寂しがり屋のハーモニカ吹き。(障害者の日常生活)

「バカな中高年と趣味の話」「本当のブルース」「可愛い妹」の話です。過去記事からです。。。。

私が好きで応援して居る。声優でモデルの青木志貴ちゃん。彼女はこの他に、自分のアパレル・ブランドのデザイナー兼オーナーで、舞台俳優、そして歌手であり、またゲーマー、コラムニスト、それからYouTuberでもあります。皆さんも応援頼みますね、、♪( ´▽`)

 

 

今更年始のお買い物紹介。2年越しの愛。

 

 

あまりにもblog記事の文を改竄されるので、警察に通報しました。皆さんも読んで居てこの文おかしいとか、漢字が違って居ると思ったら掲示板の方に書き込んで下さいね。よろしくお願い致します、警察はこのblogを見て居ますから。やって居るのは女性だと思います。それではよろしく・・・・・・。

 

 

 

ーバカな中高年と趣味の話ー

今から16年ぐらい前、私は1年間病院に入院した。その時に、困ったバカな老人と中年を見た。まずは63歳のドラムを叩いて居る男だ。その人は自宅が3階建てで、地下にドラムを置いて、バンド演奏をして居るとの事だった。バンド演奏は別に問題は無いだろう。問題はその人は自分の歳の自覚が無かった事だ。私に、仕切りにギター、エレキギターを買いたいと言う。そしてコードを抑える真似をして言うのだ。「C、G、Em、 Fだろ。俺はギターの才能があると思うんだ」私はうんざりした。なぜ63歳にもなってエレキギターなのだ。大体がエレキギターを弾く奴は星の数程居る。自分はドラムを若い時から叩いて来たのだろう?何故それで満足しない。人の楽しみをとやかく言う筋合いではないが。あんたはもう歳なのだ、昔見たいに若くはないのだ。そう言いそうになりながら、私は自分を自慢するその男の言う事を聞いて居た。

「バンドやって居るって言って居たけど、どこのライブハウスに出て居るの?」そう聞いた。すると、「ライブハウスには出たいね〜〜。今はバンドを構築中。」「バンド構築中って、、、メンバーは?」「まだボーカルとベースだけ」「ボーカルとベースだけって・・・」「だからさ、俺がギターやろうと思ってさ、」「だってドラムは?」「他に若いのに叩かせようと思ってさ」私は言った。「今からギター始めてバンドでやれるまで、どのくらい時間が掛かると思ってるの?」そしたら言うのだ。「だからさ、此処であんたと知り合ったのが何かの縁だろうから、俺にギターを教えてくれないか?」「教えてくれって、俺はもう弾いて居ませんよ?」「エリック・クラプトン見たく弾ける様に成りたいんだ、是非頼む!」私は呆れた。この親父は自分はまだ若いつもりなのだろう。63歳からエレキギター始めてどうなるのだ?何時までガキの侭なのだ?よしんばどうにか弾けても、20代、30代の才能溢れるギタリストたちとどう、向き合おうと言うのだ?

私は聞いて見た。「バンド作ってどうするんですか?」すると胸を張って言った。「勿論!プロになるのさ!!」私は苦笑いをしてその場をやり過ごしたが・・・。吹き出しそうになった。こう言う、愚かなもう歳を取って居る中年がたまに居るのだ。私も63歳だ。私もブルースハープを吹いて居る。人の事は言えない。しかし私は、今更バンドで吹こうとは思わないし。プロに憧れて居る訳でも無い。あくまで自分の趣味で吹いて居るだけだ。それにライブハウスには若い頃に出て居たし、バンドではプロ共演奏出来た。もはや悔いは無い。私はもう歳だ、生きても後10数年。それまで、趣味としてブルースハープを吹きたいだけだ。他に望みは無い。しかし歳を取って居るのに、自分は若い者には負けないと言う老人も居るのだ。その老人は別の病院に居た。その人は私に何時も纏わり付いた。「おめえ、カッコイイなぁ〜凄いなぁ〜」と言っては寄って来る。私は初め、こいつは男色か?と警戒したが、純粋に髪の毛が長い若いミュージシャン見たいな男を好きなだけだった。

私は当時40歳ぐらいだった。その人は若い頃はコンピューター関係の仕事をして居たと言い。若い頃は、ハワイアンのバンドでスティール・ギターを弾いて居たと言う。そして入院中に私にHDDプレイヤーで「ビートルズ」やら「ドアーズ」の音源を「聴け」と言って聴かせた。私は「何だかな〜〜。」と思いながら話を聞いて居た。するとその人は、ある日、自宅に病院から電話を掛けて、こう言った。「おい、俺だ、今度の外泊で家に帰ってから楽器屋に行くぞ!!」家族の者が出て「なんで?」と聞いたら。「バカ。俺はな、ロック・ギタリストになるんだぞ」と言って家族から呆れられて居た。そしてその老人も私に聞いて来た。「あめえ、ギター弾きだろ?」「まあ、若い頃は弾いて居たけど、、何で?」と聞いたら「俺にエレキギターの弾き方を教えてくれ!エリック・クラプトン見たいに弾ける様にな!!」。私は何とも言えない感情に成って仕舞った。歳は幾つだ72歳だろ。程度問題にも程があった。

ただ言える事がある。楽器は若いうちに身に付けないと行けない物だと。歳を取ってからやろうとしても、絶対に上手くは行かないものだと思う。30歳までに一様の事が出来る様になって居ないと行けないだろう。。私は歳を取った人が趣味として楽器をやるのはいい事だとは思う。しかし限度があるのだ。あくまで趣味であって。例えばロックやらジャズの演奏と言うものは、すぐに身に付くと言うものでは無い。若い頃から、ロック、ブルース、、ジャズなどを聴いて来なかった人が行成、アドリブ演奏を仕様としても、なかなか上手くは行かないものだ。最近では教則本もあるし、教則DVD、ビデオなどもあるにはあるが、多分楽器の素養が無い人がやって見ても、良くは解らないだろう。私は前から、言って居るが、、若いうちに何に興味を持ったかでその後の人生は決まると思って居る。それだけ若い頃の事は歳を取ってからの生活に影響を与えるのです。

趣味とは何でもいい。釣りでも。ゲームでも。読書でも、楽器演奏でも、若い頃にやって於く事だ。大体が記憶力も体力も若い頃の方がいいのだ。こう言うと、「歳を取ってから、楽器演奏は出来ないのか?」と言われるだろうけど。それは楽器に依る。特にブルース・ハープは一見簡単そうだが。奥が深い。そこそこ出来る様になるまで3,4年は掛かる。楽器演奏に完成という事は無い。日々練習が付き纏う。若いうちからやって居れば、練習期間は確保出来るのです。歳を取ってから、定年退職をしたから、何か楽器演奏をと言っても、たかが知れて居る。大正琴とかフォーク・ギターなら出来るだろうとは思う。私はサックスを吹きたく思っては居た。しかし音が出かすぎる。とてもでは無いがアパートでは音が出せない。それでなくとも私はブルース・ハープをアンプに繋げて吹く事もある。まあ、音量は2Wぐらいまでだが、、、幸いにも自分が住んで居るアパートの住人たちは音楽に付いて寛容な様だ。私のハーモニカの音が漏れても、うるさいとは言わない。

だから、此処は住み良いのです。その代わり、音はボロ・アパートだから隣の音も下の階の部屋の音も聞こえて来る。だが私も文句は言わない。お互い様だ。だから住居者たちと上手く行って居る。確かに子供の声が朝方の4時半から聞こえて来る事がある。正直眠くて、「うるさいなぁ〜」と思う時もある。しかしそんな時には、自分のハーモニカの音やらステレオの音が住居人に聞こえて居る事を思う。だから文句は言わないのです。もっとも、良い演奏が出来るならば。周りはその演奏のメロディーが聞こえて来ても文句は言わないものです。私の演奏は下手だが、、文句を言うのは歳取った音楽を日頃聴いて居ない。歳寄りだろう。私の隣の部屋におばあさんが住んで居るが、前に私が「音を出してすまない」と言うと「どうって事は無いですよ。私は音楽好きだから」と言ってくれては居る。しかし、何処もが近所の人が、良く思ってくれるとは言えないでしょう。だから、楽器演奏は歳を取ってからはお勧め出来ない。

何の趣味でも良いのです。散歩も毎日すれば立派な趣味だ。喫茶店巡りも、散歩の時に出来る。特にジャズ喫茶や名曲喫茶などは良い音楽が聴けてコーヒー1杯で3時間ぐらいは居られる。音楽喫茶の食事は個性的なメニューが多い。それから普通の純喫茶とかもいい物ですよ。今は個人でやって居る喫茶店はあまり無いし、各自個性がありますよ。特にモーニング・メニューはどこも個性的なサービス・メニューがあります。散歩に出かけて、モーニング・メニューを食べに喫茶店に行くと言う乙な趣味はどうですか?また、喫茶店で読書と言うのもいいですよ。また、散歩で図書館まで行って読書をしてから、ジャズ喫茶でモダンジャズを聴くなんてのも乙な物です。パソコンでジャズ喫茶の住所を調べて、電車に乗り、目を付けたジャズ喫茶に行き。モダンジャズを聴きながら読書や、コーヒーとランチをするなんて言うのは悪く無いですよ。私は散歩に出て古本屋巡りが趣味でしたが、近所にあった古本屋が無くなって仕舞ったのと、引っ越した為に新しい住居の近くに古本屋はないのでガッカリして居ます。だけども、アパートから駅までは5分だし。駅前には喫茶店と啓文堂書店があります。私の処に来る訪問看護師やらヘルパーが近所に色々と見るべき所があると言って居るので、そのうち探索して見ようかと思って居ます。最後に私が使う駅の沿線上にあるジャズ喫茶を挙げて置きます。お近くの方やら、興味がある方は行って見て下さいね。。。

 

ハートに火をつけて・・・ザ・ドアーズ

 Helter Skelter (2018 Mix)

STEPPIN' OUT (1966) by John Mayall's Bluesbreakers

HIDEAWAY (1966) by John Mayall's Bluesbreakers- featuring Eric Clapton

The Super-Natural

 
 

「Jazzと喫茶 囃子 はやし 」ジャンルに拘らず、様々な音楽が流れています。

当店自慢の「囃子(はやし)ライス」と珈琲でくつろぎにいらしてください。

     

15:00〜23:30(L.O.) 定休日 火・水

東京都世田谷区北沢2-9-22 EIKOビル3F

Tel: (03) 5738-7107

 

 
 
 
 
 
 

Jazzと喫茶 囃子 はやし 

15:00〜23:30(L.O.) 定休日 火・水

〒155-0031

東京都世田谷区北沢2-9-22 EIKOビル3F

Tel: (03) 5738-7107

Mail:jazz.kissa.hayasi@gmail.com

 

 
 
 
店内にはジャズ関連の書籍を中心に、古書を約2000冊ほど置いております。
気になる本、お気に入りの本の販売を行っております。

また、同様にレコードの販売を行っております。
 

 

 

住所
日本, 〒169-0075 東京都新宿区高田馬場1丁目23−9
TEL
03-3200-4513

せわしない高田馬場近辺で、ゆったりしたくなったら此方へ。珈琲専門店 + 古本 + ジャズ喫茶と、古本屋の顔も持つ為、気に入った本は購入もできる。ジャズ本以外にも雑誌やマンガも置いてあり、それらを眺めながら、静かに流れる音を楽しむ喫茶店。少し大人なジャズ喫茶を感じたくなったら、是非行って見よう。

 
 
ジャズ喫茶「 マイルス」
私が若い頃、通って居た。京王線の明大前にある老舗のジャズ喫茶です。最近、店が開いて居なくてどうしたのかと思って居たら、ママさんが亡くなったらしい。残念です。店は存続するとは思いますが.......。
 
 
 
 
 
〒156-0043 東京都世田谷区松原1丁目37−14
   営業開始: 18:00〜

 ☎︎ 03-3321-9431

 

 

TOKYO VINYL #001 (東京 × Creative Director) / 小松正人 (Komatsu Masato)

TOKYO VINYL #4 Harajuku × Vinyl People

レコード屋入門編inディスクユニオン!

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眠たいkiyasume、、目覚めた直後・・・・・・。最近の写真です。。。。。。(๑>◡<๑)

 

 

 

エッセイ。

「本当のブルース」

 

私のバンド活動は1980年代も始めになって居た。その日私は自宅にいた。そして自宅で寝て居た。私は暫くして映画が観たくなった。それで隣町にレンタルビデオを借りに行く事にした。すると見慣れないレンタル屋が一軒出来て居た。私はその店に入って行った。すると店内にはおばあさんが一人で店番をして居た。そして、私を椅子に座らせるとそのお婆さんは、コーヒーを入れてくれた。私は恐縮しながらコーヒーを飲んでお婆さんに言った。「新しく出来たお店ですね。」するとそのお婆さんは言った。「ええ、最近出来たんですよ。この店は私が作った店なので。他の店より余り品揃いが良くは無いけど。」私はコーヒを飲みながらビデオが置いてある棚をつらつら観て居た。するとその年に公開されたばかりの「ダーティハリー4」が置いてあった。私はまだビデオ化は早いんじゃ無いかなと思ってよくパッケージを見て見ると、なんと海賊版だった。私は「海賊版か...。」とは思ったが、「ダーティハリー4」は見たかったから手に取ると、また棚を見始めた。よく見て見ると。どうやら劇場公開したばかりの作品が並んで居る。皆、海賊版だ。

もちろん違法だ。だが、この頃はまだ規制は無かった。だから海賊版が結構レンタル屋には正規版と共に並んで居たものだった。だが此処の様に全部海賊版の店と言うのはめずらしかった。私は見て居るうちに、或るアダルト・ビデオが目に付いた。それは何とあの官能劇画で有名なダーティ松本が監修をしたアダルト・ビデオだった。私は内心興味があった。しかし主人はお婆さんと言えども女性だ。私は、何かこんなビデオまであるのかと思い棚に戻した。そしてまた見て行くと。今度は安彦良和監督作の「ビーナス戦記」と「アリオン」が置いてあった。この作品も海賊版だった。私はおばあさんに言った。「此処は新作のビデオが多いですね。」するとお婆さんは「息子が商品を持って来てくれるんですよ。」と言って微笑んだ。私はこのビデオとさっきの「ダーティハリー4」を借りた。料金は安く、当時、レンタルビデオは1泊2日で1本5百円はして居た頃だったが。そこは三百円だった。私は構わず借りて来た。

帰って来てビデオを再生して見ると少し画像が荒かったが、鑑賞する分には差し障りは無かった。私は喜んで見て居た。「ビーナス戦記」はアニメだが、オリジナル作品で少しエッチだった。そして2本目の「ダーティハリー4」を見てみた。画像は矢張り少し洗いがこれも干渉するのに何ら支障はない。私は「ゴー・ア・ヘッド・メイク・マイ・ディ。(撃て、望む処だ!!)」と言う台詞でハリーがマグナム弾を連射して撃てる自動小銃の、オートマグで悪党を射殺するシーンを見て喜んで居たらピンポーンとチャイムが鳴った。出て見ると若い男で、「ギターマガジン」のメンバー募集の広告を見て、やって来たと言う。私は少し困ってしまったが、その人は熱心に聞いて来る。歌いたいらしい。しかし私はその男を見て一緒には悪いがやれないと思った。しかしそう、あからさまに断る訳には行かずに、相手がどんな生活をして居るか確かめてから断ろうと思ったので、その男の家に行く事にした。その男もそれを望んだ。

私は電車に乗り込んで座ると言った。「あんた、大学生?」と。「何故?」と言うから、「いや歳が若いと思って」と言った。すると相手も聞いて来た。「あんたは大学生か?」だから言った「いや大学はもう卒業したよ」と言ったら「どこの大学?」と言うので「拓大だよ」と言ったら。声を荒げて言った「拓大なんて卒業してもドカタにも慣れやしねえよ!!」私は怒らず冷静に聞いた「仕事何して居るの?」すると「俺は高校中退で今はテレビのドラマや歌謡番組の裏方をして居る。言っちゃあ何だが、あんたより給料はいいぜ」と言う。だから成程と思って聞いて居た。私は「うちはブルースバンドだよ」と言ったが。その男はその問いには答えずに「太田裕美や榊原郁恵は一見お嬢様っぽいけど、とんだあばずれだ」と言った。その男が住んで居るのは新大久保だった。昔から、コリアンタウンとして有名で、世界中の果物やら野菜などが手に入る八百屋や、一日中格安で商品を取り揃えて居るスーパなどがある。町にはベトナム人やらタイ人。そして韓国人が多い。その駅前から少し離れた路地の処にその男のアパートがあった。

その男は八百屋で、ジャガイモとモヤシを買うと私を連れて部屋に連れて行った。部屋は7畳と6畳のお勝手の2部屋で少し大きかったが、風呂は無くシャワーだけがあった。トイレは共同トイレだった。私は部屋に上がって部屋の様子を見て居た。安い型崩れのステレオが置いてあった。後14型のテレビが置いてあった。その男はちょうど夕食どきと言う事もあって、鍋にインスタント・ラーメンを2玉入れるとモヤシとスープを入れて煮出した。そして煮詰まって麺がほぐれる頃を見計らって、卵を二つ入れてまた煮込んだ。出来上がると丼に半分写し、私に割り箸と共に渡した。自分は鍋に入れたままで食べ始めた。私がゆっくり食べて居ると、ジャガイモを奥が深い鍋に入れてとろ火で煮始めた。そして、棚の上に置いてあったトランペットをラソシド、ラソシドと拭いて得意げに言った「マイルス何か簡単だぜ!!」そして古びたギターを持ち出すと弾いて歌い出した。自作の歌だと言う。私は歌声を聞いて、矢張りなと思った。下手なのだ。音程も外れて居る。本人は歌い終わると「どう、良い感じだろう?うまいだろう!?」と言うのだ。

だから私はギターを貸してくれと言ってブルースのフレーズを弾いて見た。しかし何か音が変なのだ。待てよと思ってギターの裏を見たら、大きな穴が開いて居る。そうしたらその男が言った。「ギターはそこそこ弾けるじゃねえか」私はギターを置いて言った。「悪いけどギターの方は今は弾いて居ないよ、ブルースハープを吹いて居るから」と言った。そうすると「ハープ?」と聞く。そして間を置いてから言った。「ハープでブルース何かやるのか?」私は勘違いして居るなと思い言った。「いや、あのハープじゃなくてハーモニカの事だよ」「ハーモニカ?」だから私は腰から下げて居たマリンバンドを見せて吹いて見た。その男は黙って居た。すると本棚から一冊の本を取り出すとそれを私に寄越した。そして言った。「あんたにやるよ」私はその本を見て言った。「この本は図書館のマークがあるじゃない」すると言った。「それは前に借りて居た本で前の場所からは引っ越したので返して居ないがもう3年にもなるんだ」私は「いや、要らないから持って居なよ。返す様になるかも知れないよ」そう言うと。ステレオにレコードをセットして言う。「このレコードはオーティシュ・ラッシュだぞ!」私はガッカリした、そのレコードはブルースでもなくディスコ・ミュージックのレコードだった。

私は言った。「オーティス・ラッシュのコブラ・セッション盤を持って居るよ」そして続けて聞いた。「あんたのそのしゃくれ返った顎の事だけど、どうしたんですか?」すると言い始めた。「まだフリーになる前にテレビ局の裏方同士で喧嘩になって相手をぶん殴ったら、そいつに丁度、改築中で置いてあった、角材で顔をぶん殴られた、血反吐を吐いて40度の熱が出て。ひと月寝て居たがもう治った」私は言った「医者には行かなかったんですか?」そいつは言った「治ったからいいんだ」私は言った「でも顎が・・・。」続けて私が言った「1ヶ月の寝たきりって食事とかどうして居たのですか?」その男は「メイク係の女の子がホッカホカ亭の弁当を差し入れてくれた」と言った。私は「どうしようもないなぁ」と思って口を噤んだ。するとその男は押し入れを開けて私に、敷布団と毛布をよこして、自分は冬用の掛け布団にくるまって寝始めた。私は慌てて言った「咥えタバコだよ。火が布団に燃え移るよ。」すると「何、火が燃え移ったら水を掛ければいいんだ」と言う。だから私は言った、鍋もあれから4時間ぐらい煮て居るけどいいのですか?」すると一言こう言った。「俺はこれでもフランス料理を勉強して居るんだ、大丈夫だ」

そしてタバコの灰は畳に落ちて消えて仕舞った。私は冷えるなと思い毛布を頭から被り、そして呟いた、「俺は最近、何か嫌なものしか見て居ないな・・・。」そして眠りに着いた。朝になって、私は今、何時だと思って目を覚ました。朝の7時だった、あの男はすでに起きて居て。料理を作って居た。なるほど豪勢な料理だった。それをバックに詰めると言った。「顔を洗えよ。」私は歯ブラシが2つあったのを見て、「あれ」と思った。するとその男が言った。「ちょっとこの料理持って来てくれないか」私は何なんだと思ったが、「どこに行くんだ」と聞いた。そうしたら「彼女の家だよ」と言った、そして私を連れて近所のアパートに行くと扉を叩いた。すると、頭にカールを巻いた女の人が出て来た。歳は少し行って居たが、若く思えた。彼は「これ、差し入れです」と言って私の手から鞄を受け取るとその女の人に渡して言った。

「綾子の様子はどうですか?」その女の人は気怠そうに言った。「相変わらずよ。でももういいみたいだよ」私は意味が解らず黙って居た。帰りに聞いた。「あの人が彼女ではないでしょ。誰ですか」すると言った「綾子のお姉さん」そして続けて言った「綾子は産婦人科で体調が悪くて入院して居る」私は「産婦人科?」と聞き返した。するとその男は「あんたも男だから解るだろ。」と言った。私は「ああ.....。」と思った。子供が出来て下ろしたのだ。それから体調が悪いのだ。男は言った「あんた朝飯はどこで食べる?」そしてラーメン屋の前で「俺は此処で食べるから」と言って、最後に言った。「これでお別れだ」そして言った、「あんたお坊ちゃん育ちだな、俺はあんたより年下だと思うけども、まあ、色々あらあな」私はその男の年齢を聞いて見た。まだ20歳だった。私よりも3歳、歳下だった。しかし、確かに私より物事を知って居そうだった。そして、最後の最後に言った。「あんたバンド頑張りな。安心していいよ。俺はバンドには入らないから」そして言った。「昨夜は楽しかったよ。じゃあな」私は電車に乗ったそして考え込んだ「ブルースとはああ言う人たちの歌だよ・・・」そう呟くと家路に着いたのだった。。。(終)

 

Dirty Harry: Sudden Impact - Final Fight Scene (1080p)

映画『ヴイナス戦記』冒頭10分映像【Blu-ray <特装限定版> 7月26日(金)発売!】

1986年公開「アリオン」劇場予告編

 

 

ー「可愛い妹」ー 

有る日の夕方、食事を待って居ると電話が鳴った、出たら中学時代からの友達で、切羽詰まった声で言う。「今からうちに来てくれないか」私は何だと思い聞いて居たら。母親の凄い怒声とバキ!と言う何かを打って居る音が聞こえて来た。私は「何だよ、今から食事だよ!!」と言ったが、どうしても来てくれと言う。私は、仕方が無くその友人の家に出向いた 。チャイムを鳴らすと母親が出て来た。私は「直人君に呼ばれたのですが。」と言った。すると少し考え込んでから私を家に上げて友達の部屋に通した。私は誰も居ない部屋を見て言った。「直人君は、居ないのですか?」すると「直人は今風呂に入って居ます。だから此処の部屋で待って居て下さいね。」そう言うと引き戸を絞めて居なくなった。直人の家は平家の一軒家だった。そこに母親と妹そして彼の3人で暮らして居た。母子家庭なのだ。私は直人の部屋の本棚にあった、「ミュージック・ライフ」と「ビックコミック・スペリオール」を見て時間を潰して居た。

しかしどうも、お母さんの怒る声と何かを引っ叩く音が聞こえてくる。私はしばらく聞いて居たが、なんか様子がおかしい。私は声がする反対側の引き戸を開けた。そして音がするお勝手の方に行って見た。するとお母さんが直人の妹をぶん殴って居る。妹の顔は紫色になって来て居る。私は慌てて、お母さんの腕を掴んで言った。「辞めて下さい」するとお母さんは「どうしようもないね!!」と言ってお勝手から出て奥の部屋に行って仕舞った。私はびっくりして居たが。妹は放心状態だった。するとそこに兄で有る直人がバス・ローブを纏って現れた。そうしたら、叩かれて居た妹が、タンスから下着とパジャマを出してやって居た。私は「何なんだ、一体どうしたんだ」と妹に聞いた。すると妹は俯いて言った。「私が悪いんです」だから私は直人の方を見て見たら。彼は涙を浮かべて居る。そうしたら、妹が何か気がついたように言った「お兄ちゃん、〇〇君を呼んだのは・・・」と言って私を見た。私は何が何だか分からずに突っ立って居た。

私は直人の妹には気があった。直人はハンサムな男だ。妹も兄に似て、美しく可愛かった。私を見る妹の顔を見て、何と言ったらいいか分からなかったが。口からは正反対の言葉が飛び出した「お前なぁ、俺は夕食、食って居ないんだぞ!!」と怒って言った。すると妹がサッと居なくなった。私は悪かったかなと思って黙った。それから30分もすると妹が生麺にほうれん草とシナチク、半熟のゆで卵に焼き豚を入れたラーメンを持って来た。そして私に「食べて下さい」と言った。私が遠慮して居ると直人が言った。「妹が作ったんだよ。美味いぞ食べろよ。」すると妹は「食べて下さいね」と言って自分の部屋に入って行った。妹は高校2年生だ、私は可愛い子には弱い。「妹さん顔にアザが出来るんじゃないか?」そう言うと彼は、要約口を開いて言い出した。母親は教育に煩くて。俗に言う教育ママだと言う。そして彼女はテストの点が60点だったと言う。赤点では無いがまずい点だ。

私は言った「それで怒ったのか。しかしやり過ぎだな。」すると直人が言った。「最近の母は様子がおかしんだよ。いつも苛立って居る。」そして私が「成る程、それで俺が来れば辞めると思ったのか。」と言ったら頷いて居る。私は話を変えたく思い。前から考えて居たことを言った。それは高校最後の学園祭にバンドを組んで出るのだがベースが上手い直人に是非来て貰いたかったのだ。だから単刀直入に言った。「お前さぁ、今度の学園祭に来てバンドでベース弾いてくれないか?」そう言ったら彼は快く引き受けてくれた。私は安堵した。そして言った。「良かったよ」直人はするとグヤトーンのギターアンプにエレキ・ギターをケースから出して繋ぐと私に寄越して、自分も、もう一つのジャックにべースギターを繋いで、ブルースを演奏しようと言い出した。私は今、食事したから。ジョージ・ベントンの「スパイダー・イン・マイ・シチュー」をジャムろうと言って演奏し出した。暫く演奏して居たが「あれ」と気が付くと、何時の間にか、妹とお母さんが引き戸を開けて聞いて居て。お母さんが「上手いわねぇ」と言った。私は二人を見たが妹の方も笑顔で見て居る。私はなんかこそ早くなって。「もう時間が遅いよ。此処は防音だから、つい長居をして仕舞った」

と言って。「じゃあ学園祭は明後日だから、お前の学校の方は大丈夫か?時間は多分遅いだろう。出番は午後3時以降だからさ 」と言って時間ももう遅いと帰ろうとして玄関先で靴を履いて居たら。妹がやって来て、「〇〇君、お兄ちゃんとやるの?」と聞いて来たので「うん、学園祭でね」と言ったら微笑んで居た。私は可愛い子の頬笑みに弱い。特に直人の妹は美人で可愛いのだ。私は照れて仕舞った。ちなみに今でも優しい言葉を掛けてくれる女性は好きだ。此間もCS放送のニュース・バードを見て居て、余りにアナウンサーが可愛いので一目惚れして仕舞った。幾つになっても可愛い子には目が無い。そして学園祭当日、直人はフェンダーのベースを持ってやって来た。演奏の順番と時間は、まだ、分かっては居なかったが。時間は学園祭の実行委員会の連中が、なんか「ハイファイ・セット」が来るとかで纏めるのに時間が掛かった様だが、要約自分らは最後の方で持ち時間は20分と決まった。我々は、軽く音合わせをして本番に臨んだ。

決まれば後は曲順だ。私たちはツイン・ギターでもう一人のギタリストがデュアン・オールマンのスライド・ギターの曲「ステッポロ・ブルース」をやり。私は「ストーミー・マンディ」をやろうと決めた。ベースは上手い直人だ。任せられる、しかしギターの本間が悩んで居た、私が「どうしたんだよ」と聞くと。彼はオープン・チューニングで行こうかどうか決めかねて居たのだ、ギターを弾く人間は解って居ると思いますがオープン・チューニングはブルースギターではよくやるチューニングだ。特にスライドでは、要するに開放弦を簡単に抑える事で和音が出来たりコードのアドリブが出来るので。ブルースギターではよく使うチューニングなのだ。

良く使われるオープンチューニングにはD、E、G、Aの主に4つがあります。一見チューニングの種類ごとに奏法を覚えるのは大変そうに思いますが、実際には「E」は「D」の各弦を1音づつ上げたもので奏法は全く同じです。「A」と「G」も同様なので「DとG(あるいはEとA)」の2つのチューニング上での奏法を覚えれば良いのです。

 

 

しかもこの2つも奏法的に共通点が多いので、実際にはそれほど多くのことを覚える必要はないのです。 今回はカントリー・ブルースで良く使う「オープンG」の奏法を中心に説明します。

(レギュラーチューニングからオープンGへ)

もちろん、チューナーを使ってもいいのですが、簡単なので覚えて置きましょう。

オープンGでは1、5、6弦をレギュラーチューニングから一音下げます。
2弦(B)、3弦(G)、4弦(D)はレギュラーの侭ですね。

  1. 先ず1、5、6弦を適当に緩めて置きましょう。(チューニングは低い音から巻きながら合わせるのが基本!)
  2. 1弦と6弦を4弦(D)に合わせます。
  3. 次に5弦を3弦(G)に合わせます。

オクターブ違いのチューニングが聞き取りにくければ、低い方の弦を12フレットのハーモニクスで鳴らす。

このチューニングをすると3連のコードやアドリブなどが簡単に弾けるのです。だから私は「迷わずにオープン・チューニングで行けよ」と言った。そして時間が来て自分らの出番になった。私が簡単に曲の紹介を言って、まずギターの本間が「ステップロ・ブルース」を演奏した。完璧だった、日の打ち処が無い。完璧にコピーをして居た、オールマン・ブラザーズ・バンドの「フィルモア・イーストのライブ」を完璧にコピーして居る。ボトルネックが空を駆け巡った。演奏が終わると。拍手が起こった。上手かった。次は私の番だ曲は「ストーミー・マンディ」Tーボン・ウオーカーの名曲だ、私はこの曲はいつもはロバート・Jr.・ロックウッドのバージョンで演奏して居るが。この日は白人のギタリストのマイケル・ブルームフィールドの感覚で弾いた。私は弾きながら直人の妹の「ミキちゃん」とお母さんが来て居ないか会場を見た。しかし二人を見つける事は出来なかった。二人は来て居ないのかと内心少し気落ちしたが頑張って弾いた、反応は良かった。拍手が起こった。コンサートが終わり。出場したバンド皆んなで記念写真をしようとしたら。

直人が中年のおばさんと話して居る。そうしたら私に「大変な事になった、すぐに帰る」と、タクシーを拾い帰って仕舞った。私はギターの本間とドラムの岡崎と写真を撮り。腹が減ったので学園祭の屋台のたこ焼きと、焼きそばを食べ。それにコーヒーを飲んで。二人して高校最後の学園祭を楽しんだ。その日の夜になって。直人から電話が掛かって来た、お母さんが急死したのだと言う。原因は脳溢血だった。私はそれで、あのお母さんは娘に暴力を奮ったのかと解った様な気がした。直人は気丈に泣きはしなかった。考えてみれば彼は早稲田の文学部に受かって居て。これから妹の面倒を見ながら、どうやって生活をして行くか。今考えれば頭が一杯だったのだろう。本当に悲しい目に会うと人間は泣けないものだ。彼は奨学金と持ち金にアルバイトをしてこの危機を乗り越えた。

妹は大学処では無い。高校卒業と共に働いた。二人とも頑張った。人にはこんな事がと思う事が起きるものだ。直人はその後、新聞記者になった。以前、直人の妹から電話が掛かって来て「私に頼みがある」と言われて会った事がある。彼女の頼みはあの学園祭の演奏を聞きたいと言う事だった。私は喫茶店で彼女と会って録音したカセットテープを渡した。そうしたらミキちゃんは涙を浮かべて言った。「お母さんを安心させられなかった事が悔やまれます」と。私が「何故テープを今頃聴きたくなったの」と聞くと。彼女は微笑んで言った。「あの日、お母さんと明後日、学園祭に行くのを楽しみにして居た。」と言う。「学園祭には行けなかったけど。お母さんは自分と見に行くのを楽しみにして居た」と言う。だから私は「そのテープは君に挙げるよ」と言った。そう言うと「ありがとう」と言って嬉しそうに、カセットテープを持って、今、働いて居る、会社の寮へと帰って行った。私は帰りは何故か歩いて帰った。そして、煙草屋でタバコを買い。百円ライターでタバコに火を付けたら何だか涙が出て来た。私は上を向いて歩いた。ミキちゃんの幸せを祈って。(終)

 

 

Spider In My Stew

The Allman Brothers Band - Statesboro Blues ( At Fillmore East, 1971 )

Robt Lockwood and Blue Lunch play Stormy Monday

 

今回は此処までです。読んでくれてどうも有難う御座いました。また字を改竄されました。やって居るものはいい気になって居ます。2ちゃんねるを見てみろと言いたい。警察が捜査して居るのも気付かずにね・・・・。(๑>◡<๑)

コメント一覧

kiyasume
akiraさん、書き込みどうも有難う御座います、、

調子はどうですか???

多分に4回目のワクチン接種の後遺症だと思いますよ、、
頑張って下さいね・・・・・・・・・。

そうですか、BBkingの放映が、BS放送で19時からありますか、、
忘れずに見ようと思います。情報提供、有難う御座いました、、

それでは、また来て下さいね、、よろしく・・・・・・・。
それでは・・・・・・・。♪( ´▽`)
1021akira
お邪魔いたします。
コメントありがとうございました。ご期待に添えるよう、頑張ります。

それはそうとB・Bキングの放送、9月17日19時からBSのC161局でやるみたいですよ。変更になる場合もありますが、その時はごめんなさい。
kiyasume
そうですね、、病院での話ですから、、
精神異常だとは思いますよ、、

でも、精神異常でも、普通はもう少しマシなんですよ。
私は入院歴が長いので色んな患者さんと知り合いに成りましたし、
接して来ましたが、63歳の男も72歳の老人も、おかしいと言うより、

幼稚なんですよ・・・・・・。
正常の範囲はソクラテス、ニーチェの昔から、フロイト、ユング、アドラーまで、哲学、心理学でもう色々と語り尽くして来ましたが・・・・・・・。
様するに、性格と言う事に尽きるのでは無いでしょうか。まあ、
それが精神異常も個性と言う事になるかと私も思います。

まあね、歳取っても出来る人も居ますけど、、、
大抵の人は時間がある様で居ても、若い頃の様には行かないですよね。
そのことは私が日々実感して生きて居て解る事ですから・・・・・・・・。

幼稚だから安易に考えて可能だと思い込んでしまう、、
そこが変なのですよね・・・・・・・。

お互い、気を付けて此れから先を生きて行きましょうね、、、
それでは また。来て下さいね。よろしく・・・・・・。♪( ´▽`)
1948219suisen
少し長かったけれど、興味深く読ませていただきました。というのが、私の知らない世界のことがたくさん書かれていたから。

私は、年は取っていますが世間知らずなのです。

ずっと箱入りでしたから。

箱入りと言っても貧乏な箱入りですけれども。笑

最初のほうに書かれている変な中年の人達は精神異常ですね。少し躁鬱がかかっているのだと思いました。

が、人は皆、多かれ少なかれ、どこか異常なものだと私は思っています。

正常と言っている人達も、どこか歪んだところがあるものではないでしょうか。

むしろ自分には非がないと思いこんでいる人こそ異常かもしれませんし。

そう考えれば、精神異常と言っても個性でしょうね。
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