自適其適(大宋師):自ら其の適を敵とす
---自分の本当の心の適した生き方を求める---
自分の素質は案外自分では分らない
人は、自分の本当の素質に適したものを、自分の天職として求めるべきである。
この生き方は、難しくて、そう簡単にできるものではない。
自分の本当の素質というものが、自分自身では、なかなか分らないからだ。
1,2の天才は別として、一般には、青少年時代には、他人に褒められたり、けなされたりしながら、
いろいろ体験をしつつ、素質を発見したり、自覚したりしていくものである。
真人とは、他人の毀誉褒貶(きよほうへん)によって、つまり他人の評価によって生きているのではなく、ひたすら、
自分らしく、一筋に生きられるようになった人である。ちょうど、山ユリが、美しく谷間に咲いているように、
たとえ、誰もが「美しい花ですね」といってくれなくても、自分が自分であることを喜んで咲いている。
ただし、もし通りかかった登山者が、「きれいだね」と、言ってくれたら、人としてのまことの生きがいとなって、
大歓喜する。真人は、決して、他人の評価を無視して、一人よがりに生きているわけではない。
毀誉褒貶(きよほうへん):(「毀」はそしる、「誉」「褒」はほめる、「貶」はけなすの意)
ほめたり、悪口を言ったりすること。
イガ爺、自分って、どんな声をしているのか?、どんな顔しているのか?確信をもって言えますか?
案外、自分の声は自分で聞いている声ではない!?、顔に至っては鏡に映る顔は、まさしく
自分の顔ではない?、右手を挙げた鏡の中の自分は左手を挙げているのだよね。
対者我映って言葉がある、相手が見せる所作動作の全てに自分を見ることが大切!!
”相手を責める何物もない!!、全ては自分が変わることである”・・・・。おいらもねぇ!!
14:25分投稿
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