(前編より
枕に顔を埋めてハルヒは、そのまま話を続ける。
「聞いて良い?」
「お、おう」
何だ、改まって。 突拍子も無い事を言い出すんじゃないのか? 俺は少し身構えた。
「あんたって、した事ある?」
「な、何をだ?」
「……えっち」
確かに突拍子も無い事だった。 だが、俺の想像の斜め上を遥かに超えていた。 笑えない。
まさか、あの神聖なるSOS団団長・涼宮ハルヒから、このような言葉が発せられるとは思わなかった。 これは夢か? 改変された世界の出来事か!?
……すまん、取り乱した。 現実だよな、間違いなく。
「無いぞ。 残念ながら相手も居ない」
「……佐々木さん、とも?」
「さ、佐々木は単なる友人で、あいつとは何も」
「じゃあ、キスは?」
あの空間のはカウントに入れるのか? いや、入れたら色々と不味いよな。
「無いな」
「……そう」
そのままハルヒは寝返りをうって……パンツ見えそうだと思ったのは内緒にしておこう――俺に顔を向ける。
「あたしも、無いわよ」
「そうなのか」
「疑ってる?」
「……中学時代は『とっかえひっかえ』って聞いたから」
「バッカじゃないの? くっだらないっ!!」
「す、すまん」
「本当に下らない男ばっかだったわ。 だから、そんな気持ちにもならなかったわ」
「そう言ってたな。 一年の初めの頃」
「憶えてたの!?」
「まあな、インパクト強かったからな」
「でもね、あたしだって一人の人間なんだから……身体を持て余す事もあるのよね」
そう言えば、そんな事も言ってたな。
「そんな時は……憧れてた人を想って――」
「憧れてた、人?」
初耳だ。 こいつに、そんな存在の奴が居たんだ――何故かショックだ。
え? 何故ショックを受けたのかって!? 自分でも解らん。 何故だろうな、誰か知ってる奴が居たら教えてくれ。
「……ジョン・スミス」
「!?」
「って言っても知らないわよね」
知ってますよ、知ってますとも。 そりゃ他ならぬ俺自身なんだしな。
「中一の七夕の時に出会った不思議な北高生、なんだけど。 会ったのはその一度きりなのよね」
「そ、そうなんだ」
「それから三年過ぎて、あんたと会ってね――初めはキョンの事、何とも思って無かったのに、なのに……」
「…………」
「夢の中で、あんたとキ、キスして……強引にされたのに、何て言うか悪くないかな。 なんて思ったりして――」
「は、ハルヒ!?」
いかん、急に恥ずかしくなって来たぞ。 どうしよう、どうしたら良い? 長門、朝比奈さん、えぇい……この際、古泉でも良いぞ。 誰か俺を助けてくれ!
「それから。 ううん、その前からなのかも知れない。 キョンが他の女の子と仲良くしてるのを見るだけで腹が立ったりして……」
も、もしもしハルヒ? 何をおっしゃってるのですか!?
そこで俺の取った行動は……結果的に良かったのか悪かったのか自分でも解らないが――
ハルヒの顔色を伺おうと、据わりの悪くなった腰を上げてベッドの方へ少し近づいた。 その刹那
ガバっ
突然ベッドの方角から伸びて来た腕は、俺の身体をハルヒの居る方向に引き寄せ
「……ッ」
「むごっ!?」
――目を閉じる余裕も無かったさ。 突然過ぎて何が起こったか俺の脳味噌の演算能力では処理しきれなかった。
まさにオーバーヒート寸前。 只、一つ解ったのは
「…………」
「…………」
俺とハルヒがキスをしている、って事だけだった。
現実世界でのファースト・キスが、こんな形で訪れるとは思わなかった。 俺にキスをされた時のハルヒも、こんな感じだったのだろうか。
しかし、何時までこうして居るのだろうか。 色々な意味で酸欠を起こしそうだ。
「……ぷはっ」
「……ぶうっ」
「……ハァ……ハァ……ハァ」
「……はぁ……はぁ……はぁ」
「キョン」
「何だハルヒ」
「あたしの事、『悪くない』って言ったわよね?」
「ん、あぁ」
「あたしもよ。 ううん、あたしは解ったわ。 あんたの事が好きだって」
「は、ハルヒ!?」
「……捕まえたから、離さないわよ」
やれやれ、どうしたら良いのかね。 しかし
「離さないって、これからどうするんだ」
「……このまま、ぎゅっと、して」
いかん、この上目使いは反則だ! 破壊力バツグンだ!! これに「No」と言える奴が居たら出て来い。 別に交代する気は全く無いが。
しかも言わせて貰うなら、それは「離さない」じゃ無いだろ? なんて野暮な突っ込みはしないけどな。
黙ったまま腕にチカラを入れ、そのまま抱きしめる。 ゼロ距離。 遮る物は着ている服のみだ、なんて考えて居ると。
「ねぇ」
「何だ?」
「……キスより先に、行ってみない?」
「良いのか?」
「キョンさえ、良ければ――」
目の前に居る女神はサナギを脱ぎ捨て、蝶になった。 そして白く美しい体をベッドの上に横たえて……
後は夢中だった。 いや、夢中と言うより必死だったと言うべきか。 あまり憶えていない。
でも大事な物を壊してしまわない様に優しく――ぎこちなかったのは仕方無いよな。 互いに初めてだったんだから。
そして全てを終えて、口付けを交わす。 今度は唇の感触を確かめ合う様に、何度も……何度も――
息の乱れを整え、すっかり温くなってしまった麦茶をコップに注ぐ。
「ほらよ」
「あ、ありがと。 キョン」
乱れたのは息だけじゃないみたいだな。
「シーツ、汚れちゃったね」
「あぁ、仕方無いさ」
汗やら何やらで……その汚れの詳細は省かせて貰う――すっかり汚れてしまったシーツ。 さて、どうしよう。
「天気も良いし、今から洗って外に干せば夕方までには乾くでしょ」
「そうだな。 なぁハルヒ」
「ん、何?」
「洗濯終わるまで……風呂、入るか」
「え、あ、うん」
「じゃあ支度するよ。 シーツ、下まで持ってくから」
「うん、宜しく」
「……服、着るか?」
「良いわよ別に。 誰も夕方まで帰って来ないんでしょ」
「まあな」
何て言うか、そこら辺はハルヒらしいな。
そんな訳で、そのままの姿で階段を降り、ハルヒは洗濯の準備をし、俺は風呂の支度をした。
「キョン」
「どうした?」
「お風呂、先に入る?」
「ハルヒが先に入れよ」
「え、でも……」
「あ」
「どうしたの?」
「どうせなら、一緒に入るか」
「こんの、エロキョン!」
と言いつつ、一緒に風呂に入ったがな。 何だ、文句あるか?
ハルヒはポニーテールのまま、だと髪が湯船に入って濡れるのでタオルを頭に巻いて、先ずは互いに背中を流す。
何時以来なんだろう、他人に背中を洗って貰うのは。 そして湯船に浸かる。
狭いけど、何て言うか、そこがまた良かったりして……こら! そこ、惚気とか言うな。 バカップルでも無いぞ?
「ふぃ~っ」
「ふふっ。 キョン、オヤジみたい」
「悪かったな、オヤジ臭くて」
風呂に入って湯船に浸かれば、声が出るのは気分が良いからだろ?
俺が先に湯船に入り、後からハルヒが入る形になった。 すると
「あっ」
「ん、どした?」
「何か堅いのが当たるんだけど……」
――どうやら未だ『オレ』は元気らしいな。
「……エロキョン」
「やかましい」
「ふふっ。 ねぇキョン」
「何だ、ハルヒ」
「……どうして『ポニーテール萌え』なの?」
うっ、それを聞いて来ますか、ハルヒよ。 えぇい、仕方無いな。
ハルヒにだけ語って貰うのも何だし、此処は隠さず話すとしますか。
「昔、好きだった『いとこのねーちゃん』が、よくポニーテールをしてて。 それが凄く似合ってて」
「…………」
「ある日、突然ロクでも無い男と駆け落ちした。 って聞いた時は、すんげぇショックでさ。 あぁ、今でも思うよ、青臭いガキだったって。 自分の事を。でも、その時は悔しくて『何で、あんな奴と出て行ってしまったんだよ!』って……でもさ、今思えば『壁』があったんだよ」
「かべ?」
「そう。 ねーちゃんは、その壁の上から俺を見下ろしてたのさ。 『此処からキミは入れないんだよ』って。 その壁の向こう側が大人の世界なんだと。 幼くて何もかもが満たない自分自身……それが凄く歯痒かった。 早く大人になりたい。 完全になりたい! って――」
「もう、良いじゃない」
「ハルヒ?」
「あたしが、それを忘れさせてあげる! キョンのココロを満たしてあげるわ!!」
「…………」
「あたしじゃ、不満?」
「不満なんて無いさ。 ありがとよ、ハルヒ」
この100wの笑顔には敵わないな。 そうだ、もう過去のトラウマに縛られる事なんて無いんだ。 無いんだぜ、俺!
風呂から出た後、服を着て一緒に洗濯の終わったシーツを干す。
所で今、何時だろう? どうでも良いけれど
「腹減った」
「あたしも。 もう、昼過ぎね」
「そうだったのか」
時間の経過を忘れさせる程の濃密な時間だったからな。 体力も使ったし……心地良い疲労、って奴か。
しかし『繋がってる』って良いよな。 何か、こう、色々な意味でクセになりそうだ。
「お昼ごはん、どうしよっか」
「生憎ウチには何も無いぞ?」
「どうする気だったのよ」
「知らん。 まぁ今時コンビニもあるし、何とかなってただろ」
「あ」
「ん、どうした?」
「今からウチに来ない!?」
「何かあるのか」
「パスタ位なら直ぐにでも出来るわよ」
ハルヒ特製パスタか、良いかも知れないな。 尤も、ハルヒが今まで作ってくれた物でハズレは無いし。
「んじゃあ、お言葉に甘えるとしますか」
その後、ハルヒが俺の耳元で囁く。 そいつは甘いご褒美か。 それとも果て無い快楽への罠か……
なぁハルヒ。 それはお前の願ってた事なのか、ひょっとして?
「ねぇ、キョン。 ウチの両親、出掛けてて留守なの……今夜も帰って来ないって」
<Hard Worker> ~Fin~
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