吉備路マラソンが復活したことを本当に喜んでいる。
昔は出場のために走りこみ、年齢を重ねても自分のベストタイムを出すことを目標に、この冬場の時期は走りこんでいた。練習は月に200キロ以上と思って練習していた。
参加した証として、参加賞のタオルがうちの中にたまっていく。
今ではそのタオルも色あせ、自分のチャレンジ精神は何処へいったのかと葛藤することがある。
でも、出場したある大会の事を思い出した。
走るのが怖くなった経験でもあった。
と言うのも、10キロまでは本当に快調で、順調に走り続けていたのだが、12キロ地点を迎えた時、突然異変に見舞われた。
胸が苦しく、いくら息を吸い込もうとしても酸素が入ってこない。
走れず歩き続けた。
何人もの人に抜かれた。
こんなことは本当に初めての経験で、パニックになっていた。
結局、13キロ地点でそれは解消されて、後は順位を上げるだけの結果に終わったのだけれど・・・
一つのレースの中でもいい時と悪い時が必ずある。
ダッシュできる時も歩く時もある。
でも、歩みをやめなければゴールは来た。
嫌な時には途中で休憩してもいいと思う。
やりすぎて気持ちが病んではやはり先には進めない。
いかなる技術を持ち合わせようとも・・・。
必要な休憩を恐れるな。(実は自分へのエールでもある)
良ろしければクリックをお願いします。(^^)
昔は出場のために走りこみ、年齢を重ねても自分のベストタイムを出すことを目標に、この冬場の時期は走りこんでいた。練習は月に200キロ以上と思って練習していた。
参加した証として、参加賞のタオルがうちの中にたまっていく。
今ではそのタオルも色あせ、自分のチャレンジ精神は何処へいったのかと葛藤することがある。
でも、出場したある大会の事を思い出した。
走るのが怖くなった経験でもあった。
と言うのも、10キロまでは本当に快調で、順調に走り続けていたのだが、12キロ地点を迎えた時、突然異変に見舞われた。
胸が苦しく、いくら息を吸い込もうとしても酸素が入ってこない。
走れず歩き続けた。
何人もの人に抜かれた。
こんなことは本当に初めての経験で、パニックになっていた。
結局、13キロ地点でそれは解消されて、後は順位を上げるだけの結果に終わったのだけれど・・・
一つのレースの中でもいい時と悪い時が必ずある。
ダッシュできる時も歩く時もある。
でも、歩みをやめなければゴールは来た。
嫌な時には途中で休憩してもいいと思う。
やりすぎて気持ちが病んではやはり先には進めない。
いかなる技術を持ち合わせようとも・・・。
必要な休憩を恐れるな。(実は自分へのエールでもある)
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吉備路マラソン、今年もちびっこ達は短いコースですが参加します♪
kiyoさんは参加されるのですか?
私は・・・
苦しさ>ゴール後の爽快感の方程式のため、
やはり今年も応援隊長です
kiyoさんが書かれているように、
何があるのかわからないのが、本番です。
大会は何度出ても完璧なレースが出来ません。
(子どものことですが。)
毎回、違う反省点が残ります。
それがまた、面白かったりもするんですが。
自分で走るともっと楽しいんだろーな・・・
endouさんが元気に執筆されているのを見てひと安心です。
吉備路マラソンという言葉を聞くとテンションがのですが、今年は準備不足なんです。
でも、次こそはしっかりと準備して、自己記録を更新したいという夢は持っています。
自分で走ると言い訳できないから、楽しいかどうかは別として、「僕にも(私にも)できた」という爽快感を味わえることは保証します。
その代わり走った次の日は普通に歩けませんでしたけどね。
元気が出てこないといい文章が書けないですよね。そういう意味では、最近のendouさんに安堵している私です。