日本庭園と社寺建築

日本庭園の魅力と巧みの建築を紹介

林泉寺

2011-11-22 | 林泉寺
新潟県上越市にある曹洞宗春日山林泉寺は、戦国時代を代表する名将上杉謙信公ゆかりのお寺として知られております。境内には上杉謙信の墓所、川中島合戦戦死者の供養塔がある。惣門は春日山城の搦手門を移築したものと伝えられ、現存する唯一の春日山城の建築物となっている。

上杉謙信公(幼名ー長尾虎千代君)は、7歳から14歳までの7年間を、この林泉寺で過ごされました。当時の6代目の天室和尚さまから色々な教えを学ばれたといわれています。
大人になってからの謙信公は、7代目の益翁和尚さまより、厳しくも慈愛に満ちた禅の奥義を学ばれ、和尚さまの謙の一字を頂戴してー『謙信』ーと名乗られたのでした。 。



林泉寺は、今から約500年前の明応5年(1496)、越後国高田(現・上越市)に建立された曹洞宗の寺です。長尾景虎(上杉謙信)の祖父長尾能景が、亡父重景の菩提を弔うため建立したもので、寺名は重景の法名林泉寺院殿からとったものです。

景虎が7歳の折、当寺に預けられ天室光育(七世)の指導を受け仏道に励みました。さらに、景虎は長じて八世益翁宗謙の下に参禅し、禅の「達磨不識(だるまふしき)」の境地を悟り、不識庵謙信(ふしきあんけんしん)を号するようになりました。

また、景虎は永禄四年(1561・川中島合戦のあつた年)に関東管領上杉家を相続、林泉寺は上杉家の菩提寺にもなりました。山号の春日山は、上杉家(藤原氏)の氏神である春日明神を勧請したことによります。



龍をイメージした石段


川中島の戦死者を弔う供養等