楽園づくり ~わが家のチェンマイ移住日記~

日本とタイで別々に生活してきた私たち家族は、チェンマイに家を建てて一緒に暮らし始めました。日常の出来事を綴っていきます。

最後のお別れ

2017-05-25 17:01:26 | タイの家族

昨日、葬儀はすべて終わりました。亡くなった日を数えて5日目でした。

お寺の中の火葬場です。

棺が火葬台の上に運び込まれたあと、火葬台の周りを取り囲むようにたくさんの人が見守る中、いろいろな供え物を抱えた親戚やお坊さんが火葬台の周りを3周します。このとき、実は私は携帯カメラしか抱えていませんでした(笑)。


このあと、地元の名士?や親戚代表など全部で10人くらいが、司会に呼ばれた順番に火葬台に上がってきて、棺の前に供え物(袈裟)を置きます。

その間、お坊さんも一人ずつ呼ばれて上がってきて、供え物に手をあてて短い言葉を唱えます。私は棺の近くにいて、一人一人に、「ありがとうございます」と小声で言いながら手を合わせて挨拶をしました。


さて、いよいよ最後のお別れのときです。

棺を花いっぱいにします。カムペンペットの葬儀のしきたりでは、このとき入れる花は紙でできた造花だそうです。でも妻がかねてから希望していたので、造花を入れる前に、本物の花も入れました。

いつの間にか、たくさんの参列者も火葬台の上にのぼってきて花を入れてくれました。

眠っているような顔でした。息を引き取った直後は、気のせいか、少し若いときの妻の顔つきになりました。でも、5日ぶりに見た妻は、チェンマイで一緒に暮らしていた時の見慣れた顔にまた戻っていました。不思議な感じです

 

今日は朝早くに、妻の母親、弟、二番目の娘、そして例のお坊さんの青年と一緒に骨を受け取りに行きました。結構時間をかけて骨を拾い、台の上で人体の形にして置いてくれました。

日本の火葬場でも、このようにしてくれたのかどうか、私の記憶は定かではありません。火葬場の人によると、妻の体格は結構骨太だったそうです。

 

葬儀を5年暮らしたチェンマイでやるか、それとも生まれ育ったカムペンペットでやるか、亡くなる当日の朝、母親やおばさんと言い争いをしたことは書きました。そして結局、お坊さんの青年の仲裁で両方でやることにしたのですが、それは正解でした。

チェンマイでは、仲よくしていた近所の人たちや、忙しい中を日本から飛行機を乗り継いで駆けつけてきてくれた20年来の親友が最後のお別れをすることができました。そして、カムペンペットでは、親戚や彼女をよく知る人たちが数百人も参列してくれました。きっと妻も、両方でやって喜んでくれたと思います。

お骨はしばらく実家で保管します。いずれ故郷のピン川に散骨すると思います。息子が少し分けてほしいと望んでいますので、ごく一部はチェンマイに戻ってくることになるでしょう。


さて話は変わります。今日、カムペンペットからチェンマイに帰る途中でのことです。ちょっとした理由があって、妻の母親も2日間チェンマイに滞在するので一緒だったのですが、車中、彼女は私にこう聞きました。

「彼女は、(死んでから)あなたの前に現れましたか?」

「それはないです。でも実は、毎日彼女と話していますよ。私が問いかけると答えてくれます」と言うと、母親はあっけにとられていました。

実は亡くなる数か月以上も前から、私や子供たちのこれから後のこと、家のことなどを妻と色々と話し合ってきました。犬三匹のことまで話し合ったこともあります。ですから彼女の思いはよく分かっているつもりです。でもちょっと迷ったときは確認のために、夜ひとりだけになったときに彼女に語り掛けるようにしています。

そうすると、なぜか(私の心の中で)彼女が話してくれるのです。最後はいつも「あなたの好きにしていいよ」と優しく言ってくれます。でもそう言いながら、時々彼女の涙顔が浮かんでくることがあります。そういえば、生きているときも、私のことを話している彼女は、いつも涙顔だったのです。

「あなたはまだまだ元気だし、これからまだまだ時間があります。ですから、私がいなくなったら、必ずいい人を見つけてくださいね。もし性格のいい人だったら、家に入れてもいいですよ。ただし、100日が経ってからにしてくださいね・・・」そう言って、涙でくしゃくしゃになる彼女でした。

私を本当に心の底から愛していてくれたんだと思います。

 

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お疲れ様でした (stak)
2017-05-25 21:38:49
うさぎ様
葬儀大変でしたね。
奥様亡くなってからも、うさぎ様の近くに毎日いて、聞けば答えてくれると思いますよ。
私も、妻を癌で亡くし7年目です。
私は、妻が亡くなる迄妻が先に亡くなる事を考えていませんでした。
私の妻も、人徳のある人で皆から好かれていました。葬儀の時、一周期の時「ほんとに良い奥さんだった」と皆様から言われました。
今でもどうして良いかわからない時、亡くなった妻のお墓で聞けば必ず答えてくれます。でも、自分に都合良い答えかなとも思います。今は毎日、家の庭に咲く花を、朝お墓にあげに行きます。お墓も、綺麗な方が良いですね。
これから、寂しくなりますね。
私の場合は、寂しさを感じる暇も無く6年が過ぎました。
明日から田植えです。今年も何とか田植えができそうです。
暇が無い位のが、幸せなのかもしれませんね。

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stakさんへ (うさぎ)
2017-05-26 00:23:13
コメントありがとうございます。
そうですか、6年以上経っても亡くなった奥さんとお話されるんですね。愛しておられたんですね。今も。

話がそれるんですが、私の場合、妻が亡くなっても人前では一切涙を流したことはありません。涙ぐみそうになっても、ぐっと堪えました。でも、一人になって妻に話しかけるときは、正直言って、とめどなく涙が溢れてくるのを止めることができません。きっと周囲の人たちは知らないでしょうね。いつまでそういう状態が続くのでしょうかね・・・
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