2、
「駿河守。済まぬ。我がまた父上と喧嘩沙汰になった。父上はなぜ我の手柄を褒めぬのか?」
「御屋形様は虫の居所が悪かった、と伺います。正月に無粋な用事にはかかわりたくなかったと見受けます」
「ならば正月が明けてから手柄を改めて報告致そう。ならば父上は文句は仰せになるまい」
「おやめなされ。また喧嘩に至ったらいかがいたします。さもなくば本当に廃嫡されますぞ」
晴信は「何故に父上はかような仕打ちを致す」と再び号泣した。
信方は「今に若殿が次期御屋形様になられます。それまでご辛抱なされませ」と返した。
晴信の泣き声が止まった。信方は賺さず抱えていた晴信を下ろして晴信の肩をたたいた。
「若殿。他国には相模の北条、駿河には今川がおります。信濃には諏訪もおります。若殿が渡り合う相手ばかりです。御屋形様よりももっと手強い相手です。なのでじっと時期を待つのです。若殿が武略にも知略にも秀でているのは拙者が一番得心しております。御屋形様とぶつかっても拙者がおりますのでご安堵なさりませ。大事ございませんぞ」
信方は「ご辛抱の程ですぞ」と声を懸けてジッと晴信の目を見つめて微笑んだ。
晴信は「お主だけだ。我の才を理解してくれるのは」と再び涙を浮かべている。
(やれやれ、難儀な役目よのう。傳役とは。斯様な役目はもう引き受けんぞ。御屋形様と若殿が恨めしい。二人では身が持たぬ。しかしな何故か動悸と良い予見が半々に感じるが? なぜだろう?)
晴信は「やはり駿河守は父上と違う。我の理想の父上みたいに思える。駿河守が父上だったらどんなに良かっただろうに」
信方は「何を仰せられます。御屋形様の悪口はよくありませんぞ」と敢えて表情を変えた。
流石の晴信も驚いて「悪かった。我が悪い」と信方に謝った。
(若殿は御屋形様に甘えたいのか。御屋形様は愛情に不器用なお方。なので斯様に傳役の拙者が描いた父に見えるのか。やれやれ。今日はこれで引きがるとしよう。今は動悸がすこぶる感じる。また御屋形様がおいでなさったらまずい。早く手を打とう)
「若殿。もう拙者を解放して頂けませんか。御屋形様と若殿の間に挟まれて疲れ申した。よろしゅうございますか」
「ならば其方を解放して遣わす。理想の父上」
躑躅ヶ崎館の庭でガサゴソと音がする。信方と晴信は「何奴」と身構えた。