志津子の韓国生活

韓国アジュマになった志津子の新しい出発。

法事

2015-04-22 20:01:32 | 日記
 今日は旧暦の3月3日、何代目のお祖父さんなのかわかりませんが法事です。
 日本では、亡くなって3年目、7年目、、13年目、37年目で供養は終わりだったと記憶してましたが?
 韓国では長男が法事を受けついでいくのですが、1年に1回命日に直接料理してサン(お膳?)を準備してチョル(あいさつ?)をします。
 私は次男の嫁なのですが、韓国に来た当時は田舎に住んでいたため、準備はもちろん命日の前日夜の10時以降にお酒を注いで挨拶をし、次の日はイルガ
 (一家)と言って親戚の親戚まで招待して朝食を食べるので、準備やあとかたずけでたいへんでした。
 お父さんが長男だったため、最初のころは祖父、祖母、祖祖父、1年に3回でした。(祖祖母は命日がわからないので祖祖父といっしょにしました。)
 主人がパン屋をやめて農家をすることになってからシジェーと言って祖祖父より上の先祖の供養を田舎で農家をしている子孫が交代でするのですが、
 その仲間入りをしてしまいました。
 最初のころは1年に春2回、秋5回でしたが、最近は農家をする若者が少なくなりまとめてするのですが、それでも春1回、秋4回です。

       
       これがシジェーのサンです。(地方により内容は違うようです)
 だいぶ簡単になりましたがこんなもんです。
 むかしは食べるものがなかったのでみんながこの日を待っていたため、量がおおかっつたですが山が小さくなりました。
 果物も山、おもちも山、魚も山、豚肉も頭と前足は基本でした。
       
       
       準備した当番の人が代表で直接作ったお酒を注ぎあいさつします。

       
       子孫の男性だけが参加して一緒にあいさつします。
       並ぶ順番は歳ではなく何代目かで決まります。
 村に住んでいたり一家の集まりなどのときは、同級生でも上の人にはアジェ(おじさん)と呼ばなければいけません。
 私も20代のときにおばあさんとよばれました。隣に住んでる70台のおばあさん(主人の友達のお母さん)が私たちを呼ぶときはアジェ(おじさん)
 アジミ(おばさん)と言います。ちなみにアジェ、アジミはここのなまりです。
 2年間は当番が回ってこなかったのですが、再来年からはまた回ってくるのでたいへんです。
 供養はその人を思う気持ちでしなければならないと思いますが、負担におまいながらしてもいいのでしょうか?
 もっと簡単にしようと提案したのですが、上の人の反対でだめになりました。