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東武佐野線沿線CITY-GUIDE 〔カテゴリーからお入り下さい〕

こならの森200号

2008-07-10 | 101号~200号
       ■こならの森200号■2004.12発行
表紙 「 木造校舎」
C・o・n・t・e・n・t・s

■こならの森1月号■

結婚しました。………………………4
ヤンバルのー子の青春レストラン…5
特集 「木造校舎」…………………6
風の独り言…………………………16
書評/絵本紹介……………………17
三鴨の窓辺から……………………18
各市文化会館情報…………………20
インフォメーション………………22
 [映画・CD・ビデオ・コンサートetc.]
 イベント情報/協賛店マップ

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【本文抜粋記事】
特集
木造校舎を訪ねる(尋ねる)。

 訪ねるは、その場所を訪問する、尋ねるは問い求める、探す、調べるという意味なのだそうだ。というならば、今回は「尋ねる」という字があてはまるのかなと思う。少ない情報を元に、場当たりで取材を決行するあたりは、創刊号や100号、200号となっても変わらないらしい。感心していても始まらないともかく、行って見よ~う。

 安佐地区には、現在木造校舎と言われる建物はない。記念館や資料館ならあるが。鹿沼の北小などは、地場産業の木材をいかして既存の木造校舎を再生している。今後に残すためだという。私の卒業した、小学校や中学校は歴とした木造校舎だった。小学校は、あらたに木造モルタルのモダンな校舎が追加され、1,2年生が使っていた。もちろん今はない。小学校卒業の記念にモノクロで写真を撮っておいたと思ったが、今はみあたらない。
 中学校へ進むと、当時としてはお荷物的な古い崩壊寸前の校舎。いちおう防火壁はあるものの、災害時にはどうなることかと危惧された。
しかし、歴史は古く、建築にあたっては地元の人々や、就学児童が瓦を屋根まで運んだということだ。それだけ、地域が学校というものに期待をしていた時なのだろう。今とは大きな隔たりがあるのは事実だが、そんな「結い」とまでは言わないがつながりが、学校にあってもいいのではないかと改めて思う。ゆとり教育是正ととか、競争社会だとかいう今日を考えると、なおさら、質素な木造校舎が懐かしくなってきた。あるものは、別の施設に変わり、あるものは地域のコミュニティの場として生まれ変わる。しかし、多くの木造校舎は消えていった。
 今回取材した粟野は、近隣にしては多くの校舎が残っている地区だ。こならの森創刊時期に、ふらりと「木造校舎の取材」ということではなく、この地区を訪れ、何気なく目に止まったものをモノクロで撮影していたが、その中に、写真にあるようなモダンな三角屋根の木造校舎があった。廃線橋でもそうだったが、探したのだが、写真は一枚しか見つからなかった。今後は、アーカイブスとして、ネガの整理が待たれるが、そこまで時間を割く時間が残されているのか………。
 それはともかく、記事に私語は慎んで、はっきりいって、ぶっちゃらけに、今となってはどこで撮影したのか全く分かっていない。ただ、分かっていることと言えば、存在していないと言う事実だけだ。
 よく言われる近代建築への批判は、病院だか学校だかわからない、というものだが、確かにたくさんのそうした画一化された、建築物が反乱した。今回の取材でも、木造校舎を探すのは大変だったが、「学校」を探すのは、たやすかった。そして、みなどれも同じような形をしている。キャラメルの箱を横に立てたようだ。窓は開いているが………

 木造校舎の同じ事(画一化)といえば、栃木市方面から粟野へ向かって、みなどれも道路の右側に建っているということだ、これを頭にいれれば探すのもたやすい。なぜ右側なのかはこの時期の午後に行ってみればなっとくします。


 この日の取材で最初に訪れたのが、  学校。地図が古いのか、看板に惑わされたのか(あっているのだが)一度右側へまがった地点で、あっあそこだ~と思ったところは、何かの集合住宅だった。最初からして、困惑。先が思いやられる。ここは、見つからなかったと(記事に書いて)そういうことにして、次いて見よ~う。
 来た道へ戻り、進んでいくとさらに、下粕尾という看板。やっぱりここを右に曲がるんじゃん。と、思いながら、進んでいくと、今度こそリベンジ、そそくさこれまた右へ曲がって、「あっ」これが一番当てにはならないということをもう、皆様はご存知だとは思うのですが、………その場所(木造校舎)らしきものはなんと、狐につままれたのごとく先ほど引き返した道で、それらしいと思った校舎もさっきの校舎だったのです。
 結論から先に言えば最初の案内通り進んでいれさすれば、後戻りしなくてもよかったわけです。これは、取材が進めば進むほど、皮肉な結果になるのですが………。


 ………しかたなくこの道も戻ります。というより先に進みます。(この辺の状況は地図をご覧下さい。)
 すると今度こそと思える体育館が見え、確かに木造校舎が確認できました。よかった。(何でもないことなのに、水曜スペシャルのようにドラマにしてしまう手法は、創刊以来変わっていませんね。編集長も(変わったひとですが)代わっていませんからね)
 まえふりに戻るのですが、ここで最初に見た校舎は本当に、中学生にタイムスリップしたかのようでした。悪く言えば、キャラメルを横に立てたようなデザインは、基本的にモダン建築と変わらないものですが、「似て非なる」とはこの校舎にこそあてはまる言葉なのでしょう。



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