創作 「空っぽの空」 林美沙希
世界は貴方で廻っている。空の下に貴方が居るならば、この曇り空さえも愛おしい。貴方が見ている景色は私も見なければならない。私は貴方でできているから。
しんと音のない、まだ生徒がいない時間帯に家を出る。米粒サイズの貴方が視界に入る。幸せな気持ちでもくもくと満たされながら、この時を楽しむ。今日もいい日だ。
がやがやと賑わう朝のホームルームが始まった。整ったスーツに緩めのネクタイ。今日は寝癖がついたままで可愛らしい。配布物を配る手伝いも黒板を消すのも、貴方の為なら勝手に体が動いてしまう。雑談の時間も眠気に抗い見つめていた。そして私は、キラリと光るものを見つけてしまった。
心臓が凍りつく瞬間だった。左手の薬指に着けているものが見えた。他にも何人かが気付いたようで、先生は質問攻めだ。信じられなかった。夢であってほしかった。赤面しながらも自慢げに見せつけてくる指輪の指ごと切ってしまいたい。足がガタガタと震え体が黙らない。目が熱くなって止まらない。卒業したら貴方に気持ちを伝えられると思ってずっとずっと、待っていたのに。誰よりも好きだったのに、私のことは眼中にすらないのだ。現実を考えたら当たり前のことでも、ほんの僅かなことで期待をしてしまう。本当に、愚かだ。
「おい、大丈夫か」
先生が私を心配してくれている。
「具合でも悪いのか」
私が泣いても、何も気づいてもらえない。鈍感な貴方のために、世界一大好きな先生のために私がするべきことは、嘘をつくことだ。
「先生が結婚なんて可笑しくって、笑っちゃいますね」
安心したのか、「馬鹿にしやがって」と言って微笑む先生。
窓から光が差し込む。酷く晴れた冬の空だ。これから先も貴方が好きで、想いが届くことはない。綺麗に見えるはずの空がただの天井のようにしか見えなかった。