Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <愛国心>通知表評価項目に 埼玉で52小学校、愛知も
小難しいようで、実は簡単なことから始められそうな気がするのだ。
答えは簡単。
ワールドカップでもWBCでもいい。それを見てどう思ったか感想文を書かせればよいのである。
おそらく日本の子供達の大多数は「日本が勝って嬉しい」「日本が負けて悔しい」と書くはずである。
これは子供達のみならず、我々大人でさえもが日常生活に於いて、ごく普通に感じるナショナリズムであって、それを否定する文言は、我々は持っていない。
実はそれが当たり前のことで、ごく普通に湧き出てくるものだから、否定しようがないのである。国同士の対決になれば、誰だって自分の国に勝って欲しいと思うに決まっている。日の丸が揚がれば自然と直立不動になって国旗を見つめるし、スタンドに行ける幸運に恵まれれば、自然と「ニッポン! ニッポン!」と声が出るはずである。日の丸が揚がれば直立不動になるのは、俺自身は幼稚園児の時分から教えられて来たことで、別に疑問に持つことすらないこと。
それとも、「愛国心」=「軍靴の音」と反応する人たちは、今度のワールドカップでも「日本もブラジルも両方頑張れー」とでも応援するのか? WBCの一連の誤審騒ぎでは、「西岡はよく走った。けれどボブ・デービットソンは正しかった」とでも言うか? 韓国が日本戦に勝利した後、神聖なるマウンドに韓国国旗をブチ刺した時も、「日本はよく頑張った。けれど韓国もよく頑張ったから許してやろう」とでも思ったのか?
一日本国民として、ごく普通に湧き出てくる感情を評価するやり方も、それを否定するやり方も、どちらもいわゆる「ゲスの勘ぐり」という奴である。
ごく普通に湧き出てくる「愛国心」。それだけで十分評価に値しよう。
けれど、これを扱う小学校の先生はさぞや大変だろう。
評価一つで「うちの子供には愛国心はないんですか!?」なんて怒鳴り込まれたらたまらんぞ。評価の基準が曖昧なんだから。
せめて国別対抗戦のスポーツイベントの感想文でお茶を濁しておいた方が、現場のためのような気がするのだが…。
「国を大切にする」などの「愛国心」表記を通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が埼玉県で52校に上り、岩手、茨城、愛知県にもあることが毎日新聞の全国調査で分かった。教育基本法改正案を巡る国会審議で、小泉純一郎首相は「愛国心があるかどうか、そんな評価は必要ない」と答弁したが、学校現場は既に評価へ踏み出し、全国に広がる気配だ。【まとめ・井上英介、高山純二、高本耕太】
埼玉県内の52校の所在地は▽鴻巣市▽行田市▽熊谷市▽深谷市▽騎西町▽寄居町。茨城県内は常陸大宮市と牛久市、阿見町、愛知県は北名古屋市、岩手県では大船渡市と釜石市で「愛国心」を盛り込む事例があったが、各県での総数は不明だ。
「愛国心」表記の通知表が見られるようになったのは、学習指導要領が02年度に改定され、小学6年社会科に「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」などの目標が設定されて以降といわれる。
埼玉県行田市では市立小全16校中14校が、現行学習指導要領の施行と同時に、通知表の6年生社会科の観点別評価項目の一つに盛り込んだ。実際の記載は「わが国の歴史と政治、および国際社会での日本の役割に関心を持って意欲的に調べ、自国を愛し、世界の平和を願う自覚を持とうとする」。担任が3段階で絶対評価する。
現行指導要領は、小6社会科の学習目標のひとつに「国を愛する心情を育てるようにする」とうたっている。通知表は校長の権限で作られ、学校ごとに異なるが、14校は事前に定めたひな型に沿って同一の表現にした。ある校長は「愛国心というより学習の意欲や態度を評価する項目だ。指導要領にも沿っており、問題はない」と説明する。
だが、52校の中には削除を検討している学校もあり、校長たちの足並みはそろっていない。
寄居町のある小学校の通知表の記載は「我が国の歴史に関心を持ち、それを意欲的に調べることを通して、歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を持とうとする」。
これについて、昨年7月赴任した現校長は「前校長が作ったので経緯は分からないが、どういうことを『国を愛する心情』というのか判断が難しい。あいまいな部分は分かりやすく変える」と語り、現在作成中の06年度の通知表で「愛国心」を削除する考えだ。
通知表の「愛国心」評価を巡っては、福岡市では02年度に市立小の約半数にあたる69校で実施したが、市民団体が反発し、03年度から削除された。
国会では24日に福岡市の事例が取り上げられ、小泉首相は評価の必要性を強く否定。小坂憲次文部科学相も、野党側の「内心の自由を侵害する」との追及に「子どもの内心に立ち入って(愛国心があるかどうか)評価するものではない」と慎重な答弁を繰り返した。
全国調査では、福岡市のほか、福井県内でも「愛国心」評価が一時期実施されていたことが分かった。他の都道府県は「把握していない」「調査していない」などと回答した。
▽大田尭・東京大名誉教授(教育学) 一番の問題は、学習指導要領が「国を愛する心情を育てる」ことを目標に挙げている点だ。愛国の情は個々人で違っていてもよく、評価するのは不自然。心情を画一評価することは内心の自由を侵すことになり、内面の画一化につながる恐れもある。教育基本法が改正されると、愛国への心情評価が合理化されるのではないか。
小難しいようで、実は簡単なことから始められそうな気がするのだ。
答えは簡単。
ワールドカップでもWBCでもいい。それを見てどう思ったか感想文を書かせればよいのである。
おそらく日本の子供達の大多数は「日本が勝って嬉しい」「日本が負けて悔しい」と書くはずである。
これは子供達のみならず、我々大人でさえもが日常生活に於いて、ごく普通に感じるナショナリズムであって、それを否定する文言は、我々は持っていない。
実はそれが当たり前のことで、ごく普通に湧き出てくるものだから、否定しようがないのである。国同士の対決になれば、誰だって自分の国に勝って欲しいと思うに決まっている。日の丸が揚がれば自然と直立不動になって国旗を見つめるし、スタンドに行ける幸運に恵まれれば、自然と「ニッポン! ニッポン!」と声が出るはずである。日の丸が揚がれば直立不動になるのは、俺自身は幼稚園児の時分から教えられて来たことで、別に疑問に持つことすらないこと。
それとも、「愛国心」=「軍靴の音」と反応する人たちは、今度のワールドカップでも「日本もブラジルも両方頑張れー」とでも応援するのか? WBCの一連の誤審騒ぎでは、「西岡はよく走った。けれどボブ・デービットソンは正しかった」とでも言うか? 韓国が日本戦に勝利した後、神聖なるマウンドに韓国国旗をブチ刺した時も、「日本はよく頑張った。けれど韓国もよく頑張ったから許してやろう」とでも思ったのか?
一日本国民として、ごく普通に湧き出てくる感情を評価するやり方も、それを否定するやり方も、どちらもいわゆる「ゲスの勘ぐり」という奴である。
ごく普通に湧き出てくる「愛国心」。それだけで十分評価に値しよう。
けれど、これを扱う小学校の先生はさぞや大変だろう。
評価一つで「うちの子供には愛国心はないんですか!?」なんて怒鳴り込まれたらたまらんぞ。評価の基準が曖昧なんだから。
せめて国別対抗戦のスポーツイベントの感想文でお茶を濁しておいた方が、現場のためのような気がするのだが…。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます