飯田橋ライブラリー

飯田橋ライブラリーを運営する図書委員会からのお知らせを掲載しています。

創作 「空っぽの空」

2024-11-17 14:31:00 | 日記
創作 「空っぽの空」 林美沙希

 世界は貴方で廻っている。空の下に貴方が居るならば、この曇り空さえも愛おしい。貴方が見ている景色は私も見なければならない。私は貴方でできているから。

 しんと音のない、まだ生徒がいない時間帯に家を出る。米粒サイズの貴方が視界に入る。幸せな気持ちでもくもくと満たされながら、この時を楽しむ。今日もいい日だ。

 がやがやと賑わう朝のホームルームが始まった。整ったスーツに緩めのネクタイ。今日は寝癖がついたままで可愛らしい。配布物を配る手伝いも黒板を消すのも、貴方の為なら勝手に体が動いてしまう。雑談の時間も眠気に抗い見つめていた。そして私は、キラリと光るものを見つけてしまった。

 心臓が凍りつく瞬間だった。左手の薬指に着けているものが見えた。他にも何人かが気付いたようで、先生は質問攻めだ。信じられなかった。夢であってほしかった。赤面しながらも自慢げに見せつけてくる指輪の指ごと切ってしまいたい。足がガタガタと震え体が黙らない。目が熱くなって止まらない。卒業したら貴方に気持ちを伝えられると思ってずっとずっと、待っていたのに。誰よりも好きだったのに、私のことは眼中にすらないのだ。現実を考えたら当たり前のことでも、ほんの僅かなことで期待をしてしまう。本当に、愚かだ。

 「おい、大丈夫か」

先生が私を心配してくれている。

「具合でも悪いのか」

私が泣いても、何も気づいてもらえない。鈍感な貴方のために、世界一大好きな先生のために私がするべきことは、嘘をつくことだ。

「先生が結婚なんて可笑しくって、笑っちゃいますね」

安心したのか、「馬鹿にしやがって」と言って微笑む先生。

 窓から光が差し込む。酷く晴れた冬の空だ。これから先も貴方が好きで、想いが届くことはない。綺麗に見えるはずの空がただの天井のようにしか見えなかった。

創作 「マッチングアプリ」

2024-11-15 00:25:00 | 日記
創作 「マッチングアプリ」林美沙希

 友人からお勧めされたこのマッチングアプリ。綺麗な女性で溢れ、さらには気さくで話上手な人が多いらしい。友人はそのアプリで知り合った人と明日初めて会うことになっている。にやついた顔をして相手の写真を見せてくる。金持ちなだけで全くモテない奴に、こんな顔の良い女が寄ってくることもあるのか。モジモジして気持ち悪いが、それでも唯一の親友だ。明後日にまたファミレスで話す約束をし、ひっそりと応援していた。
 
 そろそろ奴のデートも終わった頃だろう。状況を聞くため連絡を送った。だがどれだけ経っても返信が無い。疲れて既に寝てしまったのだろうか。この日は自分も眠気に耐えられず、気にも止めずに寝てしまった。

 酷く後悔したのは翌朝になってからだ。静かなアパートに警察が一人訪ねてきた。

 行方不明だった。ドクドクとうるさい心臓を必死に抑えつけ、経緯やあのマッチングアプリのことを全て話した。

 思い返せばどこか怪しかったように思う。メッセージを送ったのも誘ったのも全て女からのはずだ。自撮り写真を何枚も奴に送りつけていた。何も出来ない自分が憎い。夢中になってその女のアカウントを特定し、気付けば六時間以上が経っていた。

 すぐに返信が来て、そしてトントン拍子に通話の誘いをもらった。その女はあまりにも端正な顔で声優のような甘ったるい声をしていた。画面録画をしながらの会話を始める。見た目の話や年齢の話。声を聞く度に怒りが込み上げてくる。慎重に情報を聞き出すことが、その時の自分にはとても出来なかった。遂に切り出してしまった。

「俺の友達がどこにいるのかご存知ですよね?」

 暫くの沈黙のあと、女の声が突如二重になる。

 「これよくできてるでしょ。AIと変声機を使っているの。あなたが何をしても彼も僕も見つかることはないよ」

 バキバキに割ったスマホから、狂った笑い声が鳴り響いて止まなかった。