出願にあたって厳しかったことシリーズその2・研究計画概要(後編)
高野山大学に出願するなら、
多分、これ覚えといた方がいいよ。が、
1点あります。
(その他の一般的な書き方は、ネットで探してください)
高野山大学は、
弘法大師空海が開祖の、密教の教えを根底に、
教育が行われることになりますが。
密教の教えの中に、「三句の法門」という教えがあります。
これは、密教の中でも主要な経典に位置づけられてる、
『大日経』とゆーお経に出てくるものです。
----------------
漢文 :
仏言菩提心為因、大悲為根、方便為究竟。
書き下し文:
仏の言わく、菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟とす、と。
現代語訳:
仏がおっしゃるのには、
「さとりを求める心〔菩提心〕を原因とし、
大いなるあわれみ〔大悲〕を根とし、
手だて〔方便〕を究極的なものとするのである」と。
宮坂宥勝[2011]、『密教経典』(講談社学術文庫)、講談社。
----------------
現代風に言うと、
悟りを求める気持ちがあったとしても、
それが自分本位な欲求だけなら
(慈しみの心で人に施しをする気がないなら)
悟りなんて開けないよ。
って辺りですかね?
つまり、自分の利益ばかりでなく、
他人のために、(←ここ重要)
こういうことをして社会に役立てる活動をするために学びたいんです!
を、存分にアピールしないと、
ポイントは稼げないかな、と。。。
密教は、「即身成仏」を謳っている宗教なので、
この身このまま悟りを開いて、
心は仏と一体となっても、
この身の「人生」は、まだまだ続いていくんです。
だから、悟りを開いた後、悟りを開いたその目で心で、
人のために尽くす活動をすること。
それがないと、悟りを開く意味がないんです。
(そもそも悟りも開けない)
密教は、
社会福祉活動を、すっごく大事にしてます。
自分本位の欲求だけで受けようと思ってるなら、
考え直したほうが無難です。
ただ、
「社会」なんて言うと、大きく聞こえますが。
「他人のために」学んだことを活かしたい。
って熱意が伝われば、
やりたい活動は、小さくても良いのかもしれません。
(私も実際には大した活動は書いてません)