夜明けのダイナー(仮題)

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SS:REGRET<その4>

2011年08月17日 18時59分16秒 | ハルヒSS:長編

  (その3より)


 二月一日

 山々の稜線には薄っすらと白く雪が積もっているのが見受けられる早朝。
 何時もの様に朝倉とハイキング・コースを登り、下駄箱に手を伸ばすと
 「ん?」
 「どうしたの?」
 「いや、何でも無い」
 ファンシーな便箋が、そこにあった。
 「すまん朝倉、先に行ってくれ。 トイレに行きたくなった」
 「そう、じゃあね」
 朝倉に気付かれぬ様に手紙をポケットに入れ、近くのトイレに入る。
 
 『この手紙を読んだら、すぐに文芸部室に来て下さい  みくる』
 
 やれやれ、久々の朝比奈さん(大)のご登場ですか。 しかし、今頃何なんだ?
 まぁ良いか。 少なくともナイフで刺される、な~んて事は無いだろうしと思いながら、そのままトイレを出て文芸部室へと向かう。
 しかし此処に来るのは何時以来、だろうか。
 コンコン。 とノックをすれば
 「はぁ~い」
 大人びたエンジェル・ヴォイスが部屋の内側から聞こえる。 そしてドアを開ければ
 「お久し振りね、キョン君」
 相変わらずの特盛、じゃなかった
 「こちらこそ、久し振りです。 朝比奈さん(大)」
 「センター試験、どうだった?」
 まさか、そんな事を聞きに来たのか? 未来人らしからぬ質問だな。
 それより一つ気になった事があった、それは
 「所で朝比奈さん、その右手に持っている箱は何ですか?」
 何故か既視感があった。 
 「あ、気付いちゃった?」
 朝比奈さん(大)の右手に持っていた箱は、茶色のラッピングがしてあった。
 「見覚え、ありますか?」
 去年のバレンタイン・デー、空にした教室のゴミ箱にハルヒが捨てた物に似ていた。
 「あるんですよね」
 朝比奈さんが続けて問うが、それに対して正確な答えを持っていなかった俺は沈黙を保つしか無かった。
 「中身については秘密です。 捨てた本人も、きっと触れて欲しくは無いでしょう。 でもキョン君、あなたには忘れて欲しく無いの」
 「でも、朝比奈さん」
 「知ってますよ。 何もかも、全て」
 「だったら何故、今頃になって『それ』を……」
 「『人魚姫』って知ってます?」
 「はい!?」
 突然の話題の切り替えだ。 しかも童話の例え、再びと来た。 人魚姫? 以前、妹に読み聞かせてから大分経つが、どんな話だっけ。
 「あと半月で思い出して下さいね。 あ、そろそろHR始まるわ、それじゃ」
 「ちょ、ちょっと朝比奈さん!」
 部室を追い出された俺に、扉を閉める間際、朝比奈さん(大)はウインク一つ、俺に向けて放って来た。

 
 
 「『人魚姫』か」
 「それがどうしたの? キョン君」
 「あ、いや、何でも無い。 どんな話だったかな、なんて思い出して」
 「え~と、確か『声と引き換えに足を得た人魚姫が、元に戻る為に結ばれなかった王子様を殺そうとして出来なかった』って話よね」
 よく知ってたな。 情報統合思念体の親玉にでも読み聞かせて貰ったのか?
 「何言ってるのよ。 そんな瑣末な事、データベースに入ってるわよ」
 ついでに言うと、わたし未だ生まれて六年目よね。 と小声で追加した朝倉に「サンキュ」と答えた所で岡部が教室に入って来た。
 そう言えば、こいつの誕生日って何時になるんだっけ? しかし
 「あと半月で何があるんだ?」
 半月後、半月後か。 そう言えば
 「……あれから一年になるのか」
 バレンタイン・デー、そんな行事もあったっけか。 受験シーズンだから忘れかけてたぞ。

 
 「なぁ、朝倉」
 HR終了後、後ろを振り返り話し掛ける。
 「ん、何?」
 「十四日、何かやるのか」
 「あ、解っちゃった?」
 何かやるのか、やっぱり
 「ふふっ、期待しててね。 その頃には短縮授業になってるし、午後から……あ、これ以上はヒ・ミ・ツ♪」
 「あぁ」
 気の抜けた返事、そう思われたかも知れない。 俺の目下の関心事はバレンタイン・イヴェントでは無く
 「『人魚姫』か」 
 朝比奈さん(大)に言われた言葉の本当の意味を知りたい。 俺の思考のベクトルは、そちらに向かっていた。
 
 
 気付けば北高を卒業するまで、あと半月と迫っていた二月十四日、バレンタイン・デー。
 谷口については今更語る気は無い。 皆様の察する通りの結果だ。
 「下級生が増えたんだから、俺の魅力に気付く奴も居る筈だ!」
 なんぞ息巻いていたが、あわれなもんだ。 片や
 「僕は意外と一年生の娘に貰ったよ」
 と両手の指全て使って数えられる位のチョコレートを抱えた国木田。 
 俺か? 別に良いだろ。 数じゃ無いんだよ、数じゃ。
 「キョン君、帰りましょ♪」
 「おう。 じゃあな谷口・国木田」
 「ちっくしょー!!」
 などと叫ぶ谷口は放っといて、帰路に着いた放課後だった。
 
 
 宇宙人御用達マンション・505号室。 此処に来るのも何回目なのか、等と他愛ない事を脳の片隅で思考して居ると
 「はいっ♪」
 「おぉ~っ!!」
 チョコレートがコーティングされたケーキが居間のテーブルの上に運ばれた。
 「凄いな、これ。 手間掛かっ……」
 「な、何?」
 「いや、朝倉なら簡単に出来るのかな。 と思って」
 「うん。 と言いたいけど、今回は有機生命体のチカラ程度しか使わずに作ったのよ。 だって……」
 「そうか。 変な事聞いて、すまんかった」
 「そんな事より」
 ケーキナイフを右手に持って、朝倉は言葉を続けた。
 「何時になったら『涼子』って呼んでくれるの?」
 「えっ?」
 「もう、付き合って一年よ。 それなのに貴方って……」
 「…………」
 「解ってた。 けどね、納得出来ないのよ! 貴方はわたしと付き合ってるのよ! ずっと一緒に居て、お弁当も毎日作って……えっちまでして……」
 「あ、さくら?」
 「ほら、今もそう! 涼宮さんの事は『ハルヒ』って下の名前で呼んでるのに」
 「何、ハルヒの事を引き合いに――」
 「また自然に言ってる……もう良いわよ!!」
 怒りだした朝倉の手元でケーキナイフは形を変化させた。
 「げっ」
 思い出したくも無い。 一回目は一年五組の教室で、二回目は改変された世界で、三回目は……えぇい、説明するのも面倒臭い。 簡単に言っちまえば『アーミーナイフ』って奴だ。
 「な、何をするんだ。 朝倉!」
 俺を殺すのか? たかが呼び方一つで!? 
 次の瞬間、朝倉はそのナイフを振りかざす――俺は恐怖し、眼を反射的に閉じた。
 あぁ、短い人生だったな。 大学の門をくぐる前、いや、高校を卒業する前に命、果てるのか。
 
 サクッ
 
 
 ――刺されたか、俺。 即死なんだろうから、痛みすら無いや。 しかし、肉を貫くにしては、やけに軽い音だったな。
 なんて、こんな風に思考の海にどっぷり浸かれるのも、死後の世界って奴なんだろうか?
 ハルヒ、お前に伝える事は出来ないが、こんな不思議な事ってあるんだな……
 
 
 「何を引きつってるの? キョン君」
 「ほぇ?」 
 間抜け面、ならぬ間抜けな声だ。 我ながらそう思う。 そして恐る恐る目を開けると
 「あ、あ、あさく……」
 「ふふっ、ビックリした?」
 「あ、あぁ」
 驚いた理由は刺されなかった事じゃ無かった。 朝倉の左手には
 「……どうして?」
 「だって、もう必要無いんだもん」
 ポニーテールが似合ってた、その長かった髪が
 「知ってたから」
 「何をだ」
 「キョン君が涼宮さんの事を『好き』って言う事」
 束ねられ、握られていた。 
 要するにナイフで長い髪をバッサリ切り落としたのだ。
 「何か、色々と軽くなったわね」
 「…………」
 「頭の重さも、今の気持ちも」
 そのままベランダの方へと、歩みを進めて窓を開けた朝倉は
 「相変わらず風、強いのね」
 ベランダに立ち、左手を伸ばし広げると
 「さよなら、わたしの『初恋』」
 切った髪が、山颪に乗って宙に舞っていた。
 「あ、朝倉」
 「あ~スッキリした。 もう良いのよ、キョン君」
 「あ、あの。 一体、何時から」
 「始めからよ。 教室で告白して、涼宮さんが入って来た時から」
 「でも、その時の俺は」
 「気がつかなかった、でしょ?」
 「あぁ」
 「でも態度で解るわよ。 キョン君も、涼宮さんも……無理なんてする事無かったのに。 好きなら好き、って思った時に言えば」
 「でもな、朝倉」
 「解ってるわよ。 わたしや古泉君の事を考えたんでしょ。 もう、これだから有機生命体の感情って」 
 「あ、さ、くら?」
 その時
 「あ、あれ。 な、何よこれ? エラーなの!? だって、わたし……」
 朝倉の頬を伝って流れたものは、間違いなく
 「なみだ、なの?」
 「あぁ、エラーなんかじゃ無いぞ。 それは」
 「ふふっ、これも自律進化の一つなのかな」
 「そうなのか?」
 「さぁね。 そんな事よりキョン君」
 「な、何だ? 朝倉」
 「チョコ、あげないから♪」
 「え?」
 「涼宮さんから受け取ったら? チョコ」
 「で、でもハルヒは……」
 「行動してみないと解らないわよ?」
 「ちょ、ちょっと朝倉」
 ベランダから歩み寄って来た朝倉は、俺を玄関まで引っ張ると
 「チョコレート・ケーキは長門さんと食べるから。 じゃあね♪」
 
 パタン
 
 「…………」
 扉を閉め、追い出された。
 「やれやれ」
 結果的に傷つけちまったな、朝倉を。 でも、付き合った事には後悔して無いさ。
 エレベーターを降り、エントランスを出て振り返る。 マンションの五階を見上げれば
 「…………」
 満面の笑みを浮かべ、俺に向けて手を振っているショートヘアの美少女が居た。

 
 
 夕暮れになりかけた冬空の下、線路沿いを進む。 
 踏切を渡り、東中の横を進むと
 「…………」
 「…………」
 黒いコートとカシミヤのマフラーに身を包んだ人物が、視界の向こうから姿を現した。
 「古泉」
 「やぁ、どうも」
 「こんな所で何をしている」
 「それは僕の台詞です。 貴方こそ、どちらへ向かっているのです?」
 「……ハルヒの所だ」
 「ほう、それはそれは」
 柔らかい笑みを崩す事無く答える古泉。
 「で、僕の『彼女』に何か用事でも?」
 「あぁ」
 本当の事とは言え、古傷を抉られる様にジンと来るぜ。 その言葉。
 「ご自身の彼女をさし置いて……」
 「……別れた」
 そんな事より
 「改めて聞くが、そう言うお前こそ――」
 「振られました」
 「えっ?」
 「僕へのチョコレートは無いそうです」
 「こ、古泉?」
 「去年の事を、ずっと引きずってるみたいですね」
 「…………」
 「その表情からしますと、何か知っている感じに見えますが」
 「まさかとは思うが、ハルヒは去年、俺にチョコレートを……」
 「知っていたのですか!」
 「だから『まさか』と言った!」
 
 しかも、それは俺が朝倉に告白された後の事だったしな。
 
 「さて、貴方が涼宮さんの家に向かうには、僕の横を通り抜ける必要がありますね」
 「どういう意味だ、古泉」
 「言葉通りの意味ですが」
 「何だと?」
 「黙って通す気はありませんよ」
 こいつ、俺と喧嘩でもする気なのか?
 「では、行きます!」
 その言葉が終わらない内に、古泉の右手が俺に向かって来た。
 「……ッ」
 反射的に目を閉じ、足を踏ん張り来るべき衝撃に備えた。 しかし
 
 ぷにっ
 
 「…………」
 聞こえて来たのは何と間抜けな音だ? 確かに俺の左頬に古泉の右手の感触があった。 いや違う、指先の感触だな此れは。
 「ふふっ」
 恐る恐る目を開ければ、心の底から笑う古泉の顔が見えた。
 「あはははは……」
 やられた。 右手人差し指が俺の頬に刺さっていた。
 「僕が貴方を殴る理由なんて、ある筈無いですよ」
 何も言えねぇ。 それこそ呆気にとられて居る俺に対して、続けて古泉は言う。
 「僕は貴方を大切に思っています。 涼宮さんと同じ位」
 「こ、古泉」
 「閉鎖空間が発生してます、僕も行かないと」
 「おい古泉、ハルヒのチカラは……」
 「あぁ、あれは嘘です」
 やっぱりか
 「何故、嘘をついた」
 「元々、僕が北高に来た理由を考えて下さい」
 「今までの一件は『機関』のシナリオか?」
 「半分、ですけどね。 いや、正直に言いましょう。 殆ど僕の独断でした、涼宮さんへの告白を含めて……でも、特にお咎めが無かったのは、結末が解っていたのでしょう、上層部は。 あと、やはり僕には涼宮さんの相手は無理でした」
 そのまま古泉は俺の横を通り抜けながら
 「あ、そうそう。 卒業までに、もう一度ボードゲームをやりませんか?」
 「一度と言うな、何度でも良いぞ! 何なら卒業しても」
 「…………」
 
 左手を軽く上げた古泉は、俺の方へ振り返る事の無いまま、茜色に染まり始めた路地を曲がって姿を消した。
 さて、何時までもこんな所に突っ立って居られない。 ハルヒの家に向かうとするか。  
 しかし今更ハルヒに、どの面下げて会うと言うのだ、俺は。
 朝倉と別れ古泉を傷つけ……えぇい、考えが纏まらん。 まぁ良いさ、急ぐ事は無い。 ハルヒの家に着くまでに考えれば――

 
 結局、纏まらなかったけどな。
 どうする俺? でも、このまま帰る気は無い。 此処で帰ってしまえば文字通り「先に進めない」。 踏み出せ俺、踏み出せば後は
 
 ピンポーン
 
 げっ、押しちまったよ。 何をって? 呼鈴さ、ハルヒの家の。
 「はぁ~い」
 この声はハルヒの父親では無いな、女性の声だから。 では母親か? いや違うな。
 ブランクがあるとは言え過去二年間、俺の耳に馴染んでた声、だからな。
 「どちら様で……」
 扉を開けながら返事をして、目の前に現れたのは、やっぱり
 「よう」
 「久し振りだな、ハルヒ」
 「……えっ」
 ん、どうしたハルヒ? 呆けた顔をして。 俺の顔に何かついてるか?
 ――変、だよな確かに。 何を今更って感じだろうよ。
 「きょ、キョン!? ど、どうして此処に?」
 「チョコレート、貰いに来た」
 
 な、何を言ってるんだ俺! 図々しいにも程があるぞ! 久々に話しかけて物乞いかよ。 
 
 「な、何であんたに、チョコを……」
 「俺はハルヒからのチョコが欲しい!」
 だーっ、言っちまった! もっとオブラートに包めよ、俺! いくら本音でも言い方ってもんがあるだろ。
 えぇい、今更隠す事も恥ずかしい事もねぇ
 「俺は自分の気持ちに気付けないままに朝倉に告白され、結果、朝倉を傷つけちまった。 朝倉には解ってたらしい、俺が心の中で、ハルヒが好きだって事に」
 「…………」
 「そして、さっき朝倉と別れた。 いや、フラれたって言った方が良いかな……あ、さっき古泉に会ったが」
 「えっ?」
 「『チョコレート貰えませんでした』って言ってたぞ」
 「だって……だって――」
 そう言いハルヒは、裸足のまま玄関を飛び出し
 「おわっ!」 
  俺の胸元に抱きついて来た。
 「だって、あたしもキョンの事が、ずっと、ずっと……」
 「は、ハルヒ」
 「好き、だったから」
 
 辺りは、すっかり夕暮れで時折吹き付ける風の冷たさが、二人の距離を更に近づける。
 「あったかい」
 「え?」
 「キョンって、こんなに暖かいんだ」
 「此処まで歩いて来た所為かな」
 「ふふっ」
 こんなに『抱いた温もり』って心地良い物なのか。 いっそ、このまま二人だけの世界に居るのも悪くないかもな。 と一瞬、脳裏を掠めた。
 「ねぇ、キョン」
 「ん、何だ?」
 「……あたし達二人が、幸せになって良いのかなぁ」
 「…………」
 解らない。 いや、答えが見つからない。
 確かに、こうして二人で幸せを噛みしめているが、此処に辿り付くまで少なくとも二人、傷つけているのは間違いない事実だ。
 でも
 「それが、あの二人の出した答えなら、俺達が幸せになるのがベスト、じゃないのか?」
 「…………」
 「少なくとも俺は、何もハルヒに告げずに、この先、生きて行くのは嫌になった。 始まってもいない事を終わらせたくなかった」
 「うん」
 もちろん此処がゴールじゃない。 これから先、互いを傷つける事もあるし、他人を巻き込んでしまうかも知れない。 
 だからと言って、それを恐れて何もしない。 と言うのは今の俺には考えられなかった。
 「でもね、キョン。 あたし、大学は――」
 「知ってる」
 「えっ」
 「待ってるさ、こっちに帰って来るまで」
 「四年間も?」
 「あぁ」
 「…………」
 少し考えた後、ハルヒは俺の胸元に顔を埋めて
 「うん」 
 一言だけ答えた。
 
 この時の表情は伺い知る事は出来なかったが、俺には「四年間、待ってる」との意思表示をしてくれたものだと、そう受け取った。
 
 すっかり夜の帳が降りていて、澄んだ夜空に満天の星空が輝きを見せていた事に気付いたのは、ハルヒの母親が玄関の扉を開けてハルヒを呼ぶ声に、二人して我に返った時だった。
 


  (その5<最終話>へ続く)


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