君に聞かせたかった歌
今このステージから君に贈るよ 君に聞かせたかった歌を
本当は君が逝ってしまう前に 君の前で歌いたかったこの歌を
初めて彼を見たのは 俺たちがまだインディーズにもなれなくって
先輩のライブに時々呼んでもらってた無名のコピーバンドの頃
時々見かける車椅子の少年 いつもニコニコしていた
あくる日校庭で偶然、彼を見かけ思わず声を掛けていた
彼の名は 中谷 駿、一年後輩の高校一年
話を聞くと中学も同じだったという もちろん俺は彼の事を知らない
俺たちのバンドは中学二年から始めていた メンバーは変わったが
高校に入ってからも続けていた オリジナルを持たない俺たちは
もっぱらコピーバンドで 初めて演奏したのは中学の文化祭だった
俺のやる事に滅多に口を出さない父親が受験は大丈夫なのかと訊いた
あの時一緒に居たのお兄さん? 近くに住んでる従兄なんだ
あのライブハウス地下にあるから 母さんじゃ無理だから頼んだ
華奢には見えても高校生の彼を母親が負ぶって階段を降りるのは酷だ
次に来る時は言ってくれ 代わりに俺が連れて行くから
その日をきっかけに俺と駿は よく話をするようになった
彼の病気が治らない、進行を止める事すら出来ないと知った時
俺は怒りさえ感じた それだけで彼の人生の選択肢は限られるのに
いつも彼は楽しそうに笑っていた 本当は悔しいはずなのに
あの頃から俺は曲作りに没頭していった 苛立ち、焦り
それでも駿と話しているときは 何故か心が和らいだ
俺が曲を完成させる頃には 駿の意識はもう無かった
彼を学校で見かけなくなって 二か月位過ぎていた
彼の母親から電話を貰って 病院に行くと従兄が待っててくれた
病室に入ると酸素マスクをつけられて目を閉じた駿が居た
やっと曲が出来たんだ 聴いてくれるかい?
幸せな時間は 瞬く間に過ぎ
寂しさだけが 心に居座る
君の笑顔に 救われていた
君の笑顔に 導かれていた…
歌い出した僕の目からは涙があふれだした
彼の細い腕を掴む僕の手も力が入らない
僕はこの日初めて知った 本当に大切なものを失う悲しみを