老いの坂道(パピー)

楽しい心で歳を取り、働きたいけど休み、喋りたいけど黙る。
そんな気持ちで送る趣味を中心に日々の一端を書き留めています。

読書日記 『家守綺譚』 梨木香歩 

2011-07-16 | 読書日記

■『家守綺譚』梨木香歩 新潮文庫2004年1月初版発行

「梨木さんの日本語は美しい。豊潤でゆとりがあって温かい。文章のリズムに身をまかせていると、息が深く吸い込まれるようになってくる。」

作家、小川洋子さんの梨木香歩評のひとことに魅了されて再読しました。。

1959年鹿児島県出身、同志社大学神学部に学び、イギリスに留学し児童文学者のベティ・モーガン・ボーエンに師事したそうです。絵本などの子供向け作品も多いようですね。美しい日本語もこの辺からきているのかな、と思われます。また、神学部出身だけあってふと宗教的雰囲気を感じさせる文面も時に顔を出してくれる不思議な魅力を持った作品でした。

『家守綺譚』梨木香歩 新潮文庫

さて、自らを新米精神労働者と名乗る物書きの綿貫征四郎が主人公。湖で行方不明になった親友、高堂の実家に、家守として暮らすようになるところから物語は始まる。

その家で気ままに原稿を書く征四郎なのだが、なぜか闖入者が多い。前触れもなく無遠慮に登場してくる彼らのおかげで、日々の暮らしは実に味わい深いものになっている。

ある日、その家の床の間の掛け軸の中から、死んだはずの高堂がボートを漕いで此方にやって来る。
また、ムカデやマムシを商う長虫屋が、商売を持ち掛けてくる。池の中には鮎人魚、池の端には河童の抜け殻、白木蓮にはタツノオトシゴ、土手には小鬼、サルスベリの二股にはサル・・・という具合である。

一見まともな隣のおかみさんも、河童のあしらい方を教授するあたり、只者ではなさそうだし、飼い犬のゴローにいたっては、もしかするとこれらの奇妙なものたちの元締めかもしれないと思わせる怪しさだ。

闖入者たちに導かれ、征四郎はやすやすと日常の壁を通り抜け、異界をさ迷い歩くことになる。しかし決して大騒ぎなどはしない。時にはすねたりしながえあも、異界を慈しみ、死者との別れを寂しがる。

四季折々の植物※があり、風があり、雨があり、折々にささやかな怪異―白木蓮がタツノオトシゴを孕む、信心深い狸の恩返し、小鬼との遭遇、等々―がある。

これらの真ん中に征四郎が居る。「分かっていないことは分かっている」ことを、「理解できないが受け入れる」ことを、ごく当たり前のことのように身の内に持っている征四郎がいるのだ。

世の中が騒々しく、すさんでいる時こそ、一人心を落ち着け、震災や年金や失業や原発とは遠く離れた物語の世界を、旅したくなる。今、人間社会があれこれと大変なのは分かった。だからせめて夜のひと時くらいは、本の頁を静けさに心を泳がせる自由を思う存分に味わいたいものだと、誰にともなく訴え掛けたくなる今日この頃。
そういった気分の時本書は一行目からすぅと、どことも知れない遠い場所に吸い寄せられる。そんな気がする一冊だった。

梨木香歩、パピーにとってはまた新たな発見だった。先ほどネットで2冊発注した次第です。

※以下参考資料、お時間の許される方はどうぞ。

本書『家守綺譚』に出てくる植物とその物語の一端のご紹介です。

(小さな画像は画像の上をプチっとして下さい。戻るときは左の⇐で願います)

◆サルスベリ 

  

木肌はすべすべとしていて撫でると誠に気持ちがよろしい。主人公綿貫が文章に躓いて考えあぐねて庭を回っているときには、つい、サルスベリを撫でてやるのが日課となっている。「野菊」の章では、猿が座っていて猿がすべらないので、山内が綿貫に「サルスベリ」ではなく「サルスベラズ」ではないかと言う。そして、「たとえば、さるすべりの五文字の順番を入れ替えて・・・」「リサベル!」と呼ぶことを提案する。
 「リサベル!」と山内が呼びかけると、サルスベリはうなずくように幹全体を大きく一度上下に揺らした

◆ヒツジグサ

故高堂家の池に、小さな睡蓮が咲いている。未の刻になると律儀に花を開く。最近、「けけけっ」とたいそうけたたましく鳴く。サルスベリはあまりこの花を好かないらしい。犬のゴローも初めの内は、この花が鳴くとぎょっとして飛び上がっていた。

 ◆カラスウリ

梅雨の頃、故高堂家の勝手の土間から板の間に上がったとき、床がズボッと抜けた。そのままにしておいたら、そこからいつの間にか奇妙な蔓性の植物が生えてきた。いつのまにか板の間の天井いっぱいに網をかけるようにして誇り、土間の方の屋根裏にまで向かい始めた。まだ寝ぼけていた綿貫に、天井の方にくしゃくしゃのレェスのような白い固まりがあちこちしているのが見えた。白い花弁の周りに、まるでそれの吐息のような白い糸が絡んでいる。夢の続きを見ているようである。それとも今が夢なのかと綿貫は思った。

◆ススキ

ススキが原。名月の夜、ゴローとともに野に寝もうと思い立ってでかけた。故高堂が現れ、「確かに、いい場所だ。こういうところに人は埋まりたがる。」と言う。ゴローはしっかりと寄り添い暖かかったが、綿貫は寝付かれず、夜露が落ち、月がすっかり西に傾くまで空を観ていた。

◆ホトトギス

狸が寺の戸口に置いていった松茸の籠に斑の入った花が一茎挿してあった。化かして悪かったということだろうとお寺の和尚が言った。狸も粋なことをすると。斑点が鳥のホトトギスの腹に似せてあると見なして、付いた名前らしい。

◆ノギク

隣家のおかみさんが、急に動きを止め、土手の横に咲いていた小さな紫の野菊に目を遣って、「私の名はあれ。」というので、「野菊ーきくさんですか。」と訊くと、「いえ、ハナです。ありふれた名前です。」という。綿貫は、おかみさんの名前を知ったからといって、その名で呼ぶ気には今更なれなかったが、その名と承知して、妙に心が落ち着いた。

◆フキノトウ

綿貫は、雪の残った疎水を出て、小鬼を見つけた。玉蜀黍のひげに酷似した、白銀色のもつれた糸玉の如き髪の中から、まごうかたなき三角錐の象牙色の角が顔を出していた。興味津々で見ていると、「ふきのとうを取って来いと云われたのだ。」と言う。辺り一面のふきのとうを集めて、小鬼の50倍はあろうと思われる重さ。結構な量を、蜘蛛の糸を寄り集めたような網で全部括り始め、片手でかろがろと持ち上げて持っていった。

◆セツブンソウ

故高堂が、春一番に佐保姫が立ち寄るのが鈴鹿の山の一面のセツブンソウだと言う。高堂が去ると床の間に見慣れる純白の繊細な造りの花が落ちていた。成程これでは深山の奥にしか棲息できまいと綿貫は思った。

◆山椒

 狸が置いていったあまるほどの筍を隣のおかみさんに分けようと、仕分けしていたら、土付きの所に、小さな明るい緑色の山椒の芽生えが着いてきていた。豆粒ほどに小さいが、立派に山椒の葉の形をしていた。芽吹きの季節、春が来たのだと綿貫は思った。

最後までご覧いただいてありがとうございます。

昨日はあまりにも暑かったので、ウオーキングは駅前地下街一番街と高島屋デパート内で歩数稼ぎをしました。このメリットは比較的涼しいのと退屈しないことですが、大きな落とし穴が潜んでいます。ハマりました。その落とし穴→「衝動買い」

高島屋のマネキン君が着ていTシャツ、目についたもので買ってしまいました。。

 (高島屋で衝動買いしてしまったTシャツ)

 


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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (micchan)
2011-07-16 15:21:20
 パピーさんこんにちは。

 「クス」って笑っちゃいますよ。
パピーさんも服買ってるしぃと思わず。

 カルバン・クラインとはお洒落ですね♪

 次回繁華街のウォーキングの時はカード持たず、
所持金1000円ぐらいにしといた方がいいかもですよ。

 そういうときに限って一目ぼれの服に出会ってしまい、再度お店に行ってしまうのは私だけでしょうか・・・

 お花の写真はパピーさんが撮影したものですか?
返信する
Unknown (瑠璃)
2011-07-16 17:08:54
今は瑠璃の休憩時間です
美味しい抹茶をいただきながら
バビさんの読書日記を拝見しております

窓から名の知らない鳥の声、虫の声、風の声
・・・

ありがとうございます
至福のひとときです・・・
返信する
micchanありがとう (パピー)
2011-07-16 20:50:46
へへへ・・・
高島屋5階の紳士物売り場は飛ばした
方がいいかも、鬼門ですね(笑)。

でも、昨日はお昼は家で前日の残り物で
すませカフェランチは行ってませんよ。

物語に出てくる花や樹、よ~く見るとほとんど
が漢方薬の原料になるものなんですよね。
この辺も、この物語の隠された何かがある
ように思ってますが、それ以上の深読みは
出来ませんでした。

写真はパピーが撮ったものではありません(笑)
返信する
瑠璃さんありがとう (パピー)
2011-07-16 21:02:17
瑠璃さんの至福のひととき、お抹茶を
頂きながら、パピーの読書日記をご覧頂き
うれしく思いました。

最近は女流作家の作品の虜になっています。
パピー達がかって夢中になった漱石や龍之介
川端・・・といった「日本文学全集」時代
あの時代の女流作家って誰がいたのかな~

それに比べ最近は比較的若い女流作家が
きら星のごとく綺麗な文章で、素敵な内容の
物語を沢山世に出す時代になりましたね。

瑠璃さんお気に入りの本、また紹介下さい
ませ。

ありがとう!
返信する
こんばんはぁヽ(^o^)丿 (たぼ)
2011-07-16 21:47:39
福音書から綺譚まで…何でも読まれるんですねぇ
(#^.^#)

いま、この御記事を読み終えたところですがぁ…

僕もこの本読んでみたくなっちゃいましたぁ
(@^^)/~~~
返信する
不思議な本です (パピー)
2011-07-16 22:26:31
どうぞ、手に取って一度お読み頂ければ
と思います。

新潮文庫で362円、190ページ足らずの薄い本
です。すぐに読めると思います。

ただ、この本の不思議な処は、繰り返して
読んでも都度、新たな物語を読んでいる
ような気持ちにさせてくれる本だとパピー
は思っています。

天地自然の「気」を感じることが出来るかも。
太極拳に通じるかどうかはパピーには解りま
せんが・・・
返信する
不思議の国 (狛犬)
2011-07-17 08:39:32
もっと、緑が濃かったころ、誰でもであえたのでしょうか?

いまでも、パソコンをとめ、窓のそとをながめると、動物達や、鬼籍に入った人と出会えるのかも・・
返信する
日本の原風景が・・・ (パピー)
2011-07-17 09:59:15
物語の中では、時代も場所も意図的に
特定されていないようです。
これも興を誘う一つになっているようです。
全体として明治30年代後半位ではない
でしょうか。
場所は京都と滋賀も境目あたりだろうか。

日本人DNAに響く懐かしい原風景があるよう
ですね。と思いながら日本人DNAって?
と新たな疑問が湧いてきました。
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