(19日、タイのThe nation掲載のアニメーションより)
現在の全体状況は分かりませんが、先日来、首都防衛線のカナメになっているのは、ドンムアン空港の東にある「Klong Hok Wa」(Hok Wa Canal)という、東西に走る運河です。
↓ その付近を拡大すると、こうです。
私の理解では、何本もの水路を伝って北から大量に流れてくる水を、この図に赤い三角で書かれているSai Maiの手前で堰き止め、まっすぐにバンコクの中心部へ殺到するのを防ぐために、東側(図の右)へ逃がそうとしてきたのです。「Sai Mai(サイマイ)の攻防」と呼ばれています。
ここにたくさんの兵士やボランティアが動員されてきたようです。そして決壊を食い止めるには人だけでなく、もちろん大量の土嚢などが必要です。一昨日バンコク都知事は、48時間以内に200万個の土嚢が必要だと言っていたのですが、昨日までに用意できたのは、その4分の1の50万個だけでした。
またバンコク中心部の浸水を防ぐために犠牲になる地区は、青色に塗られている、ノング・チョーク、ミンブリー、ラクラバンなどのバンコク東部の地域です。それらの地域の多くの場所で、何日も前からすでに浸水が始まっています。
これらの地域よりずっとバンコクの中心部に近いバンカピ地区も、危険ゾーンに入ったという報道もあります。バンカピは、わが家のあるオンヌット・ソイ17と、そんなに離れていません。バンカピといっても広いのですが、有名なモール・バンカピからわが家までは、直線距離なら6キロしかありません。
今どういう状況になっているか、タイのテレビも昨日から見ています。映像が比較的きれいで、ほかと比べて途中で止まったりするストレスの少ないのはTPBSです。
(洪水の予測をするTPBSのニュース番組、19日)
私もタイ語はところどころしか理解できませんが、映像を見て状況を理解しようとしています。ただし、日本のテレビとちがって、出てくる映像に場所と撮影日時が入っていないので、いつの状況なのか、よくわかりません。
昼間のほとんどの時間は、被災地区の住民への電話取材を延々と生放送しています。電話の声は、どの人も落ち着いています。東北の時も、どちらかというと、不思議なくらい当初は被災者が悲嘆にくれていなかったのが印象的でしたが、タイもそうです。
余談ですが、このテレビ局は、都心部ではなくドンムアン空港のすぐ近くにあります。かつてはタクシンの一族が経営するテレビ局でした。民主党政権になってから、2008年でしたか、お取りつぶしとなり、タイPBS(公共放送)として生まれ変わったテレビ局です。更に余談ですが、ここの社長は、上の図(本当はアニメーション)を掲載しているネーション紙(The Nation)の元記者です。
さて、バンコクポスト紙は現政権に批判的な記事を当然のように掲載してきましたが、今日はネーション紙にも厳しい記事が載っています。Abac Pollという、タイの世論調査が、今回の洪水に関して、インラック政権を信頼できるかどうかを国民に問いました。データの母数などが載っていない欠陥報道なので、紹介するのは躊躇するところではありますが、0から10までのスコアで示すと、政府の危機対応への信頼度は、たったの3.6点しかないそうです。
「6割以上の国民が信頼してない」ということではありません。信頼していたとしても点数が辛いのです。赤点すれすれと言ったところでしょうか。
そして、今一番問題なのは、政府が国民、とくにバンコク市民に真実を伝えるべきか、それともやむを得ず隠ぺいすべきか、この問題を巡って、政府内部で争いがあるということです。一例として書いてあるのは、一昨日のナワナコン工業団地の浸水が始まった時、政府のスポークスマンの一人は、「7時間以内に避難せよ」という命令を発しようとしたのですが、その上に立っている責任者の法相は、「物を高い場所に移すだけでよい」として、当初は危機を隠そうとした、というのです。
また、洪水をコントロールするには、あちこちの水門を閉じるか開くかという判断が非常に重要ですが、その判断が、長老の政治家の選挙区の利害と深くかかわっているという指摘がありました。例えば、アユタヤよりも北にあるスパンブリーという町は、近隣のほかの地域と比べて浸水が少ないのですが、それは、スパンブリー出身のある長老政治家の政治力だというわけです。
一方のバンコクポスト紙は、ストレートに民主党の主張を書いています。前政権で財務大臣を務めていた人物の政権批判です。今のインラック政府のやり方は「行き当たりばったり」で、災害復旧の費用は1000億バーツでも全然足りない。「失業」と「サプライチェーンの崩壊」という2つのインパクトのために、タイ経済はもたなくなる、というのです。
今はタイ経済がどうなるかを論じている場合ではなく、バンコクの洪水がどうなるかが肝心ですが、とにかく、地元の言い方は50年に一度の洪水ではなく、100年に一度の大災害という表現も見られるようになってきました。まるで真綿で首を絞めるかのようにジワジワ、ジワジワと忍び寄るタイの洪水は、東日本大震災のような、一瞬に人々の命と財産を飲み尽くす巨大津波とは性質こそ違いますが、どちらも稀にみる非情な災害です。避難所に避難している多くの人々の無事と、首都への波及が最小限に食い止められることを今日も祈るばかりです。
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私もこのブログの写真をみて、不謹慎ながら笑ってしまいました。→タイとか 日本とか : タイの洪水写真(不謹慎ながら笑えます)http://blog.livedoor.jp/asobouseason/archives/53043266.html
但し、このたくましさの裏には、「(現在のタクシン政権ではなく)政治制度そのものへの不信感」があるのでしょう。
「所詮、自分一人で生き抜くしかない」という悟りというか、諦め、というか、開き直りの表現としての明るさがあるんでしょうね。
そういうタイ国民の精神構造を前提にして(あてにして?)、タイの政党が政権を運営してきた側面は否定できないでしょうから、「根は深い」ということですね。
リンク先のブログですが、貼り付けた写真の出所を明示していないので、私のブログからリンクするのは本当はためらいました。
自分が撮影したのではなく、どこかの写真をコピーしたなら、それなりのクレジットを付けるのが、個人のブログでも最低限のマナーだと思います。
でもそれは多分Q太郎さんとは関係ないことですから、コメントを公開させていただきました。
Q太郎さんのおっしゃるように、あの明るさは日本人にはなかなか真似のできないものですね。タイ人も慟哭しますけど、運命を受け入れる力は並ではないと思います。