去年の10月に読破いたしました本の中から一部をご紹介します。時はコロナショックによる外出自粛要請真っ只中。サラリーマン時代は仕事も忙しくて、読むことも書くことも随分おろそかにしてしまっていたので、このときは読書のスピードも以前のペースを取り戻すのに大分苦戦しましたが、なんとか回復。慣れると読書はやはりいいものです。
今日取り上げるのは「現在美術」という伊東順二先生の本。1985刊。36年前。小生が23歳で大学を出た年です。当時出た最新の美術評論で、刊行直後を含めて何回か読んではいるんですが、よくあることで図録以外は読み飛ばしていたので、じっくり読まないまま多くの年月が流れました。しかし改めて読んでみるとなかなか素晴らしい内容です。
以前から小生は自分の出不精を棚に上げ、「海外旅行なんかしなくても日本に居ればそれだけで世界の美術が向こうからやってきて、解説付きで最高のエッセンスを見ることができる。作品を見たいから海外へ行く、なんて馬鹿馬鹿しい」と考えていました。そしてそれは一応正しかったんですが、しかし今考えると、それがいかに稀有で尊いことだったのか、と改めて思い知らされます。伊藤先生みたいな、決して日本に大勢居るわけではないこういう凄い人たちが頑張ってくれていたから、日本にいたまま世界の最先端の美術に触れることができていたんだと痛切に感じます。当時先生は32か33歳くらい。その歳で世界中のコンテンポラリーアートを同時に目撃し、そしてこの本を書いたということなんだなと、改めて考えさせられました。
当時圧倒的な魅力で全世界を魅了していたアメリカのアートをまず冒頭に持ってきて「ニューヨーク」という章で語った後、編は「ローマ」「ベルリン」「パリ」「東京」と続きます。まだ壁の時代だから「ベルリン」の章は一番暗い。そしてラストは現在との対話として横尾忠則氏と大竹伸朗氏との対談で〆ています。
当時コンテンポラリーアートを扱ってこんな離れ業をやれる人は世界中でも伊東先生しか多分いなかったのでは。まだまだ世界はそれぞれ自分の歴史の延長を生きていて、今日のように同じ時間を生きてはいなかったから。そしてこの本が、最先端の思潮として最終的に論じているのが、ニューペインティング。様式的には20世紀初頭のドイツ表現主義に似ているものはあるが、別物だと強調しています。1985年当時のアートシーンのとらえ方として、これ以上の識見がありうるかな・・・。素晴らしい。ていうか、本のまとめ方、展開の仕方としてとにかく美しいと思います。
細かい話をすれば、小生は思想的背景は理解できても、ダダやミニマルアートは嫌いです。ダダは建設的要素がなく破壊的。ミニマルアートは、すかして思わせぶりで中身は何にもない。(中身が何にもないことが大事だったようだが)。しかし先生は、これら思潮が果たした歴史的役割にも適切な評価を与えているのでした。
苦言を少々。この本もせっかく素晴らしい内容なのだからもっと沢山の(この5倍くらい)図版を入れて欲しかった。できれば5冊ひと組の分冊の画集にして欲しかったな。(今からでもできる!)取り上げられている作家の多くが、作品の図版がわずかなので、読後にフラストレーションが残ります。そもそも画集は画像があってなんぼの世界。80年代は雑誌全盛の時代で、美術雑誌にも力があったから名前だけで同時代人には通じる素地はあったのですが、やはり時代を超えて読み継がれていく本としては、単体ですべてを語っていて欲しい。35年も経過すると、そんな余計なことも考えてしまいます。
KAZU一押しのお勧め本。
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