夜明けのダイナー(仮題)

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SS:Lipstick(中編)

2011年07月31日 20時16分07秒 | ハルヒSS:長編

  (前編より)



 ダンス練習してるキョン達は朝・HR前と、古泉君以外は放課後も練習して、週末は休んでるみたい。
 あたし達は涼子以外は放課後、有希の家で練習して、週末は四人揃って――そして二月、最初の土曜日。
 「みんな、揃ったわね!」
 久し振りに八人揃って、体育館のステージを特別に許可を得て使い、初めての『通し練習』を行う。
 実際に機材を並べて、ダンスの立ち位置も決めて、練習開始。

 
 先ずは、あたし達の演奏を男性陣に聴いてもらう。 三曲通しで演奏し、感想を尋ねると
 「ほう、上手いじゃないか」
 「流石ですね、言葉もありません」
 「プロ顔負けじゃない?」
 「いっそプロにでもなるか? なんてな」
 思ったより好感触ね! でも何時ものメンバーだけでの練習と違って、四人とは言え観客が居ると、少し緊張するわね。 特に……あ、何でも無いわよ、何でも。 別にキョンが何時に無く真剣な眼でこっちを見てたからって、意識なんてして無いから!
 今度は、あたし達がダンスを見学する番ね。
 三曲目『夜空ノムコウ』はダンスが無しで四人のボーカルだけだから、今回はパス。 
 だから他の二曲を通しで踊ってもらう。 けど
 「ぼちぼちなのね」
 「シンクロ率が低い、練習が不足していると思われる」
 「長門さん、辛口ね。 う~ん、上手い下手は別にしても四人が揃って無いのは、ちょっと……」
 確かに三人の言う通りね。 古泉君は少ない練習量の割に踊れてる気はするし、国木田は元々のセンスがあるのかしら? 古泉君より上手く踊れてるかも。 
 それより問題はキョンと谷口よね。 未だぎこちない踊りの上、全く音楽と合って無いもの。
 「全っ然、駄目ね! 揃って無いし。 特にキョンと谷口、この一ヶ月の間、何やってたのよ!!」
 「すまんハルヒ、思ったより難しくってな」
 「無茶言うなよ、涼宮。 プロじゃね~んだし」
 「プロもアマチュアも関係ないわ! もっと、こう、努力しなさい!!」
 「アバウトすぎる~!」
 「じゃあ、そう言う涼宮が踊ってみろよ」
 「話を摩り替えないでよ、谷口。 文句ばっか言ってないで、練習しなさい!」
 「俺だってなぁ、朝っぱらから放課後まで貴重な時間を削って……」
 「あんたに、そこまで言う貴重な時間って奴があんの?」
 「何だと!?」
 「おい、ハルヒ止めろよ」
 「谷口も止めなよ。 練習に戻るよ」
 「涼宮さん、落ち着いて下さい」
 「谷口君も落ち着くのね」


 
 「うっさいわね!!」
 
 

 しまった、何言ってんの? あたしったら、他の皆が止めてるのに
 「谷口。 あんた今まで、何かに打ち込んだ事ってあんの?」
 「はぁ!?」
 「何もかも中途半端だから、彼女も出来ないし、ナンパしても引っ掛からないのよ」
 「何いっ!」
 「フンっ。 中学の頃、あんた、あたしに告白したけど、その頃と今も、ちっとも変わって無いじゃない」
 「……言わせておけば」
 
 「いい加減にしろよ、ハルヒ!」
 
 「谷口も、ほら落ち着いて」
 
 「涼宮さんも、落ち着くのね」
 
 「今は争うべきでは無い。 落ち着いた後、練習を再開するべき」
 
 「そうですよ皆さん、練習に戻りましょう」
 
 「さあさあ、持ち場に戻りましょ」
 

 
 「――やってらんね~」
 「えっ?」
 「やってらんねぇ、って言ってんだよ!!」
 「おい、谷口!」
 「俺は辞める!!」
 え!?
 「ちょ、た、谷口!?」
 「あと涼宮、これだけは言っておく。 世の中、全てが自分の思い通りになると思ったら大間違いだぜ」
 「…………」
 そんなの解ってるわよ。 解りきった事じゃない!
 「……せっかくキョンのおかげで、ちったあマトモになったと思ったのによぉ」
 

 キョンの、おかげ?
  



 何時の間にか谷口の姿は消え、気まずい空気だけが残った。
 タイミングが良いのか悪いのか、お昼になったので、それぞれが持って来た弁当を食べ始める。
 そして、午後からも残った七人で練習したけれど
 
 集中出来なかった。
  
 

 翌日、日曜日も練習があったけれど、あたしは無断欠席した。 家から一歩も出なかった。 
 谷口の残した最後の一言が、とても、とても気になって――
 

 
 日曜日の夜、ずっとパジャマで過ごし……何年振りかしら、こんな堕落した休日の過ごし方をしたのは。
 眠くないけれど、布団に入り気がつけば
 「何処かの学校のグラウンド!?」
 見覚えはあるけれど、北高では無い。 あれ? 此処って
 「東中だぞ」
 「キョン!?」
 見慣れた北高の制服、そして後ろ姿。 あたしが立っている階段の下に座ってたのは
 「おいおい、キョンって何だよ? 俺は鹿の仲間か」
 「え? キョンじゃ無いの!?」
 「忘れたのか? 俺の事を」
 「……まさか、ジョン?」
 「憶えてくれてたか。 そう、ジョン・スミスだ」
 嘘、こんな所で。 何で、あれからずっと探し続けてたけれど見つからなかったのに……
 「そのままで聞いてくれ」
 「え?」
 階段を降りて顔を確かめようと思ったのに。 しかもジョンは背中を向けたまま、こちらを見ようともしない。
 「何で、俺を此処に呼んだんだ」
 「へ!?」
 あたしが、ジョンを? どうやって!? それは、あたしが聞きたいわよ! 
 でも、実は
 「――心の中で、願ってたから」
 「……そうか。 それに、これは『夢』だしな」
 「ゆめ?」
 言われてみたら、あたしはパジャマ姿で布団に入ってた筈なのに、急に東中に居るなんて、普通じゃあり得ないしね。
 それに空を見上げれば薄気味悪い色をしてるし……まるで『あの時』みたいに。
 「なぁハルh……じゃなかった、お前。 何か悩んでないか?」
 「ちょっと、ね」
 「そうか」
 「何で知ってるの?」
 「さぁてね。 世の中には、お前が知らないだけで不思議って沢山転がってるんだぜ」
 あれ? 今の台詞って何処かで聞いた気がする。
 「それに俺は……気付かない所で、ずっと見てたんだぜ。 お前の事を」
 「ジョン?」
 「俺はな、目標に向かって真っ直ぐに走って行くお前が……何だ、その……結構好きだぜ」
 「えっ!?」
 「だからな、そんなに深く悩まなくて良いんだぞ」
 「ジョ、ジョン!?」
 この声、この台詞、北高の制服。 そして――やっぱり顔が見たい
 「さて、帰るとすっか」
 「ま、待って。 ジョン!!」
 あたしは急いで階段を降りようとしたけれど、慌ててたせいで
 「キャッ!!」
 「えっ!?」
 階段を踏み外して
 「ジョン、助けて!!」
 そのまま落ちて行った、ジョンに向かって――あたしの叫びを聞いたジョンは、すぐさま振り返り
 「ハルヒっ!!」
 「えっ? キョン!?」
 


 
 がばっ
 「はっ!?」
 現実に引き戻されたのは、またしても、あたしの部屋の布団の中だった。
 「夢、だったの?」
 起き上がった拍子に乱れた布団を直す、身体が冷えてしまわないうちに。
 
 

 実はジョン・スミスって、キョンだったの?
 
 ううん、これは夢よ。 第一キョンがジョンな筈無いわ。 だって、あたしが中学一年の時、ジョンは北高の制服を着ていたし。
 いくら背格好が似ていても……辻褄が合わないわ。 でも、もし
 「……ジョンがキョンだったら」
 ちょっと嬉しいかな、なんてね。 これは、あたしの願望!?
 
 と色々と考えて居たら、何時の間にか彼誰れ時を迎えて居た。
 
 

 あれから一睡も出来ないまま、朝食を食べ終え
 「行って来ます!」
 何時もの時間に玄関を出ると
 「よう、涼宮」
 顰め面した谷口が腕を組んで待って居た。
 「…………」
 谷口、一体何の用かしら、今更。 折角、気分は良かったのに、一気に台無しだわ!
 しかも、こんな朝早く……もしかしてストーキング? それとも、逆恨み!?
 そのまま無視して行こうとしたら、谷口は急にあたしの前に回って頭を下げた。
 「涼宮、一昨日は悪かった!」
 「はぁ!?」
 「ついカッとなって、あんな事言っちまって。 涼宮が一生懸命にやろうとしてるのに、俺……」
 「…………」
 「あの夜キョンが俺の家に来て、ずっと説得したんだぜ。 『ハルヒは懸命にやってる、朝比奈さんが卒業するから盛大に送り出そう』って。 その為に自分達に何が出来るか、って。 実は俺、そこまで考えて無かった。 ダンスが面倒臭い、何で俺がこんな事を。 って、そう思ってた」
 「キョンが、谷口を?」
 「あぁ。 キョンは何だかんだ言って真剣なんだぜ。 だから昨日は一日中ずっと練習してたよ。 涼宮が居なくても」
 「あ、そう。 あたしは……もう、解ったから行くわよ!」
 「お、おう」
 
 何時までも玄関の前に居ても仕方無いわ。 
 谷口と二人ってのは微妙な気はするけど、行くしか無いでしょ。 学校に。
 慣れた通学路を不慣れな足取りで辿り始める。
 
 「で、戻って来るの?」
 「何がだ」
 「ダンス」
 「お、おう。 だから昨日、練習に来たんだ。 涼宮に謝ろうと思って」
 「良いのよ、別に。 あたしも言い過ぎたんだから」
 「でもグサっときたぜ。 確かに今まで何かに打ち込んだ事ってね~からな。 しかし、涼宮も変わったよな」
 「……どう言う意味よ」
 「キョンだよ、キョン」
 はぁ? 言ってる意味が解らないわ。
 「キョンに出会う前の涼宮って、何て言うか、他人を寄せ付けない……いいや、ちょっと違うか。 俺みたいに外見で判断して寄って来た奴は居たけど、そんなの関係無い。 自分一人で構わないってイメージだったよなぁ。 でも、キョンと出会って仲間が出来て――まさか涼宮が集団で何かするなんて思わなかったからなぁ。 驚いたぜ」
 「あっ、そう」
 「後、知ってるか涼宮? お前って、キョンに対しては良い笑顔。 見せてるんだぜ」
 「えっ!?」
 そ、そうなの?
 「あぁ、中学の頃じゃ考えられなかったぜ。 まるでキョンが魔法を使ったんじゃないかと思っちまったからな」
 「…………」
 「あ~あ、キョンが羨ましいぜ、こんちくしょう!」
 
 確かに、そうかもね。 キョンと出会ってからのあたしって、とても充実して楽しいし、周りが色褪せて見える事も無くなったもん。
 しかし「キョンが羨ましい」って、どう言う事?
 
 「……俺も努力が足りなかったよな、あの頃」
 「え?」
 「おっと、忘れ物しちまった。 俺は家に戻るから、また教室でな。 涼宮!」
 「ちょ、ちょっと谷口!?」
 光陽園駅前に来た所で突然、谷口は来た道を戻って行った。
 「――どう言う意味よ、谷口」
 
 しかし、こんな所で忘れ物に気付くなんて。 
 あんな朝早くに、あたしの家の前に来る位なら、ちゃんと支度してから学校で言ってくれても良かったのに。 謝罪くらい。
 
 「ふふっ」
 一昨日、カッとなってたのが、可笑しな位ね。 すると
 「あら、おはよう涼宮さん。 朝から良い笑顔ね♪」
 「あ、おはよう涼子」
 「気分はどう? って聞くまでも無いわね」
 「うん。 昨日は練習、勝手に休んでゴメンね。 今日からはバリバリ行くわよ!」
 「それでこそ涼宮さんね、それじゃあ行きましょ」
 此処からは涼子と二人、北高を目指して歩みを進めた。


 
 そう、立ち止まってる場合じゃ無いわ。 目標に向かって、あたし、ううん皆で進むんだから。 脱落は認めないわよ!
 そして、予餞会が終わったら、あたしは――


 
 あたしと涼子は教室に一番乗りだった。 涼子は鞄を置いてミュージカルの練習に行ってしまった。
 暫くして三々五々、クラスメイトが登校して来た。 HR一分前
 「おはよう、ハルヒ」
 「おはよ」
 キョンがやって来た
 「練習してたらギリギリになっちまった」
 「谷口は?」
 「おう、来たぞ。 朝、わざわざ俺の家まで迎えに来て。 ご苦労なこった」
 「え!?」
 谷口って、忘れ物を取りに行ったんじゃ無いの!?
 「ん、どした? ハルヒ」
 「う、ううん。 何でも無いわ」
 会話を終えると同時に岡部が来て、朝のHRが始まる。
 本当は忘れ物を取りに行った訳じゃ無かったのかなぁ。 そしてキョンに伝えに行ったんだと思う。  
 あたしが、谷口を許したって事を。 
 「うふふっ」
 「ん。 何だ、ハルヒ」
 「何でも無い」
 
 窓の外に目を向けると、相変わらずの冬空が見えてる。 
 だけど、あたしの気持ちは季節を先取る様に、少しだけ暖かくなった気がした。
 




  (後編へ続く)


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