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1945(昭和20年9月6日)北海道新聞から。東久邇首相の無条件降伏を受けて、国会演説。

2019-08-16 03:42:18 | 日記

9月2日,戦争遂行の最高責任者である昭和天皇は、日本の無条件降伏を受け入れてアメリカの艦船ミズーリ号で無条件降伏文書に調印した。それを6日に国会で報告するため、勅語を発表し、正確には帝国議会で総理大臣から報告をした。今の憲法ではないので、国会での承認などはなく、あくまでも天皇の勅語であり、報告である。内閣総理大臣はその報告での説明である。従って議会議員の意見などはない。黙って拝聴するしかないのである。ましてや体制翼賛会である。言うべき人などいるわけもない。

東久邇首相は帝国議会で一億総懺悔、戦争遂行の総括らしき敗因について論評している。しかし総括とも言いがたい天皇制度の擁護と戦争責任を曖昧にした報告であった。皇族内閣で戦争責任など出来る訳もない。挙国一致から挙国精進に変え、当時の官僚の曖昧な政治文書を読み上げたのが実態だったのだろう。食料難。価値観の大きな変化の中で、なんとか国体護持、天皇の存続がすべての説明である。


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