……荒涼とした大地の上に立って居るのは、あたし一人? それとも――
高校三年、みくるちゃんと鶴屋さんは近所の大学に通い始め、あたし達の進学先もその大学へと決めて居た。
あたし達って誰かって? 決まってるじゃない! 文芸部全員よ!!
SOS団は、みくるちゃんの卒業で一旦、解散した。 不足した『文芸部』の部員はカナダから帰って来た朝倉さん――今は涼子って呼んでるけど……に無理を頼んで入って貰った。
その時キョンは駄目だの嫌だの言って涼子の入部に難色を示して居たけれど、何故なのかしら?
結局、有希が一言キョンに言ったら渋々折れたけど、何であたしが言ったら駄目で有希の一言なら良いのかしら? 何か腹立つわね。
SOS団じゃ無くなったからと言って、やる事は特に変わらず。
放課後になると部室に集まり有希は読書、キョンと古泉君はボードゲーム、みくるちゃんの代わりに涼子がお茶を煎れてくれて、あたしはネットサーフィン。
週末は定例の不思議探索。 この時はみくるちゃんも来てくれて六人で手分けして探索する事になったけど、やっぱり不思議は見つからなかった。
でも、この六人で何かするって事が良いなって思えて来たから、最近は余り気にしなくなってきたけどねっ!
でも六人になって二つのグループ分けするんだけど、何故かキョンと一緒のグループになった事は無い。 何故だろう?
有希の言う事はホイホイ聞いて、みくるちゃんを見ては鼻の下を伸ばして、涼子のポニーテールに間抜け面して、古泉君とは顔が近いし――あ~っ、もうアホキョンのエロキョン!
考えただけで腹が立って来たわ!! 大体キョンのくせに、いっつも来るの遅いし、やれやれとか呆れ顔するし。
ゴールデン・ウィーク。 古泉君達の進学クラスは夏休み中ずっと補習があるって知ってたから、前倒しに合宿をする事になった。
今回は鶴屋さんやキョンの妹ちゃんだけで無く、何故か佐々木さんや、その友達って言う橘さんまで来た。 まぁ、人数が多い方が楽しいから良いんだけどね。
山にある鶴屋さん所有の別荘で、花火やったり自炊したり、とっても楽しかった。
連休が終わって受験が近くなり一つの懸案事項が出て来たの! ううん、あたしのは何の問題は無いわよ? そう、キョンよ、キ・ョ・ン!!
あんのバカ、成績が低空飛行真っ只中なんだから、大学受験が危ないって話じゃないの!
何ですって? 部活が忙しいから勉強する暇が無いって!? これだから何時までたってもアホキョンなのよっ!!
って、何であたしがこんなに怒ってるのかって!? そうよ、一緒の大学に行ってSOS団を復活させる為よ! それ以外に何があるのかしら。
そして迎えた六月、何時もと変わらない週末を送る予定。 だった……
「遅い、罰金!」
毎回そうなんだけど、本当キョンって学習能力無いのかしら。 これだから学校の勉強も赤点ギリギリ。 アホの谷口と競うレベルなのよ、バッカみたい。
六月、最初の土曜日。 何時もの様に探索をして午後三時。
「それじゃあ解散。 みんな、気をつけて帰ってねっ!」
――またキョンと一緒じゃ無かった。 そんなに二分の一の確率って当たらない物なのかしら? これは不思議と言えば不思議よね。
教室の席の並びは、ずっと一緒なのに……
「しっかし暑いわね!!」
六月の初めなのに気温は三十度を大幅に超えて居る。 地球温暖化も此処まで来ると恐怖よね。 何とかならないのかなぁ?
「おっ、いらっしゃい。 また来たね」
マスターに迎えられて入る、何時もの喫茶店。 窓際の席に座りクリーム・ソーダを注文する。
うだる様な暑さの外界とは打って変わって空調の効いた快適な室内。 外を行き交う人達を眺めながら、やって来たクリーム・ソーダを一口啜る、と
「こんにちは。 相席、宜しいかしら?」
「え!?」
いくらティータイムとは言っても相席になる程、店内は混雑して居ないのに。 と思って顔を声のした方に向けると……
街行く男が全員振り返りそうな整った美しい顔、ショート・カットの綺麗な栗色の髪、スレンダーな体型。
そう言えば聞いた事のある声だった、と思えば
「さ、佐々木さん!?」
「ふふっ。 涼宮さん、合宿以来ね。 お久し振り。 塾からの帰り、偶々通り掛かったら姿が見えたから……あ、アイス・ミルクティー下さい」
そう言いながら佐々木さんは、あたしの向かいに腰掛けた。
「今日は『不思議探索』の日だったかしら」
「そうよ」
「何か見つかった?」
「全然っ!!」
「ふふっ。 次回は私も参加しようかしら」
「え、本当に!?」
「なんてね、御免なさい」
「あ、毎週、塾通いなんだっけ?」
「――もう直ぐ、それからも解放されるけどね」
「え?」
「う、ううん。 こちらの話だから気にしないで。 所で他のメンバーは?」
「帰ったわよ。 あたしも帰ろうかと思ったけど、このまま真っ直ぐ帰るのも何だし、暑いから涼みに来たの」
「キョンは?」
「相変わらずね。 一番最後に来て、やれやれって顔して。 本当、成長無いんだから……って佐々木さん、何で笑ってるの?」
「ふふふっ。 だってキョンの事話してる涼宮さんって、言葉と表情が一致して無いもの」
「え? どう言う意味!?」
「帰って鏡を見たら解るわ。 そう言えば涼宮さん達、行く大学決めた?」
「うん。 みくるちゃんや鶴屋さんが行ってる所よ」
「キョンは大丈夫かしら?」
「駄目かもね。 この前も岡部に呼ばれて……」
「――そう」
互いに溜息をついてテーブルに置かれた飲み物を口にする。
「キョンは、やる気になれば出来るタイプ。 なんだけど、このままだと中学の頃みたいに夏休み、またご母堂の言われるがまま塾に……」
「でしょうね。 あたしが勉強を教えるって言っても、あまり乗り気じゃ無いみたいだし」
「日本の大学は入るまでは大変だからね――」
「そうよね。 所で佐々木さんは?」
「え? わ、私!?」
「そう。 あ、一緒の大学に行かない? でも佐々木さんの学力なら、もっと良い大学に……」
「――行けたら良かったのにね」
「え?」
「実はね、涼宮さん……」
夏至。 そう、それは一年で最も太陽の光が大地を照らしている日。 その夏至の数日前だから、夕方五時を回っても、外は未だ黄昏時を告げる事も無く――
あたしは、喫茶店のソファーに腰掛けたまま、目の前に気の抜けたクリーム・ソーダをぼんやりと眺めて居た。
佐々木さんに告げられた言葉。 その意味を全て理解出来ないまま、あたしは席を立てずに……
それから約二ヶ月が過ぎ、一学期の終業式を終えて、あたし達は何時もの様に文芸部室に集まって居た。
窓の外は澄みきった青空が何処までも広がり、それを二分割するかの様に飛行機雲が東の空へ流れを創っていた。
有希は相変わらず読書の虫、キョンと古泉君は早速、夏休みの宿題に取り掛かり、涼子はお茶の準備をし、皆に配り始める。
あたしにもお茶が来たので一口啜る。 そして
「キョン」
「ん。 何だハルヒ」
「さ、さ、さ……」
「『さ』、何だ?」
「さ……さぁ、夏休みの始まりねっ!!」
「お、おう。 そうだな」
な、何故言えないのよ、あたし! 口止めされてるから? でも、今、言わないと……ううん、もっと前に言うべきだったのよ、キョンに。
あの事を聞いた後、直ぐに電話やメールでも――
「悪いがハルヒ、夏休みの件だがな」
「何よ」
「俺の成績を見かねた母親に塾通いを宣告されてな。 すまんが、お盆以外は北口駅前の予備校に通わなくちゃならん」
「そ、そう」
やっぱり、佐々木さんの言ってた通り――って、そうよ! 佐々木さんよ!!
「僕も生憎、夏休み中は進学クラスの夏季補習がありまして……」
「……わたしは特に何も無い」
「わたしはカナダの両親に会いに行くわ♪」
「カナダ!? おみやげって何があるのかしら? 木彫りの熊とか、ロッキーの美味しい水とか!」
「木彫りの熊は北海道。 ロッキーの美味しい水じゃなくて、そりゃ六甲だろ?」
「うっさいキョン!」
下らない突っ込みなんてしてる場合!? ううん、あたしが何も言って無いから、キョンは何も知らずに――
『り、留学!?』
『そう、留学』
『ど、何処に?』
『アリゾナのフェニックス。 親の仕事の都合でね……九月から一足早く、私は大学生よ。 だから――』
『アリゾナって、あ、アメリカよね!? って何時行くの? 九月から大学生!? ち、ちょっと佐々木さん!!』
『行くのは一学期の終業式が終わったら直ぐね。 もう大学には合格してるから、後は身支度を済ませるだけよ』
『……戻って来るのは?』
『ううん。 多分、無理ね』
『……そう』
『あ、後キョンには内緒にね』
『え、ど、どうして!?』
『それは――私がキョンを好きだから』
『!?』
『此れでお別れってなると……辛くなるから。 伝えずに、思い出にしようと思って』
『さ、佐々木さん!!』
『何?』
『そ……それで良いの?』
『仕方無いわ。 だって伝えたとして、もし上手く行って両想いになったとしても、海を隔てて離れ離れ。 それも辛いし、それよりキョンは――所で涼宮さん』
『な、何?』
『そう言う貴女は、どうなの?』
『…………』
あ、あたしが、キョンの事を? 何って、あいつは団員その一で、雑用係。 高校三年間、同じクラスで、アホキョンで、エロキョンで――
『どうなの?』
「……ヒ、ハルヒ! おい、ハ・ル・ヒっ!!」
「はっ。 な、何よキョン!」
「どうしたんだ? 急に黙って。 具合でも悪いのか?」
「べ、別にそんなんじゃ無いわよ!!」
「やれやれ、そうかい」
キョンは再び宿題に向かい始める。 良い事よね。
さっさと宿題なんて終わらせなさい! 終わったら……そっか、今年の夏休みは何も無いんだ――
つまんないの
窓の外に視線を移し、空を見上げる。 夏真っ盛りの青空に入道雲が湧き上がり始めていた。
「……今日、行っちゃうのか」
「ん、何の事だ?」
はっ、あ、あたしったら何言ってんの!?
「さっきから、おかしいぞハルヒ。 今日、何かあるのか?」
――良いわよね佐々木さん。 言っても良いわよね?
「アリゾナに、行っちゃうの」
「アリゾナ? アメリカのか」
「……そう」
「誰か知り合いか?」
「うん。 佐々木さん」
「へぇ、佐々木さんかぁ」
「そう、佐々木さん」
「……って、さ、佐々木か!?」
「そうよ! さっきからそう言ってるでしょ!!」
「今日の何時の飛行機なんだ!」
「……関空(関西国際空港)を18時35分に飛び立つサンフランシスコ行き」
「そうか。 古泉、今、何時だ?」
「一時を少し回った所ですが、タクシーでも呼びますか?」
「いや、そこまで急がなくても良いだろう。 お前の『バイト先』に世話になる事じゃ無いしな」
バイト先? 古泉君ってタクシー会社に!? って免許無いわよね? 未だ
「……貴方の脚力で一度、自宅に戻り、北口駅より阪急電車に乗車して梅田を経由、大阪駅からJRの快速を利用しても充分間に合う」
「何かあったら携帯に連絡して♪」
「サンキュ、長門、朝倉。 じゃ、行って来る!」
「え、ち、ちょっとキョンっ!!」
――行ってしまった。 佐々木さん、あたし約束破って言っちゃった……
有希の本の閉じる音も聞こえず、夜の帳が降りたのも気付かず、あたしは只、パソコンの画面に映し出されたアリゾナの風景を見つめていた。
(後編に続く)
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