宿の茶店で甘いものを食ってると、川向こうでゴロゴロピカピカしだして、夕立になった。部屋で2時間ほど転がっているうちにやんで、涼しくなったので、これ幸いと夕食がてら散策に。
旧市街に点在する博物館とか古い建物とか、好きなのを選んで5箇所ほどに入れるチケットが75000ドンで売られているようなのだが、そういう施設には興味がないので、宿からチャンフー通りをまっすぐ、日本橋を目指して歩いていく。
たしかレロイ通りとの交差点。日本の地方の街なら十字街とでも名付けられそうな感じで、人やバイクがひっきりなしに通る。
日本橋に着いたときにはだいぶ薄暗くなっていた。現地時間で18時20分過ぎ。宿の人には20分くらいと教えられ、地図上でも確かに1キロくらいなのだが、もう少し遠く感じる。写真を撮りながらだと40分以上かかった。市場に入り込んだりしたせいか。
日本時が造営したらしい屋根付きの木橋の内部はこんな感じ。写真は思いっきり補正してあって、実は中は殆ど真っ暗。川の上にお堂があり、橋の中央部から入れるようになっていた。
暮れなずむ川沿いの景色を愛でてから、この路地から北に連なるハイバーチュン通りを歩いて、フォーホイという飯屋を目指す。
どうも距離を長めに感じるらしく、地図通りに歩いているのになかなかたどり着かない。最後、ちょっと道がややこしくて店が見つからず、あきらめようとしたところで、果敢にもかみさんが露店商にガイドブックを突きつけて道を聞き出してきた。で、着いてみたら、サッポロビール園のように大きな建物の中で大勢がわいわいがやがや。団体のバスが着いてどっと人が降りてくる。
せっかくだが退散して、途中で通りがかったホワイトローズへ。ここはホワイトローズの元祖らしい。調理場の見える庶民的な店構えや、店名なのかメニューなのか紛らわしい各国語の看板にカタカナで「ホワイトローズ」と書いてあるのを見たときは、本物かどうか疑わしかったが、おばさんが出てきて壁の肖像写真を指さし、アレが初代で私が三代目、テーブルを片付けている女の子を指して、あれが四代目、と日本語で言ってるのを聞いて、たぶん本物なのだろうと思った。旨ければどうでもいいし。
この店にメニューはなくて、ビールを頼んだ他は適当に相づちを打っていたら、昔ながらの、グラスに氷を入れて冷えてないビールが出てきて消沈。しかし、ついで出てきたホワイトローズは旨く、むさぼり食ってちょっと足りないかなと思ったところに、揚げワンタンがどんと置かれた。
ハノイで両替したベトナムドンが底をつき、ドンとドルまぜこぜで勘定してから、重くなった腹を抱えて、もと来た長い道のりを帰る。
車の通る大通りとの交差点はこんな感じ。現地時間で20時過ぎ。
日本橋に連なるチャンフー通りは、夜も観光客がいっぱい。
川沿いに出てみる。あのり人影が映っていないが、夕涼みの人がそこここに。また、川沿いの通りに連なる店も盛況。
宿に近づくに連れだんだん静かになっていく。カオスだった市場は、夜はご覧のとおり。
歩き疲れたかみさんが空腹を訴え、宿のすぐ近所の、バーのような風情のムーンレストラン&ラウンジというところで、フォーボーを食った。今日はよく食いよく飲んだよ。