神を知る
(ホセア6:6)
「わたしは誠実を喜ぶが,
いけにえは喜ばない。
全焼のいけにえより,
むしろ神を知ることを喜ぶ。」
預言者ホセアはイスラエル人に,
彼らの誠実(ホセア6:4)は,
みせかけであるといいます。
神との内面的関わりをするために
ただ外的なみせかけの行為として
いくらいけにえを神にささげても,
神は喜ばれないといいます。
ここで「誠実」と
「神を知ること」とが
述べられています。
「神を知る」とは,
夫婦関係のように神との
人格的に交わることです。
「神を知る」ことは,
「誠実」によって成り立ちます。
この「誠実」
(ギリシャ語の原語:ケセド)は,
「忠誠,愛,
いつくしみ,あわれみ」
などの意味があり,
新約聖書では,
「あわれみ」となっています。
☆彡
(ホセア6:1-6)
「さあ,主に立ち返ろう。
主は私たちを引き裂いたが,
また,いやし,
私たちを打ったが,
また,包んでくださるからだ。
主は二日の後,
私たちを生き返らせ,
三日目に私たちを立ち上がらせる。
私たちは,御前に生きるのだ。
私たちは,知ろう。
主を知ることを切に追い求めよう。
主は暁の光のように,
確かに現われ,
大雨のように,
私たちのところに来,
後の雨のように,
地を潤される。
エフライムよ。
わたしはあなたに何をしようか。
ユダよ。
わたしはあなたに何をしようか。
あなたがたの誠実は
朝もやのようだ。
朝早く消え去る露のようだ。
それゆえ,
わたしは預言者たちによって,
彼らを切り倒し,
わたしの口のことばで彼らを殺す。
わたしのさばきは
光のように現われる。
わたしは誠実を喜ぶが,
いけにえは喜ばない。
全焼のいけにえより,
むしろ神を知ることを喜ぶ。」
イエス・キリストは,
このホセア6:6のことばを
受けて,
次のようにはなします。
(マタイ9:13)
「『わたしはあわれみは好むが,
いけにえは好まない。』
とはどういう意味か,
行って学んで来なさい。
わたしは
正しい人を招くためではなく,
罪人を招くために来たのです。」
(マタイ12:7)
「『わたしはあわれみは好むが,
いけにえは好まない。』
ということが
どういう意味かを知っていたら,
あなたがたは,
罪のない者たちを
罪に定めはしなかったでしょう。」