない。ウクライナの穀物輸出に依存する中国はもちろん、中東やアフリカにも、大きな影響力を持つことができる。気候変動が進めば進むほど、戦略物資としての穀物の重要性は増していく。

 さらに、ウクライナは天然資源にも恵まれている。とりわけ半導体製造に必要な、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンなどの原材料ガスの主要産出国である。ネオンガスにいたっては世界の70%もの量を供給している。

 そうした資源を生かしながら、ソ連時代から宇宙分野や核開発の拠点だったウクライナは「東欧のシリコンバレー」として、ITやハイテク産業の発展に注力してきた。人口4400万人のウクライナで、IT技術者は20万人にも及び、グーグルなどの海外企業からも多くの発注を受けていたのである。ウクライナにR&Dセンターを置く企業もアマゾンからサムスンまで数多くある。1人あたりGDPでみればロシアより貧しいウクライナではあるが、科学技術の水準は非常に高いのだ。

 食糧、資源、IT。これらは、まさにロシアが気候危機に直面するなかで、のどから手が出るほど欲しいものばかりだ。その意味で、今回の戦争はNATOの東方拡大阻止という最重要課題への対応であるとともに、気候危機への適応戦略の一環なのである。

深まる気候変動の危機

 悪いニュースは、これがロシアだけに言えることではない、ということだ。今後、気候変動が深刻化するなかで、水、食糧、資源、エネルギーをめぐる紛争や戦争の火種は増えていく。

 そして、その気候変動の悪影響についての科学者たちの予想は、ますます悲観的になっている。今回のウクライナ侵攻が始まった数日後、IPCCが第6次評価報告書の一部を成す3千ページ超えの文書を公表した。公表に合わせた会見で、グテーレス国連事務総長は、この報告書はまさに「人類の苦難の縮図」であると述べた。それほど、気候変動の危機は深まっている。

「人新世」の危機は、当然、世界中のありとあらゆる次元に影を落とす。だからこそ、今回のロシア侵略を新たな「気候」戦争としてもとらえる必要がある。また、ロシアに対する欧米や中国の対応も、気候危機のもとでの覇権をめぐる帝国間の争いとしてとらえなおさねばならない。

「人新世」の危機は私たちがかつて経験したことのない事態であり、脱炭素化を進めると同時に、帝国主義的競争が激化しないような平和への道を、人類は新たに思考しなければならない。さもなければ、この惑星の未来は暗い。冷静に書かれたIPCCの報告書だが、最後の一節には、もう一刻の猶予もないという科学者たちの切迫感がにじんでいる。

「居住可能で、持続可能な未来をあらゆる人々に確保する『機会の窓』は、急速に閉じつつある。(気候危機への)適応と(気温上昇の)緩和に向けて、先を見据えた世界的な協調行動が、これ以上少しでも遅れるならば、このわずかな機会を失うことになるだろう」

 戦争が長期化すれば、より多くの命が失われるうえに、この窓は永久に閉じることになる。

(寄稿)

※AERAオンライン限定記事

 


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