パウロの生涯(08)
決別から和解へ
(パウロとマルコ)
※この項目は説教というより、解説になります。
※聖書は特記しない限り、新改訳2017(新日本聖書刊行会)を使っています。
※この項目は、いのちのことば社の『新聖書辞典』を参考にしました。
(新改訳2017の巻末地図より)
戦線離脱
「パウロの一行は、パポスから船出してパンフィリアのペルゲに渡ったが、ヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰ってしまった。」(使徒13:13)"
パウロたち一行は、キプロスを離れ、小アジアに渡り、ペルゲに着いた時に、助手のマルコが離脱し、エルサレムに帰ってしまいました。
早速の離脱でした。
マルコがなぜ戦線を離脱して、エルサレムに帰ってしまったのか、その理由には諸説あります。
1.ホームシックになった。
2.キプロス伝道だけだと思っていたのに、小アジアの、しかも奥地にまで行こうとした。キプロスの困難を見て臆病になった。
3.上記2との関係で、主導権がバルナバからパウロに移ってしまったのが気に入らなかった。(バルナバが軽んじられている)
エルサレムでの信徒時代
ここで、伝道旅行に参加する前のマルコについて見ていきます。
マルコは、キプロス出身のバルナバの従兄弟でしたが、
実家がエルサレムにあるので、
エルサレムに生まれ育ったと思われます。
家庭は裕福であったが、父親は若くして亡くなったらしく、母に育てられた。
ペテロは手紙の中で、
「私の子マルコが、あなたがたによろしくと言っています。」(Ⅰペテロ5:13)
と書いているので、
マルコはペテロの導きによって、クリスチャンになり、洗礼もペテロから受けたであろう。
最後の晩餐は、マルコの実家の2階で行われたので、マルコは公生涯のイエス様、さらには復活のイエス様も直接見知っていたと思われます。
伝道者として
「エルサレムのための奉仕を果たしたバルナバとサウロは、マルコと呼ばれるヨハネを連れて戻って来た。」(使徒 12章25節)
使徒の働きによれば、
バルナバとパウロがエルサレムに行ったときに、伝道旅行に連れて行くつもりで、エルサレムにいたマルコをアンティオキアに連れて行った。
なぜマルコを伝道旅行に連れて行ったのかというと、
マルコは公生涯のイエスを見知っていたので、証人として証しするためであったであろう。
パウロとの決別
「バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネを一緒に連れて行くつもりであった。
しかしパウロは、パンフィリアで一行から離れて働きに同行しなかった者は、連れて行かないほうがよいと考えた。
こうして激しい議論になり、その結果、互いに別行動をとることになった。バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行き、
パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。」
使徒の働き 15章 37〜40節
マルコが戦線離脱してエルサレムに戻ってから、2〜3年後のこと。
エルサレム会議を終えたパウロたちは本格的に異邦人伝道をすべく、2回目の伝道旅行を決行しました。
しかし、誰を連れて行くかということについて、バルナバはマルコを連れて行きたかったが、
パウロはかつて離脱した者は連れて行かないほうがいいと言って反対した。
結局、バルナバとパウロは別行動を取るようになり、マルコはバルナバと一緒にキプロスに向いました。
パウロの役に立つマルコ
そして、その後、10年ちょっとした頃にローマの獄中で書かれたパウロの書簡には以下のように記されています。
「私の同労者たち、マルコ、アリスタルコ、デマス、ルカがよろしくと言っています。」(ピレモン24)"
「私とともに囚人となっているアリスタルコと、バルナバのいとこであるマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もし彼があなたがたのところに行ったら迎え入れるように、という指示をあなたがたはすでに受けています。」
コロサイ人への手紙 4章 10節
決裂から10年余り経った頃、
マルコはパウロの良き働き手となっていました。
パウロの「同労者」と言われ、さらにパウロの名代としてコロサイ教会に派遣されようとしていた。
パウロが処刑される直前に書かれたテモテへの第二の手紙によると、
「ルカだけが私とともにいます。マルコを伴って、一緒に来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。」 (Ⅱテモテ4:11)
ここでパウロはマルコのことを「彼は私の務めのために役に立つ」と言っています。
そして当時、小アジアのどこかにいたテモテに、コロサイにいるマルコを連れて一緒にローマに来てほしいと言っています。
伝承によると、マルコはその後、エジプト最大の都市アレキサンドリアで伝道活動をして、教会の基礎を築いたと言われています。
その後、マルコは自分が直接見聞きしたり、ペテロを通して聞いたりしたイエス様の逸話をもとにして『マルコの福音書』を執筆しました。
所 感
ピレモンへの手紙の中でパウロは、逃亡奴隷のオネシモについて、
「彼は、以前はあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにとっても、私にとっても役に立つ者となっています。」 (ピレモン11節)
と言っています。
神様は役に立たない人間を役に立つ者に造り変えることがお出来になります。
おそらく背後にはマルコの母教会であるエルサレム教会の信徒たちの厚い祈りと配慮があったと思います。
また、パウロが2回目の伝道旅行をしている間に、マルコはバルナバと一緒にキプロス伝道をしていました。
この時にマルコは、バルナバに励まされながら、伝道者として訓練され、鍛え上げられていったと思います。
そして10数年の年月を経て、パウロの役に立つ者に変えられていったのです。
私たちは役に立たない人がいても、
神様はどんな人でも造り変えることがお出来になると信じて、
その人のために愛と忍耐をもって祈り、
また、その人が決して孤立しないようにバルナバのように配慮していきたいと思います。
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