ブログを日記代わりにしているつもりはあんまりないんだけれど、最近はブログ=日記という認識が当たり前になっていて、俺もまあ日記帳代わりの簡単な気持ちでブログを更新していたんですよ。つい最近、とうとう通算掲載本数が150本を超えたばかりだし。
そうしたら、このブログで怒られちゃいました。直接怒られたわけじゃないけれど。
しかしこのブログの著者、てめえも結局日記みたいに書いているじゃないのかと小一時間(略)
っていうか、いったいどこの誰が、ブログはジャーナリズムを変えてしまう可能性を持った情報であると吹聴してまわっているのか。それはあんたらと同じ「ぢゃーなりすちょ」と呼ばれし胡散臭いライターじゃないのかと。別にブログを「ジャーナリズムを変えてしまう可能性」を持った道具とはこれっぽっちも思っていないし、むしろ個人的価値がインターネット上で氾濫しているから、どれがより有益な情報かを選択する「選択眼」を磨くには良い勉強だと思うけれど。あくまで「個人的価値」だから、公的な価値を生み出すには至らない場所であると思うので、「インターネットに言論の価値はない」という意見には肯定的なのだが、あくまでサブカル的立場とした、いわば、どーでもいい個人的な場所としたならば、これほど有益なものはなかろう。現にこれで発散している俺みたいな立場の人もいるわけで。そんなものまでいちいち価値を見出していたら、はげますぜだんな。
…俺はたかだかあんなブログごときになに必死になってんだよ。笑われちゃうなあ。
まあ、あんな意見は、ネット上で書いている限りにおいては「目くそ鼻くそを笑う」だわなあ。
そうしたら、このブログで怒られちゃいました。直接怒られたわけじゃないけれど。
しかしこのブログの著者、てめえも結局日記みたいに書いているじゃないのかと小一時間(略)
っていうか、いったいどこの誰が、ブログはジャーナリズムを変えてしまう可能性を持った情報であると吹聴してまわっているのか。それはあんたらと同じ「ぢゃーなりすちょ」と呼ばれし胡散臭いライターじゃないのかと。別にブログを「ジャーナリズムを変えてしまう可能性」を持った道具とはこれっぽっちも思っていないし、むしろ個人的価値がインターネット上で氾濫しているから、どれがより有益な情報かを選択する「選択眼」を磨くには良い勉強だと思うけれど。あくまで「個人的価値」だから、公的な価値を生み出すには至らない場所であると思うので、「インターネットに言論の価値はない」という意見には肯定的なのだが、あくまでサブカル的立場とした、いわば、どーでもいい個人的な場所としたならば、これほど有益なものはなかろう。現にこれで発散している俺みたいな立場の人もいるわけで。そんなものまでいちいち価値を見出していたら、はげますぜだんな。
…俺はたかだかあんなブログごときになに必死になってんだよ。笑われちゃうなあ。
まあ、あんな意見は、ネット上で書いている限りにおいては「目くそ鼻くそを笑う」だわなあ。
思ってるんでしょうかね?
自分の意見・文章を。
自己マンの垂れ流しにしか読めなかったなあ。
日記なら面白いから読むけど、あんな文章わざわざ読みたいとも思わないし、
あの文章だって十分に「有意義な使い方」を
妨害してると思うんですが(笑)
僕が使っている『はてなダイアリー』は、サービス名称がもろに日記なので安心(なにが?)