かおるこ 小説の部屋

私の書いている小説を掲載しています。

連載第51回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-21 12:48:58 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 23話

 第十三章【フィデスの独白ー4】

 

 ・・・そうです、私が監禁されているのはルーラント公国のカッセルではなく、バロンギア帝国シュロスの城砦にある牢獄なのです。

 戦場で守備隊のお嬢様を見逃したことにより、同邦のローズ騎士団から裏切り者と決めつけられ、牢屋に入れられたのでした。私だけでなく、部下のナンリまでもが投獄されてしまいました。ナンリは身体に焼き印を押し当てられました。私と一緒に捕虜になっていたパテリアは鞭打ちの刑に遭いました。私は縄で縛られ宙吊りにされて地獄のような責苦を受けました。その上、東部州都の軍務部から来ていた監察官のスミレさんも痛め付けられたのです。
 
 エルダさん・・・ああ、助けて・・・
 
 うつらうつらしていました。痛みと絶望感で、ときどき意識が遠くなります。

 気が付くとメイドが立っていました。

 食事を運んできてくれたのでしょう。ありがたいことに、このメイドは何かとよくしてくれます。
 メイドが耳元に顔を寄せました。
「フィデスさん、あなたのお味方です」
「はあ・・・」
 メイドの顔には見覚えがあります。騎士団のローラに人間椅子にされていたメイドでした。そしてまた、カッセルで捕虜になっていた時、エルダさんに連れられて私の部屋にやってきたメイドでもあるのです。

 どうしてシュロスにいるのでしょう。エルダさんから何かを託されて、わざわざ来てくれたのではないでしょうか。

「あなたは・・・確か、カッセルで・・・」
 メイドが黙って頷き、唇に指を当てました。黙っていろと言うのです。
「メイドのミユウといいます」
「はあ・・・ミ・・・ユ」
「必ず助け出します」


 カッセル守備隊のエルダさんのことが目に浮かびます。
 エルダさん、エルダさん・・・
 私はエルダさんが助けに来てくれるのを待っています。

 

・・・・・

<作者より>

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 第二巻を終わります。ここまでお読みくださり、まことにありがとうございました。

 引き続き、第三巻もよろしくお願いします。

 


連載第50回 新編 辺境の物語 第二巻 

2022-02-20 13:13:26 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 22話

 第十二章【月光軍団、屈する】③

 ローズ騎士団参謀のマイヤールが封書を開封しようとしたが封蝋は厳重に留められていた。開けるのに手間取ったマイヤールは、乱暴に封蝋を剝がし手紙を取り出してローラに渡した。
「いいわ、読んでちょうだい。私は逃げられないように、コイツを掴まえておく」
 ビビアン・ローラは手紙はマイヤールに任せてスミレの髪を引っ張った。
 参謀のマイヤールは手紙を広げて明かりにかざし用紙が本物かどうか調べてみた。州都の刻印が押されているので紙は本物だ。
「軍務部の封書に間違いありません。では、読みますね・・・」
『月光軍団の調査は進んでいるのか、敗戦の調査が一区切りしたら、撤収部隊の責任者を州都へ連行してくるように・・・捕虜となった者の解放交渉は・・・』
 マイヤールが読み上げる内容を聞いていたローラが表情を曇らせた。書かれている事柄は、どれも月光軍団の調査に関する事ばかりである。それも、至極当然の業務内容だった。
 こんな手紙ではスミレを追及する材料にはならない。
『・・・王宮からのローズ騎士団様に・・・』
 マイヤールが続きを読み上げた。
 騎士団の名前が出てきたので、やはり予想が当ったかと先を急がせる。
『大事な王宮のお客様には、失礼ありませんよう手広く応接を心掛けて、シュロスの城砦はド田舎だとしても、何もご不便をおかけしてはならないように・・・一人では接待できないだろうから、必要ならば、可愛くて頭が良くて、男にモテて、マジで役に立つ即戦力の人材を派遣しようかと・・・』
「もういい、そんな手紙、ビリビリに破って捨てなさい」
 ローラが最後まで聞かずに手紙を捨てろと命じた。 
 州都の軍務部からの手紙を横取りして開封したというのに、当たり障りのない事ばかり書かれてあった。これではスミレを問い詰めるどころか、手紙を開けたことを抗議されかねない。

 スミレ・アルタクインはホッとしてミユウを見た。
 ミユウは何食わぬ顔で床に散らばった手紙を拾い上げ、半分に破ったうえに、くしゃくしゃに丸めてエプロンのポケットに突っ込んだ。
 州都からの封書はミユウが作った偽の文面に差し替えてあったのだ。そういえば、通常の報告書の堅い文体とは違い、かなりくだけた書き方だった。軍務部ともあろうものが、こんな手紙を寄越してくるはずがない。ミユウが軍務部の便箋を用意し封蝋まで細工したのだ。
 窮地を救ってくれたのはいいが、もっと軍務部らしく重厚な文章にしてくれよ、と思わずにはいられない。『男にモテて、マジで役に立つ即戦力』とは自分自身のことではないか。下手過ぎてバレないかと心配だった。

 ミユウの機転で危機は切り抜けることができた。安心したのも束の間、これで終わりではなかった。 
「ふん、お前、命拾いしたな・・・でも、タダではすまさない」
 ローラがメイドのミユウに床に手を付けと命じた。ミユウは言われるままに四つん這いになった。
「コイツ、椅子なんだよ」
 部下がローラの椅子にされようとしている。それなのに止めることができない。スミレはミユウを見て軽く頭を下げた。
 副団長のビビアン・ローラは人間椅子のミユウに座り、スミレには靴の先を突き付けた。
「州都のお役人様、お前の任務を一つ追加してあげよう。私の奴隷だよ」
 スミレは靴を舐めろと命じられた。何という屈辱的な仕打ちだ。椅子にされているミユウも辛いだろう。だが、ここはどんな無理な命令であっても受け入れなければならない。そして、ピンチを救ってくれたミユウを人間椅子から解放してやりたい。
 スミレは靴を手に取り、つま先に舌を触れた。しかし、靴を舐めたぐらいでは済まなかった。ローラが脚を大きく開き、スミレの顔を太ももに導いた。
「これができないと、立派な奴隷にはなれないよ」
 ローラの長く美しい脚がスミレに襲いかかった。
 ミユウは人間椅子となってローラの尻の下敷きにされ、スミレはローラに跪いて太ももに挟まれ足を舐め続けた。
 東部州都の軍務部に所属する二人はローズ騎士団のビビアン・ローラに屈服させられたのだった。 
    
 鞭で打たれた背中には幾筋もの痕が付いている。色白なだけによけいに目立ってしまう。傷の手当てを終えるとパテリアは、トリルとマギーにカッセルで捕虜になっていた時のことを話した。
「最初はどうなることかと心配だったけど、捕虜とはいっても・・・」
 フィデスとパテリアに対するカッセル守備隊の扱いはとても丁寧だった。自由に行動できたし食事も十分だった。しかも、きちんとした部屋を宛がってもらえた。
「部屋は広くて、二人ではもったいないくらい。寝台もふかふかで、身体を拭いてもいいって言われた」
「すごいじゃん。殴られたりしなかったの」
「ゼンゼン。みんなで酒場に行って盛り上がったんだから」
「酒場に行くなんて、まるで友達みたいだね」
「そうだよ、お嬢様とも仲良くなった。それがさあ、貴族のお嬢様だったのよ」
「ありえない」
「でしょう。お嬢様はお菓子をくれたりした」
 パテリアが楽しそうに話すのでトリルもマギーもつられて笑った。どうやら、カッセルでは拷問や暴行はされなかったようだ。それどころか、かなり歓迎してもらったとみえる。
 今度はトリルが月光軍団の撤退の様子を話した。
「シュロスに着くまでは守備隊が襲ってくるんじゃないかと、そればっかり心配で怖かった・・・」
「それはね、フィデスさんから聞いたんだけど、守備隊のエルダさんがナンリさんに撤収を任せたんだって」
 そうだったのか。ナンリが敵は攻撃してこないから大丈夫だと何度も言っていた。おそらくは守備隊のエルダと交渉したのだろう。
 そうやって自分たちを守ってくれた。
 それにひきかえ・・・
「無事に帰ってきたのに騎士団が来てから、大変なことになっちゃって」
     
 ナンリは久し振りに土牢から出された。
 馬小屋の前で身体を拭けと言われた。冷たい水で顔を洗い、布で身体を拭うと、久し振りに生き返った感じがした。メイドのレモンが洗うのを手伝ってくれた。それがすむと、また首輪をはめられた。
 どうやら兵舎に連れて行かれるようだ。屋内の監獄なら地下の牢獄よりは少しはマシというものだ。
 
 ・・・それは、ナンリの目の前でおこなわれていた。
 両腕を縄で縛られ獄舎の天井から吊り下げられていた。布で目隠しをされているので誰だか分からない・・・
 ローズ騎士団の副団長ローラが鞭を振った。
 ビシッ
「あひっ、ううぅむ」
 悲鳴が牢獄に反響し、吊るされていた身体がくるりと向きを変えた。
 まさかという不安が包んだ。
 似ている。
 騎士団のマイヤールが目隠しを取った。
「フィデスさん!」
 宙吊りになっていたのはフィデスだった。
 
 何という再会なのだ。
 カッセル守備隊に捕虜になっていたフィデスが帰還していたのだ。
 いつぞや、ナンリが一瞬だけ見たフィデスの姿・・・
 夢か幻かと思ったのは現実だった。

「ナンリ、あああ」
 フィデスがナンリを視界の端に捕らえ、身体を揺らして声を上げた。
「フィデスさん」
 ナンリは鉄格子に手を伸ばしたが首に回された縄で引き戻された。
「お前の上官も処罰したわ」
 ローラがしてやったりと言い放つ。
「やめてください、敵を見逃したのは、このあたしだ。だから刑を受けるのはあたしだけでいい・・・」
「そうはいかないよ、こいつは裏切り者なの。カッセルではのんびり過ごしていたんだって。捕虜のくせに監獄にも入れられなかったそうよ。裏切ったから敵に親切にされ、優しくしてもらったわけ」
 ナンリはローラの言葉を反芻する。
 カッセルでは監獄には入れられることなく優しくされていた・・・
 退却するとき、守備隊のエルダにすがる思いで頼んだのだ。エルダは約束通り丁重に扱ってくれたらしい。だが、そのことが裏切りと受け取られ却ってアダとなってしまった。
 フィデスを助ける・・・しかし、拘束されているのでは自分の身体さえ自由ではない。

 そしてさらに、身を捩ったとたんナンリは目を見張った。獄舎の隅の暗い一角に転がっているのは州都軍務部の監察官スミレではないか。スミレは縄でぐるぐる巻きにされ、口には布が詰められていた。スミレまでもがローズ騎士団の毒牙に捕まってしまったのだ。
 ローズ騎士団のミズキとハルナが宙吊りにしたフィデスの両脚に縄を掛けた。膝を縄で縛り、その端を手首に括り付けた。
 参謀のマイヤールが縄の一端を引っ張った。
「うぎゃ・・・うつつつ」
 宙吊りの姿勢にフィデスはたまらずにうめき声を漏らして身を反らした。
 
「ナンリ、お前はそこでゆっくり見物しなさい」
 ローラがニヤリと笑った。
「上官が裏切り者なら、その部下も、みんな同罪というわけ。待たせちゃったわね、フィデス」
 ローラはいよいよ月光軍団制圧の仕上げに取り掛かった。
 フィデスの膝には戒めの縄が縛ってある。脚を広げて宙吊りになり、両膝に体重が掛かっているのだ。これだけでもキツイ責め道具なのに、さらに、騎士団のミズキがフィデスを吊るしている縄を引き上げる。
 フィデスが金切り声を上げてのけ反った。
 宙吊りの地獄責め・・・皮肉なことに、フィデスは月光軍団が守備隊のエルダにおこなった拷問と同じ仕打ちを受けたのだった。
 ローラがフィデスの腹部を小突いた。
「こうやって敵の指揮官をいたぶったそうだね。巡り巡って自分の肉体で、その苦しみを味わうがいいわ」

 違う、そうではない。フィデスさんは、フィデスさんはエルダを助けた・・・
 ナンリは目を閉じた。
 守備隊のエルダを拷問したのは隊長のスワンと参謀のコーリアスだった。フィデスはむしろエルダを助けようとしたのだ。それなのに、どうして無関係なフィデスが宙吊りの刑を受けなければならないのだ。

 フィデスが嗚咽の混じった悲鳴を上げたが、それをビビアン・ローラは無視した。
「やめない。だって、裏切り者だから」
「ああっ、ああっ」
 フィデスが絶叫した。
「何で、こんな・・・ああぁぁぁ」
 ナンリの叫びは掠れて消えた。

 シュロス月光軍団のフィデス・ステンマルク、ナンリ、フラーベル、そして、州都の軍務部のスミレ・アルタクインとミユウはローズ騎士団副団長ビビアン・ローラの前に屈服したのだった。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。


連載第49回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-19 13:00:44 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 21話

 第十二章【月光軍団、屈する】②

 

 ・・・窓の外が騒がしくなった。歓声が聞こえる。図書室からは見えないが、おそらくローズ騎士団が月光軍団の隊員を訓練しているのだろう。若い隊員たちは訓練がキツイとこぼしていた。騎士団から戦場では自分たちを守る盾になれと命じられたそうだ。
 外の広場の声がますます大きくなった。ただの訓練ではない、何か起こったのだ。
 州都の軍務部のスミレは廊下へ飛び出した。

 広場に集められたのは月光軍団の隊員たちだった。訓練のために集められたのだ。訓練といっても騎士団の一方的なイジメみたいなものだった。
 月光軍団のトリルは最前列に立っていた。整列してからかなり長いこと待たされている。足が張って座りたくなってきた。騎士団には掃除や洗濯などでこき使われている。それを見かねて、州都から来ているスミレがあれこれ手伝ってくれていた。地位が高い役職だというのに頭が下がる思いだ。ナンリが投獄され、文官のフラーベルが本調子でないのではスミレだけが頼りだった。
 あと、あの怪しいメイドもいた。ミユウのことだ。

「来た・・・」
 ようやく騎士団の副団長ビビアン・ローラが姿を現した。
「クズども、ちゃんと訓練してるかい。戦場では私たちの盾になるんだからね」
 誰が盾になるもんか、トリルはプイと横を向いた。
「今日は訓練の前にいい物を見せよう。これを見れば、お前たちも気合が入るだろう」
 ローラが部下に例の者を連れてこいと命じた。
 ナンリさんだ。この間は肩口に焼き鏝を躾けられた。またナンリさんに暴行しようとしている。
 ナンリが連れてこられたが、頭から布を掛けられていてトリルには表情が見えなかった。もしかしたら、すでに顔が腫れるまで拷問されているのではないか。心が締め付けられる思いがした。
 脇から抱えていた騎士団の隊員が小突いた。その拍子に被っていた布が落ちた。
「・・・パテリア!」
 トリルは突然のことに状況が掴めない。連れてこられたのはカッセルに捕虜になっていたパテリアだったのだ。
「うう」
 パテリアが救いを求めるような眼差しで周囲を見た。その目は宙をさまよい、どうしたらいいのか困惑しているようだ。
 カッセル守備隊に捕らえられていたパテリアが帰ってきた。
 いつの間に帰還したのだ。帰ってきたのなら喜んで迎えるのに黙っているなんて・・・
 その時になってトリルはようやく気が付いた、パテリアが騎士団に拘束されているのだということに。
「コイツは副隊長のフィデスと二人で、カッセルから逃げ戻ってきた」
 フィデスさんも!
 フィデスさんも帰ってきたとは。だが、フィデスさんが帰還したことを自分たちに隠しているはずがない。フィデスさんに限ってそんなことはあり得ない。
「お二人さんは、守備隊に歓迎されたそうです。お菓子を食べてカッセルでのんびり寛いでいたんですって。いいですねえ、裏切り者は」
 歓迎、お菓子を食べる・・・そして裏切り者。いったい何のことかとトリルは首をかしげた。
「・・・?」
 そのときトリルは視界の隅に州都のスミレが駆けてくるのをとらえた。その後ろから、メイドのミユウもスミレを追うようにして走ってくる。周囲を警戒しているその姿はただのメイドのようには見えなかった。

「しかし、シュロスでは、いや、バロンギア帝国では、そんな甘いことは許されないのさ」
 ローラが鞭を手に取った。
「裏切り者、敗戦の張本人、副隊長のフィデスは牢獄に押し込んだ」
 月光軍団の隊員に衝撃が走った。副隊長のフィデスは監獄に入れられたのだ。
「コイツは見習いだから軽く鞭打ち刑にする」
 騎士団の参謀のマイヤールがパテリアの服を脱がした。パテリアは裸の背中を露わにして蹲った。ローラは背後に回って鞭を振り下ろした。
 ビシッ
「アギャッ、ひいい」
 パテリアの白い肌に赤い筋が走った。
「次は前から叩いてやる」
 マイヤールがパテリアの髪を掴んで引き起こした。誰もが認める、月光軍団で一番きれいな身体だ。ローラはその身体を鞭で打とうとしている。
「だめよ、そんなの」
 トリルはとっさに飛び出した。
「引っ込んでいろ」
「そこの、お前。止めに入るなんて、いい度胸じゃない。コイツの次に、お前にも一発お見舞いしてやろう、覚悟しなさい」
 ローラが鞭をしならせた。
 パテリアのためなら・・・トリルは身代わりになると決めた・・・
「待ちなさい、その子の代わりに私を打ってください」
 ローラを制したのは州都軍務部のスミレ・アルタクインだった。

「州都の下っ端のくせに」
 ローラがスミレの脇腹を蹴った。突き飛ばして監獄の壁に叩き付ける。腹にパンチを入れ、前のめりにさせて顎を突き上げた。
 ベギッ
「ふげっ」
 それでもスミレが倒れないので足払いを掛けて転がした。
「出しゃばったことして、気分が悪いんだよ。謝れ」
 捕虜から帰還したパテリアを公開処刑しようとしていた時、州都の軍務部のスミレが止めに入った。自分がパテリアの代わりになると言ったので、望み通り鞭でひっぱたいてやった。
 スミレにも罪を着せて投獄してやりたいが、止めに入っただけでは処罰の対象にはならないし、規律違反に問うこともできなかった。そこで、兵舎の監獄で痛め付け、自分のしたことを反省させてやることにした。州都の監察官を支配下に置いておけば、後々、役に立つというものだ。

 参謀のマイヤールが近づいてきて、
「ローラ様、これを」
 と、封書を差し出した。
「州都の軍務部からの手紙、この監察官の女に充ててます。城砦に届いた郵便物に混じっていたのを文官のニコレットが見つけました」
「ほう、それはお手柄だわ」
「中を開けて読んでみましょう。もしかすると、追及するのにいいネタが出てくるかもしれません」
「それは面白い」
「月光軍団の調査とかいって、陰では私たちのことを告げ口しようとして調べていたりとか」
「州都の軍務部のやりそうなことだわ。やっぱりスパイなんでしょう、この場でお前の正体を暴いてやるからね」
 ローラは床に転がしたスミレを足で踏み付けた。
「スパイだったらこんなもんじゃないわよ、もっと厳しく尋問してやるわ」
 スミレはドキリとした。
 先日は州都の軍務部からの返事をミユウが抜き取って渡してくれた。今朝になってあらたな手紙が届いたのだ。しかも、今回は騎士団に奪われてしまった。その手紙を読まれてはローズ騎士団を監察していたことが発覚してしまう。
 軍務部からの手紙を勝手に開封することは許されるものではないのだが、王宮の親衛隊にはそんなことは通用しなかった。スミレは部屋の扉の横にいるミユウにそっと目配せをした。正体を見破られたら、その後のことはミユウに託すしかない。
 ミユウは胸に手を当て片目をつぶった。
 任せて、ということか。

 

<作者より>

本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。


連載第48回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-18 14:11:43 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 20話

 第十二章【月光軍団、屈する】①

 

 月光軍団のトリルはマギーと一緒に食堂の床を磨いていた。他にもメイドが二人、掃除を手伝っている。
 メイドのうち一人はローズ騎士団専属のレモンだ。レモンは騎士団の宿舎からワインの瓶を運んできて、そのまま掃除に加わった。ミユウというメイドは、しばらく前にシュロスの城砦に採用されたばかりだった。ところが、ローラに気に入られたとかで騎士団の仕事もしている。落ち目の月光軍団より騎士団に取り入った方が得策だというのだろう。それでなくても、ミユウはどこか怪しい雰囲気がある。仕事中に姿が見えなくなったり、そうかと思えば兵舎の奥まで立ち入ったりしている。カッセル守備隊が送り込んだスパイではないかと思ったくらいだ。本人はあちこち旅して酒場で踊っていたというが、トリルはその話を信用していない。
 とはいえ、ミユウは自分たちを立てて、どんな仕事も二つ返事でやってくれている。メイドだから当たり前だが。

 それより、カッセルに連れて行かれてしまったパテリアはどうしているだろう。フィデスさんとともに捕虜になって、辛い仕打ちを受けてはいないだろうか。いつも三人で捕虜に一緒にいたから、パテリアがいないのは寂しい。
 そうだ、パテリアは必ず帰ってくる。その日までマギーと二人で頑張って待っていよう。ローズ騎士団なんかに負けるものか・・・
「ミユウちゃん、籠を持っていこう」
 トリルは気を取り直して腰を上げた。
「はーい」
 トリルが呼び掛けるとミユウは積み重ねられた十個ほどの籠を軽々と抱えあげた。小柄なのに力持ちだ。
「えー、半分持つよ」
「大丈夫です、先輩は休んでいてください」
「えらい」
 持ち上げた籠に隠れるようにしてミユウが奥の部屋に入っていった。

 州都軍務部の監察官スミレ・アルタクインはその後もずっとシュロスに留まっていた。
 ローラに痛め付けられた文官のフラーベルは回復したものの、連日、騎士団からの命令に追われっぱなしの状態だった。スミレは経理や書類の作成などを手伝っていたが、騎士団の文官のニコレット・モントゥーが執務室に顔を出してあれこれ指示を出してくる。ニコレットはフラーベルを自分の配下に置いたつもりでいるのだ。ローラと違い乱暴ではないのがせめてもの救いだった。
 ところが、騎士団の命令で執務室からも閉め出されてしまった。仕方なく月光軍団の隊員と一緒に食堂で働いていた。スミレは遅い食事をすませ、使った皿を洗って調理場の片隅に腰を下ろした。

 そこへ、メイド姿のミユウが大きな籠を幾つも抱えてやってきた。
「どう、もう慣れた?」
「はい、レモンさんやトリルちゃんがいろいろと教えてくれるので」
 ミユウは籠を置くとスミレの隣に膝をついた。
「ご報告があります、フィデスさんの件ですが」
 ミユウの表情が一変して眼光が鋭くなった。
 カッセル守備隊に捕虜になっていた副隊長のフィデス・ステンマルクとその部下のパテリアが帰還したことについて、スミレはすでにミユウから報告を受けていた。二人は月光軍団の隊員と再会することが叶わず、ローズ騎士団の手に落ちてしまったのだった。騎士団にフィデスを奪われたのは返す返すも失敗だった。何もかもが後手に回っている状態だ。
「申し訳ありません、戻って来たことに気付くのが遅れ、騎士団に身柄を拘束されてしまいました」
 月光軍団のフィデスを奪われたのはミユウの責任ではない。
「カッセルから無事に帰ってきたというのに・・・」
 捕虜にされた者は拷問や奴隷扱いは当たり前だが、潜入したミユウの報告によると、その二人は待遇が良かったという。フィデスは捕虜になっていたときにはカッセル守備隊の内情を見聞きしていたはずだ。監獄に入れるよりもそれを聞き出す方が得策であろう。
 もう一人の捕虜になっていたパテリアという隊員も心配だ。トリルやマギーが知ったなら会わせてくれと言い出すだろう。
「これ、夕方の郵便馬車で届きました」
 ミユウがポケットから取り出したのは州都の軍務部からの手紙だった。先日スミレが送った報告書への返事だろう。
「フラーベルさんの執務室で手紙の仕分けをしていて見つけたので、コッソリ抜いておきました」
「さすがだわ。騎士団のニコレットという隊員から事務を執る部屋に入るなと言われてね。手紙の中に知られては困ることが書いてあるかもしれないと心配だった」
「本来の任務は隠しておいた方がいいでしょう」
「ああ、この状況では深入りしすぎると危険だ」
「そういえば、騎士団の文官のニコレットさん、あの人、フラーベルさんに気があるみたいです。廊下でベタベタしているのを見てしまいました」
「フラーベルさんとニコレットが・・・」
「ニコレットさんは利用価値があるかもしれません」
「それはいいが・・・微妙な問題に深入りしないように」
 ミユウまたメイドの顔に戻り食堂へと戻っていった。すぐに大きな笑い声が上がった。レモンたちとうまくやっているようだった。
 
 東部州都軍務部スミレの部下ミユウがローズ騎士団に潜入した。メイドとして潜り込むことができたのだ。どんな手段を使ったかは分からないが見込んだだけのことはある。
 さっそく軍務部からの手紙を抜き取ってスミレに渡してくれた。手紙には監察任務について、騎士団に知られたくない秘密事項も書かれていた。これが騎士団に見られていたらと思うとゾッとした。拷問どころではすまされないだろう。
 月光軍団のフラーベルと騎士団の文官ニコレットが急接近しているという一件、ミユウの言う通り、騎士団を切り崩す手掛かりになるかもしれない。
     *****        
 どうして、こんなことになってしまったのだろう・・・
 月光軍団の文官フラーベルは次から次へと起こる事態に茫然自失になっていた。
 執務室の机の上には書類が積み重なっている。これでも少しは片付いた方だ。ローズ騎士団のニコレットが事務を手伝ってくれている。命令ばかりだった初めの頃とは大きな変わりようだ。
 それはうれしいのだが、ニコレットから特別の関係になるように迫られていた。最初のうちは跪けとか脚を舐めろと言われた。それが、最近では乱暴なことはされず優しく接してくれていた。人気のない廊下で手をつないだり、食事中に顔を寄せ合って食べたりした。そして、昨夜はついに抱きしめられた。
「ナンリさんを助けてあげたいでしょ。だったら、あなたしだいよ、わかってるわよね」
 いい香りのする吐息が耳にかかり、しなやかな指が胸をまさぐる。
 ナンリを監獄から出してくれるのなら・・・フラーベルは目を閉じニコレットの腕に抱かれた。
「フラーベルのこと気に入っちゃった」
 ニコレットの顔がすぐ目の前にあった・・・
 
 ・・・ノックの音で我に返った。
「どうぞ、開いてるわ」
 入ってきたのは新しく雇ったメイドだった。城砦のメイドに採用されたが、すぐにローズ騎士団の目に留まり、副団長の身の回りの世話をしているらしい。スミレから、騎士団の手先か、さもなければ守備隊のスパイかもしれないと忠告された。
 メイドが持ってきたのは郵便馬車で届いた手紙の束だった。慣れた手つきで手紙を仕分けている。念のためフラーベルが点検したが、間違いはたった一点だけで、他の手紙は正しい部署宛てに区分けしてあった。教えてもいないのに良くできるなと感心した。
 フラーベルは手紙をローズ騎士団の元へ届けてもらいたいと頼んだ。今はすべての手紙を騎士団が検閲しているのだ。
 メイドが部屋を出て行った後で、そういえばまだ名前を聞いていなかったことに気付いた。名前を聞いたかもしれないが忙しくて忘れてしまった。
 執務室を出たメイドのミユウは手紙の束から目的の一通を取り出すと内ポケットに押し込んだ。それから何食わぬ顔で階段を下りた。
    *****
 スミレ・アルタクインは図書室に籠った。
 ローズ騎士団はシュロスの城砦に居座り続けている。副団長のローラはカッセル守備隊と戦うことを選んだのだ。
 騎士団は山賊に襲われ、ずぶ濡れでシュロスへたどり着いた。そのまま王宮へ戻れば恥を晒して逃げ帰ったと揶揄される。守備隊と戦うのは、その屈辱を晴らすためだ。守備隊に勝利すれば堂々と王宮に引き上げられる。その時には監獄に入っているナンリやフィデスが解放される可能性もあるだろう。
 スミレはフィデス・ステンマルクに関する隊員記録を広げた。
 フィデスはカッセル守備隊との戦いでは、当初は留守部隊として騎士団の接待の準備にあたっていた。それが直前になって出陣を言い渡され、部下のナンリとともに戦場に赴いたと記されてある。どうやら予備兵力だったようだ。フィデスは戦いの初期には守備隊の副隊長補佐や指揮官を捕虜にした。後に奪還されてしまうのだが大きな功績を挙げていたのだ。
 スミレは若い隊員のトリルの話を思い出した。ナンリは守備隊の指揮官たちを捕らえ、それを自分たちの手柄にしてくれたとのことだった。この件には上官のフィデスも関与していた。初陣の若い隊員を引き立てようとしていたのだ。それが、捕虜になり、勤めを終えて帰ってみれば、騎士団のビビアン・ローラによって処罰されたのでは気の毒でならない。
 副隊長という立場上、軍事裁判で責任を問われるのは当然だが、厳しくても降格処分で済むのではないかと思われた。フィデスはナンリと力を合わせ月光軍団を立て直す人物だったはずだ。しかし、ローズ騎士団が部隊長のナンリを投獄したりフィデスを拘束したのは、結果的に戦力を大幅に減少させるだけだ。
 スミレは捕虜の二人がカッセルから帰還したことはトリルたちには話していない。フィデスに会いたいと騒げば騎士団の魔の手が伸びてくるだろう。
 ミユウの報告では、フィデスはカッセル守備隊のエルダと親密な関係だったそうだ。

 その時の様子をミユウはこう語った・・・
『司令官を暗殺するべきだったでしょうか』
 監獄で前隊長の仲間が襲いかかったとき、ミユウは思わず司令官のエルダを救った。
『その後、偵察員であることをエルダに見破られました。殺されると覚悟したのですが、フィデスさんに引き合わせてくれて、城砦から追放されただけですみました。何だかお互いに助け合ったみたいでした』
『捕虜の無事を確認する方が大事だった。エルダを助けた選択は間違っていないよ』
『ありがとうございます』
『ミユウ、お前、もしかしたらエルダに気に入られたのかもしれないな』

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 これでようやく全体の三分の一までくることができました。


連載第47回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-17 13:25:47 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 19話

 第十一章【捕虜の取調べ】②

 フィデス・ステンマルクが通されたのは隊長室だった。スワン・フロイジアが使っていた部屋だ。もう亡くなっているので部屋の主は不在となった。そこを騎士団が使用しているらしい。それだけでただならぬ雰囲気を感じた。

 部屋に入ってきた時からすでに足元が危うかった。背が高く、長い脚だけに余計にそれが目立つ。
 これがローズ騎士団なのか。確かに美人だ。キリリとした顔、つり上がった眉、目力が半端ではない。
 副団長ビビアン・ローラは椅子に座ったが、すぐに椅子が固いと言って立ち上がった。
「レモン」
 入り口に立っていた二人のメイドのうち小柄な方を呼んだ。
「椅子よ、椅子。ウイッ、いつも言ってるでしょ、レモン、気が利かないねえ」
 このメイドたちは騎士団が連れてきたのだろう、シュロスではこれまで見かけたことがなかった。ローラが命じるとメイドのレモンは床に膝と両手を床に付いた。
 フィデスが何が始まるのかと訝しく思っていると、ローラはメイドの背中に跨った。
「おっと・・・とっ」
 勢いが良すぎてローラがバランスを崩した。
「椅子が動くって、バカ、そんなことは聞いてないれす」
 人を椅子にするとは、自分の召使いだとしても何と酷いことだ。
「立ってないで、あんたは、そこ」
 参謀のマイヤールが床を指す。フィデスには床に座れと言うのだ。これも屈辱的な仕打ちだが、メイドを椅子替わりにする異常な状況を見せられては受け入れざるを得なかった。カッセルで貴族のお嬢様が床に座り、捕虜のフィデスと対等な目線で話してくれたのを思い出した。
 フィデスは言われるままに膝を折って床に座った。目の前には椅子にされているメイドが、そしてローラの長い脚があった。

「ローズ騎士団副団長、ビビアン・ローラ様よ。頭が高い」
 参謀のマイヤールに言われて頭を下げた。
「月光軍団副隊長フィデスです。カッセル守備隊に捕虜になっていましたが・・・」
「お黙り、誰が口をきいていいと言ったの」
 いきなり咎められてビクッと震えた。
「は、はい、すみません」
「お前、よくヌケヌケと戻ってこれたわね。負けたうえにだよ、ウ~イ、捕虜になって、あのさ、恥ずかしくないの」
「申し訳ありません」
「捕虜になっていたっていうのは、ウ~イ、その、ほんろうかって訊いてんの」
 本当と言うつもりが呂律が回らなくなって「ほんろう」になった。
「ローラ様は、本当に捕虜になっていたのかと尋ねているのよ」
 参謀のマイヤールがローラの言ったことを通訳した。
「元気そうだし。だって、月光軍団の参謀や部隊長は大怪我してるのに、捕虜が無傷だなんておかしい。そうですよね、ローラ様」
「そういうことれす。向こうでさ、何してたの。捕虜なんて鎖で縛られるとか、拷問とかさ、監獄にぶち込まれちゃうんじゃないの」
 鎖、拷問、監獄、どれもこれもローラが自分でやっていることだ。
「炊事や農作業はさせられましたが、縛られることはありませんでした」
「あれ、縛られなかったんだってさ。そりゃあ、良かったですねえ。ふふん、それでもって、帰る時は馬車に乗せてもらったって言うじゃあ~りませんか。こっちなんか散々だった、川にドボン・・・」
 酔いが回ってきて自分たちが山賊に襲われて川に転落したことまで喋るところだった。
「何でもございません・・・捕虜にしては、やけに良い待遇だったらしいから、あんたが羨ましくなっちゃったぁ」
 ローラが伸びあがった拍子にレモンがバランスを崩した。
「おおっと・・・椅子が揺れるから、ちょっとばかし目が回っちゃいました」
 ワインで酔っているのだが身体がフラつくのをレモンのせいにした。

「ダメだよコイツは・・・そこの、その新入りに交代」
 もう一人のメイドが手招きされた。
「ミユウ、ご指名だよ。雇われてそうそうにローラ様の椅子になるんだから光栄だと思いなさい」
「はい」
 メイドのミユウがレモンの側に膝を付いた。
「レモンさん、あたしが代わります」
「ありがとう、ミユウちゃん」
 ミユウはレモンと同じように椅子の姿勢をとったが、慣れていないのでどことなくぎごちない。ローラがミユウの背中に座り直した。
「あっ、うくく」
 初めての経験にびっくりして呻いたものの、ミユウは何とか椅子の格好を崩さずに踏みとどまった。レモンよりは身体能力がありそうだ。
「そうです、新入りはこれくらい頑張りましょう」
 ローラはミユウを押し潰すかのようにグイグイと揺すった。
「潰れないように頑張ってよ、お前には期待しちゃっているんだから、いいメイドだよね~」
「はいっ・・・」
 ミユウは顔を歪めながらも懸命に耐えている。
「あ、ありが、とう、ござい・・・ます」
 フィデスは椅子にされた二人目のメイドの顔に何となく見覚えがあった。カッセルで捕虜になってすぐの頃、エルダが部屋に連れてきたメイドがいた。その後は顔を合わせることはなかっが、四つん這いになっているのはカッセルで見たメイドのような気がする。カッセルからシュロスへ流れて来たのだろうか。
 それにしても、酷い取り調べの仕方だ。パテリアのことが心配になった。パテリアは別々に事情を訊かれているのだ。問い詰められて、酒場に行ったことなどを話してはいなければいいのだが。

「副団長、取り調べを続けてください」
「ヤメた。だって、のんびりしてたところへいきなり帰ってくるんだもの、もっとワインを・・・」
「それでしたら、尋問は切り上げて、手短にご採決を」
 参謀のマイヤールはローラがすっかり酔っているので手短にと催促した。
「ええと、誰だっけ、この人、そうれした、州都の監察官だった。お前、こっちのこと探っているんだよね。スパイだってことはとっくにバレバレだ」
 スミレと聞いて椅子になっているミユウがピクリとした。
 フィデスもそれを聞き逃さなかった。
 州都から監察官が来ているようだ。おそらく月光軍団の敗戦の調査が目的だろう。州都の軍務部による尋問、調査であれば素直に応じるところだが、王宮のローズ騎士団から取調べられるのにはいささか疑問がある。
「副団長、監察官ではなく月光軍団の副隊長です。先ほどは・・・カッセルでの捕虜の期間に待遇が良かったというところまで訊き出しました」
「そうだ・・・やっぱり守備隊のヤツと楽しくお喋りして帰ってきたんだ。待遇がいいのは、裏切り者だからでしょう。やっぱり敵国でご親切にされたんだね」
 フィデスはバロンギア帝国の同胞に裏切り者と言われるのは心外だ。
「祖国を裏切るようなことはしていません」
「バカ、お前、アレ、戦場でアレを見逃しただろう・・・ウッヒ」
「カッセル守備隊の見習い隊員を助けたことよ」
 マイヤールが言った。
「そ、それはですね」
 フィデスは返答に詰まる。
「ほら、それだ。大当たりぃ」
 ローラがパチンと手を叩いた。
「何でも知ってるんだよ、こっちは。ウップ・・・敵を助けちゃったら裏切り者なんだよ。ゼンゼン反則で規律違反だって、さあ」
 ローラが前屈みになったのでフィデスに酒の匂いがする息が掛かった。
「あたしは、ワインなんか・・・飲んでないですよ~。お酒飲んで、違反しちゃって、何か文句ございましゅか」
「いえ」
「だからさ、正直に言ってごらん、敵を見逃したんでしょう」
 参謀のマイヤールが念を押した。
「カッセル守備隊の撤収部隊に甲冑を着ていない兵が数人いましたので・・・」
 お嬢様の顔が浮かんだ。
「アイツもそんな言い訳してた・・・すぐバレたくせに、ほら、お前の子分の、ええと、また忘れた。ちょっと飲みすぎたかなぁ、ナ・・・」
「部隊長のナンリですよ」
 参謀のマイヤールからナンリの名を聞いてフィデスは動揺を隠せない。
「ナンリはどこですか」
「聞いてなかったの? 規律違反で牢屋にぶち込んじゃったんだ。さっき言ったじゃん」
 ナンリが投獄された・・・聞き間違いではないのか。どうしてそんなことが起こるのだ。
「ナンリに会わせてください。私の部下です」
「どうしますか、副団長」
「いいれすよ、とことん会わせてあげちゃおう。というか、お前も同罪だから、仲良く牢屋に入っていればいい」
 ローラが人間椅子からふらふらと立ち上がった。
 椅子になっていたメイドがスッと起き上がった。その目付きはメイドにしては鋭く輝いていた。
     
 壊れかかった鉄格子の奥・・・ジメジメした暗い穴倉。岩肌が剥き出しの壁、天井からはポトリと水が滴っている。
 ナンリは長いこと使われていなかった土牢に放り込まれていた。
 何日経ったのか分からない、昼か夜かも定かではない。首輪を嵌められ、鎖で壁に繋がれている。自由になるのは一日に一回の食事の時だけだ。それがすむと、また鎖で縛られる。
 まるで獣だ。
 髪はバサバサになり服は擦り切れて、身体はどす黒く汚れた。唯一の救いは、騎士団のメイドのレモンが毎日食事を運んでくれることだ。焼き印を押し付けられた背中の痛みも和らいできた。もう一人のメイドが塗ってくれた薬が効いているのだ。本当に州都の外科医イサンハルのような名医だ。
 こんな身体でも治癒力は残っているようだ。このまま死んでなるものかと歯を食いしばった。

 ビビアン・ローラは機嫌よく鼻歌を歌っている。フィデスは後に付いて兵舎の裏手を歩いた。その先に何があったかを思い出してぞっとした。
「ここだよ」
 灰色のレンガの壁の前で立ち止まった。壁には腰までの高さの穴が開き、錆びて壊れた鉄格子が取り付けてある。階段は風化して崩れかけていた。地下牢へと続く階段だ。
 ナンリは地下の牢獄に入れられているのだ。フィデスでさえ一度も足を踏み入れたことのない地下牢に・・・
「ここよ、先に行きなさい」
 ローズ騎士団参謀のマイヤールに促されてフィデスは慎重に階段を下りた。一歩踏み出すたびに、その先はますます暗くなる。澱んだ空気、籠った湿気、すえた臭いが鼻をつく。
 こんなところにナンリがいるのか。
「・・・」
 薄暗い牢獄に何かが蠢く気配がした。
「うっ」
 鎖で繋がれ地面に転がっている人間。下を向いているので顔は見えない。
「・・・ナンリ」
 震える声で呼びかけると顔を上げた。
「 ? ? 」
「ああ、ナンリ」
 髪は乱れ顔は土で黒く汚れているが、間違いない、それは部下のナンリだった。

 ナンリが信じられないといった眼差しでフィデスを見つめた。言葉にはならず、動物のようなうめき声を発するだけだ。フィデスに近づこうとして踏ん張ったが鎖に引き戻され無様に倒れた。
「何でこんな酷いことをするのです。出してください、ナンリをここから出して・・・」
「出すわけないじゃん。お前も入るんだよ」
 ローラが階段の上から怒鳴った。

 ナンリは何度も格子戸の方を見た。
 しかし、そこには、その姿はなかった。今のは見間違いだったのだろうか。
 混濁した意識の中で、一瞬だけフィデスの姿が映し出された。
 カッセルに捕虜にされていたフィデスが帰ってきた。捕虜を勤め上げて生還したのだ。無事だったろうか、怪我はしていないか。
 こんなところにいる場合ではない。牢獄から出なければ・・・
 ダメだ。
 首が締まり、身体は繋がれたままだった。冷たい土間に岩の壁、絶望的な状況は何も変わらない。
 ・・・今のは、夢か、幻だったのか。
 そうだ、幻だ・・・
 フィデスさんなら、すぐにでも救い出してくれるはずだから。

<作者より>

 本日もお立ち寄りくださいまして、ありがとうございます。

 さて、【フィデスの独白ー1】で、フィデスは監獄入れられていました。しかし、捕虜となったカッセルでは、むしろ厚遇されたのでした。どこか矛盾しますね。ということは・・・