5歳
社宅から県営住宅団地に移り住む。
近所の幼稚園に通い始めた。
幼稚園はバス通園であった。
黄色いバスの絵に、マジックで「3」と書いたバッジを左肩に付けて登園する。
この頃の時代、いわゆる「団塊の世代」の子供達がそれぞれ成長し始めていた頃で、子供がとても多かった。
私が通っていた幼稚園は、近所では「マンモス幼稚園」と言われるほどのとても大きい幼稚園であり、団地内の子供達はこぞってこの幼稚園に通っていた。
園内では、普通に子供らしく過ごしていたと思うが、初めての団体生活のせいか、この頃から少し病気がちになる。
「ふじぐみ」の一員として、1年間過ごした。
弟を妊娠していた母は身体がしんどいのか、よく家で寝ていた気がする。
遊んで欲しくて側に行くが、いつも「あっちへ行っていなさい」とか、「外で遊んできなさい」と突き放された。
自我が芽生え始め、甘えたい盛りではあったが、「お姉ちゃんになるんだから、しっかりしなさい」と言われるので、出来るだけ母に寄り付かないようにした。
団地の敷地内には、大きな公園があった。
公園内に子供はたくさんいたが、この頃から内気だった私は、自分で話しかけて仲間に入れてもらうことは得意ではなかった。
話しかけてくれるのを待ちながら、いつも一人で遊んでいた気がする。
トンボを追いかけたり、ツツジの花の蜜を吸ってみたり、アリの巣を小枝で襲撃したり…😁
その私の姿を遠くから見ていたと思われる、近所のアパートに住む男子大学生がいた。
ある日、その大学生が私に話しかけてくるようになる。
何度か公園で一緒に遊んだ。
いつも一人で遊んでいた私は、いつの間にかその大学生が話しかけてくれるのを待つようになった。
子供の恐ろしいところは、何度か遊んだら、その相手が誰であろうと「友達」と認識してしまうところだろう。
「くまだ」と名乗っていたその大学生は、ある夏の暑い日に、とうとう行動を起こした。
「いっぱい遊んで汗かいたし、お兄ちゃんのお家で冷たいオレンジジュースを飲まない?」
私はその提案を快諾し、独り暮らしをしていると思われるその大学生の家に足を踏み入れてしまった。
言葉巧みにお風呂に誘われ、お湯の中でイタズラをされ、その後は…。
まあ、書くのもおぞましいが、いわゆる○的虐待を受けた。
幼児○愛者だったのか、それともただの興味本位だったのかは分からないが、その日は家に帰してもらえた。
もちろん、「お父さん、お母さんには内緒にしてよ?」と言われ、私はそれを頑なに守って大人になった。
その後、あの大学生がどうなったのかは知らないけれど、私が誘われたのはその1度だけだった。
次回予告
6歳からの記録を淡々と残していきます。
最後まで読んで頂いた方、ありがとうございました。
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