哲学日記

擦れば火が出るマッチ、一生擦らずに置いとく人達

(澤木興道 禅の道 1「普勧坐禅の吹唱」より引用させていただきます)

心して引けばこそ鳴れ霧深き

秋の山田にかけし鳴子も

 

引っぱらなければ鳴らぬではないか。

一切衆生皆この法性(ほっしょう)真如(しんにょ)の光は誰でも持っているが、引っぱらないから一向ものをなさぬ。

 ここにマッチがあるが、これは擦れば火が出るが、擦ることを知らないで置いたならば何にもならぬ。 ……去年一度マッチを擦ったからとて、それは何でも擦れば火が燃えるという原理が分かっただけで、明かりづくめにしたいならば擦りづめにしなければならぬ。

(引用終。強調は私です)

 

 

 宝を持ってても、知らなきゃ一生使わずじまいで死ぬ。

 真暗闇の中で七転八倒してのたうち回るうちに、たまたま明かりが点いて、周りの様子を一瞬見た人が、もう一度はっきり見たいと望むなら、やっぱり最初と同じ手間をかけて明かりを点ける以外に方法はない。

それは意識してやる分だけ、最初の無我夢中の七転八倒より難しい面も出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (My Favorite Songs)  

 

夢で逢えたら 大瀧詠一

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