かおるこ 小説の部屋

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連載第46回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-16 14:17:43 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 18話

 第十一章【捕虜の取調べ】①

 国境までということだったが、守備隊のリーナはシュロスの城砦が見える辺りまで送ってくれた。そのうえ、フィデス・ステンマルクに馬車を与えて自分は歩いて帰ると言った。フィデスは捕虜の身でありながら馬車で帰還できるわけだ。もっとも、その馬車はもともとは月光軍団の物だったから取り戻しただけにすぎない。だが、破れた幌は新調してあり車輪や荷台には修理した跡があった。

 フィデスは馭者席に座り手綱を取ったが、すぐには走り出さなかった。
 捕囚生活から帰還できた喜びとともに月光軍団が敗北したことの責任が重くのしかかってきた。無事に退却できただろうか。あれだけの負傷者を抱えての撤退は、さぞや困難だったに違いない。指揮を執ったナンリの顔を見るまでは安心できなかった。副隊長として敗戦の責任を取る覚悟はある。裁判のため州都の軍務部に呼び出され、シュロスの城砦にいられるのは、一日か二日だけかもしれない。
 もう少しカッセルにいたかった・・・エルダさんと二人で。

「フィデスさん、そろそろ出発しましょう」
 パテリアに促されてフィデスは手綱を引いた。馬車の運転には慣れているが、逸る心を抑えゆっくりと走らせた。その気持ちが馬にも通じたのか手綱に合わせてコツコツと歩んだ。しっかり調教してあるようだ。この馬車と馬だけでも今の月光軍団にとっては相当な価値があると思った。
 丘を越えると一気に視界が開けた。見慣れた山々、流れる雲、澄んだ空気、鳥の啼き声、そしてこの匂い。
 やっとシュロスへ帰ってくることができた。赤土の道、どこまでも広がる畑、その先には城砦の尖塔の屋根も見え隠れしている。懐かしい風景を見て漠然と抱いていた不安は吹き飛んだ。
「やっと着いたー」
「パテリアちゃん、よく頑張ったね。ここまで来たらもう安心だよ」
「最初は怖かったけど、みんな親切だった」
 パテリアがお腹を摩った。
「少し太ったかな」
「戦闘に備えて厳しく訓練します、覚悟しなさい」
「は~い。だけど、守備隊の人と仲良くなったから戦うのは無理みたい」
 確かにそうだ。フィデスも戦う気持ちなどはとっくに失せていた。カッセル守備隊の司令官エルダと何度も愛し合ったのだ。すぐに戦闘モードに切り替えることなどできようがない。
 しかし、パテリアの手前、
「そこは気持ちを新たにして、今度こそ絶対に勝たないとね」
 と言った。
 フィデスたちはカッセルの城砦に捕虜になりながらまったく無傷で生還した。しかも、身代金と引き換えでもなかった。何という奇跡だろう。
 城砦に入ったら最初にすることを確認しておく。まず、亡くなった人たちへの慰霊をおこなう。次に戦場で怪我をした隊員の見舞いだ。
 そして・・・ナンリの顔が見たい。
 城砦の塔が大きくなった。門の扉も見えてきた。あと少しだ。
「私たちは戦争に負けて捕虜になったけど、無事に帰ってこれたのだから、胸を張っていいんだよ」
「はいっ」
「よし、その調子」

 城砦に着いた。
 門番の兵は見知らぬ顔だった。これも敗戦の結果なのだろう。フィデスは何と話しかけていいものか迷った。カッセルから無事に生還したと言っても信じてもらえるだろうか。その時はナンリを呼べばいい。ナンリはすっ飛んで来るに違いない。驚く顔が見たいものだ。
 ところが、二人の乗った馬車は橋を渡ったところで止められてしまった。門の中には入れない、馬車の荷台にとどまり外へ出てはいけないと言われた。
 そのまま一時間ほど待たされた。
 もしかするとローズ騎士団は王宮には帰らず、まだシュロスに滞在しているのではないか。文官のフラーベルは接待に追われていて忙しいのだろう。それにしても、こんなに長く待たされるとは。シュロスの城砦は我が家も同然なのに・・・
 何かおかしい、フィデスは次第に不安になってきた。
     *****
「ゲホッ」
 せっかくのワインがむせてしまった。
 参謀のマイヤールから、カッセルに捕虜になっていた兵が帰ってきたという報告を受けた時、ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラはワインを飲んでいた。
 王宮から武器、鎧兜、金貨、ワインなどを手配したが、届くのは明後日になるとのことだ。仕方ないので州都から取り寄せたワインを飲んだ。本来であれば州都から来ている監察官とやらが貢物としてワインを届けるべきなのに、融通の効かない頭の固い監察官だ。
「・・・それで、何だっけ」
 参謀のマイヤールに聞き返した。
「カッセルから捕虜が帰還しました」
「そうだった。こんな時に帰ってくるなんて、どこのバカよ」
「帰ってきたのは二人で、一人は副隊長のフィデスと名乗っているそうです」
 その名前には何となく聞き覚えがあった。
「副隊長っていうのは、ナンリの部隊のアレかな」
「そうです。フィデスはナンリの上官に当たる者です」
「待たせておきなさい、忙しいんだから、ヒック」
 忙しいといっても、ただワインを飲んでいるだけだ。

 ローラは部屋の隅に控えているメイドを呼んだ。新しく雇い入れた女だった。これが思わぬ拾い物だった。聞けば、酒場で働いていたところを兵舎のメイドに採用されたという。文官のニコレット・モントゥーが下働きをさせてみると、テキパキとよく動き、仕事の呑み込みが早かった。さっそく月光軍団から横取りしてやった。
 ニコレットが目を付けたとあって、なかなか気が利くメイドだ。今も、炒った豆を盛ったトレイをスッと差し出した。ちょうど、何かつまみが欲しかったところだった。召使いはこうでなくてはならない。しかも、何を言いつけても嫌な顔を見せない。本当にどんな命令でも服従するかどうか試してみたくなった。何事も初めが肝心である。
「あまり待たせると、捕虜が騒ぎ出すかもしれません。自分の部下であるナンリに会わせろなどと言い出したら困ります」
 ナンリは焼き印を押し付けて地下牢に投げ込んである。
「しょうがない、会ってやりまふか。で、どこにいるの、おおかた拷問でもされて怪我しているんでしょう。ああ、イヤだ」
「門の前で、乗ってきた馬車に待たせてあります。門番の話では、これといって怪我はないようで」
「あちゃ~、捕虜のくせして馬車とはね」
 ローラたち騎士団は川に落ちて泥だらけでたどり着いたとういのに、捕虜が馬車に乗っているというのが癪に障った。
「ヤメた。明日にしよう。酔ってるし、顔赤いでしょ。それにナンリのヤツ、痛め付けちゃったもの。焼き印がバレたらヤバイじゃん。ていうか、死んでたらどうしよう」
 ローラが手を延ばそうとしたが参謀のマイヤールがワイングラスを遠ざけた。
「月光軍団のコーリアスやミレイの証言では、フィデスも敵の隊員を逃がしたと言っていたではありませんでしたか」
「だから何だって言うの。面倒な仕事は明日にして、それよりワイン飲ませて」
「規律違反です」
「やだぁ、勤務中に飲むのは、規律違反だってわかってるけど、マイヤールまでもがお堅いことは言わないでよ」
「違います、その副隊長のフィデスが違反なのです」
「なあんだ、そっちれすか」
 酔いが回ってきてローラの言葉遣いが怪しくなってきた。
「違反、キリーツ違反。みんなでヤレば怖くないって。フィデスもナンリと同罪だ」
「しかも、地位の高い副隊長ですから、部隊長のナンリよりは重罪に問えると思います。副団長として厳しく尋問してください」
「厳しくやったらさ、私もヤバいんじゃない。ワインがバレちゃう。私も有罪とか言われちゃったりしないかな」
「ご自分にはほどほどに」
「それがいい。ご自分には優しく他人には厳しくするぅ・・・ヒック」
 そう言ってローラはグラスのワインを飲みほした。
「また違反やっちゃったぁ、規律違反、サイコー」
 すかさず、メイドがワインの瓶を差し出した。
「あらら、ウレシ~イ。もう一杯飲んでもいいでしょ、だって、コイツが勧めるんだもん」
「どうやら、この女はお役に立ちそうですね。月光軍団から引き抜いてきた甲斐があったというものです」
「そうだ、コイツの名前、まだ聞いてなかったじゃん」
「ほら、ローラ様のお許しが出たよ。名前を名乗りなさい」
 マイヤールに言われてメイドが顔を上げた。
「はい。メイドのミユウと申します。よろしくお願いします」

 フィデスとパテリアはようやく城砦の中に入った。
 捕虜から帰ってきたら、城砦に入るには許可が必要になっていた。案内の者に尋ねると、ローズ騎士団の命令だという。騎士団は王宮にも州都にも帰らずシュロスの城砦に留まっていたのだ。フィデスにとってまったく想定外の事態である。
 二人は兵舎の前で降ろされ別々に連れていかれた。不安な表情を見せるパテリアに、困ったらフラーベルを呼んでもらうよう頼みなさいと言うのが精一杯だった。

 

<作者より>

 本日もご訪問いただき、ありがとうございます。


連載第45回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-15 15:40:24 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 17話

 第十章【フィデスの独白ー3】

「捕虜の期間は終わりよ、二日後に帰ってもいいわ」
 捕虜になって十二日目のことでした。隊長のアリスさんにそう言われました。解放はまだまだ先だと思っていたので一緒に捕虜になっていたパテリアと抱き合って喜びました。
 いつもより念入りに部屋の掃除をしました。それからパテリアはスターチさんや三姉妹と一緒に町へ出かけました。
 シュロスの城砦と月光軍団の状況に思いを馳せました。ナンリが指揮を執ったのですから、必ずや全員無事に退却できたことと信じます。来訪していたローズ騎士団はすでに王宮へ帰っていることでしょう。月光軍団の立て直しが急務です。州都の軍務部に敗戦の責任を問われることは間違いありません。もしかしたら、すでに州都の軍務部が調査員を派遣している頃かもしれません。

 私はエルダさんと二人きりでした。
 ローズ騎士団のことが話題になりました。
 王宮の親衛隊ローズ騎士団は辺境の視察が目的なので、戦いの準備はしていないと思われます。月光軍団の敗戦を目の当たりにしても戦いに出てこれないだろうということで一致しました。しかも、エルダさんはローズ騎士団が困るようなことを仕掛けたと言ったのです。チュレスタを出発した騎士団の荷馬車を襲い金貨や衣装などを奪い取ったのでした。レイチェルたち三姉妹が山賊の一団と組んでやったそうです。そういえば三姉妹はカッセルへ帰還する時に姿が見えませんでした。密かにチュレスタに潜入していたのでした。金貨を奪われたのでは戦闘どころではありません、騎士団は早々に引き上げるしかないでしょう。
 騎士団から敗北の責任を問われないだろうかとか、いろいろ思案していましたが、事態はそれほど悪くないかもしれません。
「月光軍団の副隊長たちに、大怪我をさせたこと、あれはやり過ぎたかもしれない」
 エルダさんは副隊長たちを鞭で打ったことを言いました。
「私たちは人数ではとうてい敵わなかったから、無事に退却するためには仕方がなかったんです」
「分かるわ。こっちもアリスさんや、レイチェルを酷い目に遭わせたし・・・エルダさんも」
 私はエルダさんの髪に手をやりました。その髪は戦いの中で捕虜になった時に短く切り落とされたのでした。
「こんなに短く切ってしまって」
「戦争よね、戦場だった・・・でも」
 エルダさんは床に座りました。
「ごめんなさい。許してください」
 そう言って両手を付いて頭を下げたのです。
「あの人たちの一生を台無しにしてしまったかもしれない。私が命令したんです。私がやれと命じたんです。手を下した隊員には責任はありません。私がいけなかった・・・ごめんなさい」
「エルダさん」
「雷で倒れた隊員にも取り返しのつかないことをしてしまった。謝っても遅いけど、ごめんなさい、全部、私が悪かったんです」
 すすり泣く声が聞こえました。エルダさんは魔法使いのカンナが死んだことを謝罪したのです。まるで自分が殺害したかのような言い方です。けれどカンナはたまたま雷が落ちて命を失ったのでした。
「今度、戦いになったら私は死んでも構わない。どうせ命を落とすのなら、フィデスさん・・・あなたに殺されたい」
「そんなことできない。できるわけがない、だって」
 私はエルダさんの手を取りました。
「エルダさんが好きだから」
 一目見た時から、初めて会った時から、私はエルダさんが好きでした。
 そして捕虜になってから、私たちはお互いに愛し合ったのでした。
 好きな人を、愛する人を、エルダさんを、殺せるはずがありません。
「ずっと一緒にいたいけど、フィデスさんにはシュロスでの生活がある。いつまでもカッセルに引き留めておくわけにはいかない。家族や友達、月光軍団のナンリさんたちも待っていることでしょう」
「私のこと、そんなにまで思ってくれているのね」
 エルダさんが顔を上げて私を見つめました。
「フィデスさんのためなら、いつかフィデスさんのために、私の、私の命を捧げたい」
 それからエルダさんがポツリと言いました。
「私も帰りたい。でも、帰るところが分からないの。帰るところが・・・分からないんです」
 帰るところが分からない。
 いったいどういうことでしょうか。私にはその意味が理解できませんでした。
 その夜、私はエルダさんとしっかり抱き合いました。

 シュロスの城砦へ帰る日がきました。

 その朝、私はレイチェルと二人になりました。私は思い切って話してみました。
「レイチェル、あの時・・・」
 しかし、そこで言葉に詰まりました。
 レイチェルは私の目を見て黙って頷きました。
 間違いありません。
 そうです、その目は確かにあの時、見たものです。私とナンリを見逃してくれた目でした。しかも、レイチェルの胸に下がっているペンダントには、怪物の首に掛かっていた物と同じ宝石が付いていたのです。
 あの怪物の正体はレイチェルだったのです。信じられないことですが、レイチェルの肉体には何か特殊な能力が備わっているのです。
 恨みが込み上げてきました。憎しみが湧き上がってきました。けれどもそれは一瞬で、すぐに私は恨みも憎しみも捨てました。
 私たちは怪物に襲われ、怪物、いえ、レイチェルに助けられたのです。
 私たちを助けてくれたお礼を言わなければなりません。
「ありがとう・・・助けてくれて」
 私は涙が止まりません。

 このことは絶対に黙っていようと決心しました。

 私はアリスさんとカエデさん、ロッティーさんに別れの挨拶をし、エルダさんの元へ行きました。
「こんなに早く帰してくれて、ありがとう」
「こちらこそ、いろいろ話ができて嬉しかったわ」
「敗戦軍の捕虜だったのに、丁寧に扱っていただいたことを感謝します。捕虜になって良かったと思うくらいだわ」
 エルダさんが私の手を取りました。
「どう・・・指のキズ、見せて」
 昨夜、私はうっかりして包丁で指を切ってしまいました。血が床にも滴りました。側にいたエルダさんが右手の人差し指を傷口に宛てました。すると不思議なことが起きました。たちまち血が止まり傷口が塞がって痛みもなくなったのです。怪我を治せる不思議な手です。エルダさんは魔法を使ったのよと言って笑いました。
「いつでも使えるというわけでもないけど・・・好きな人にだけ」

 別れる前にどうしても言いたいとことがありました。
 レイチェルのことです。月光軍団を壊滅させたのは、怪物、いえ、怪物に姿を変えたレイチェルでした。そして、私とナンリを見逃して助けてくれたのもレイチェルだったのです。
「私・・・私とナンリは・・・レイチェルに」
 そこで言葉に詰まりました。
「レイチェルに・・・助けてもらいました。命を救ってもらいました」
 エルダさんも頷きます。
 私たちは強く抱き合いました。

 いよいよ出発です。
 国境付近まで馬車で送ってくれることになりました。馬車はリーナさんが運転してくれます。
 ベルネさん、スターチさんがいます、もちろん三姉妹も。そして、お嬢様はというとボロボロと泣き出してお付きのアンナさんに手を焼かせています。
「また会いましょう」
 私とパテリアは手を振りました。
 しかし、再び会うとき、それは戦場で会うことになります。会いたいけれど、また戦わなくてはならないのです。

 こうして私たちはカッセルでの捕囚生活を終え、シュロスの城砦へ帰ることになりました。

 ところが、そのシュロスでは恐ろしい事態が待ち受けていたのです。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 ここからノンストップで最後までいきたいと思います。


連載第44回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-13 14:47:27 | 小説

<ご注意>

 本日掲載分には人体に焼きゴテを押し当てるシーンがあります。

 

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 中編 16話

 第九章【監禁】②

 スミレ・アルタクインは知らせを聞いてトリルとともに医務室へ駆けつけた。
 医務室の寝台にフラーベルが寝かされていた。ローズ騎士団の文官ニコレット・モントゥーが見張っているので近づくのを躊躇った。しかし、ニコレットはスミレの姿を見ると側へ来るように手招きした。
 フラーベルは目を閉じて眠っているように見えた。暴行を受けて気絶したのだ。だが、騎士団のニコレットのいる前では、その怒りを露わにするのも、そして慰めの言葉を口にするのも憚られる。黙ってフラーベルの手を握りしめた。
 トリルは耐え切れずに顔を覆って泣き崩れた。
「・・・ぅつ」
 別のすすり泣く声がした。泣いているのは騎士団の文官ニコレットだった。
「ちょっとだけ、外に出ているから・・・」
 ニコレットは泣いていたことを見られまいとしてか、席を立って部屋を出て行った。
 スミレはニコレットの後ろ姿に頭を下げた。

 病室を出たニコレットはフラーベルに何か食べさせようと食堂に行った。
 果物か、お菓子があればいい。フラーベルはきっと喜んでくれるだろう。
 ニコレットは、副団長のローラがフラーベルの背後からのしかかっているのを見てしまった。あまりの衝撃に正視できなかいくらいだった。
 私ならフラーベルを抱きしめ、美しい顔を見つめ・・・優しくキスをする。
 食堂には誰も見当たらなかったが、奥の炊事場で人声がした。戸口にいたメイドに尋ねる。
「水と、果物、リンゴか何かありませんか。具合の悪い者に食べさせたいのですが」
「倉庫へ入って自由に取ってください。メイドがいるはずです・・・でも、新入りだから分かるかしら」
 どうやら新しいメイドを雇ったらしい。騎士団でもメイドを探しているのだが、なかなか見つからなかった。参謀のマイヤールには城砦のメイドから適当な女を引き抜くようにと言われていた。
「果物、リンゴはありますか」
「はい、リンゴですね」
 倉庫の入り口で声を掛けると、メイドが棚の下の箱からリンゴを取り出した。新しく雇われたというにしては、迷うことなくリンゴを探し出した。身のこなしも敏捷なようである。
「あなた、いつからここに」
「採用されたばかりです。よろしくお願いします」
「そう、頑張ってね・・・このリンゴ、病人に食べさせたいんだけど」
「はい、でしたら、すり下ろしてハチミツをかけましょう」
 あれこれ気が利くメイドだ。
 ニコレットはそこで思い出した。このメイドは地下牢に行ったときレモンに従っていた女だった。城砦のメイドでありながら、ナンリを虐めているのを見ても知らん振りをしていた。騎士団に取り入ろうという魂胆があるに違いない。これなら副団長の側に置いても役に立つだろう。このメイドを採用してみようかと思った。
 さっそく、そのメイドにリンゴを持たせてフラーベルのいる病室へ戻った。

 ニコレットが病室に戻ってきたのは三十分以上過ぎてからだった。フラーベルのために食堂で水と食べ物を取ってきたという。メイドがトレイを差し出した。
「リンゴをお持ちしました、すり下ろしておきました」
 州都軍務部のスミレはメイドを見てびっくりした。そのメイドはカッセルの城砦に偵察員として送り込んだミユウだったのだ。
 スミレはそっと部屋を出た。ミユウもトレイをトリルに預けて外へ出る。

「スミレさん、やっと会えました」
「ミユウ、いつからここに」
「カッセルでの偵察を終え、シュロスには二日前に着きました。昨日から城砦のメイドになっています。すぐにもお知らせしたかったのですが、なにやらひどく混乱しているようでしたので」
「どこから話を・・・まずは、カッセルの話だ。捕虜は、二人は無事か」
「はい、月光軍団の二人は丁寧な扱いを受けています。捕虜というよりはお客様みたいでした。どうやら指揮官のエルダが、いえ、その後、司令官に昇格しました」
「司令官になったのか、それは昇進だな」
「ええ、人事を取り仕切っているようでした」
「かなり残虐なことをしたと聞いているが」
「そのようですね。ただ、なぜか、捕虜のフィデスさんとは親密そうでした」
「戦いの中でフィデスさんが見習い隊員を助けたことがあったそうだ。その見返りだろうか」
「なるほど」
 ミユウはカッセルでお嬢様と呼ばれている隊員がいたことを思い出した。
「貴族のお嬢様と称する者がいました、たぶんそのことではないでしょうか」
「辺境に貴族とはあり得ない話だ」
「その一方で、エルダは守備隊の前の幹部を拘束していました。自分たちを見捨てて逃げたことへの報復だということでした」
 あれもこれも、スミレにとっては初めて聞く情報だった。さすがは偵察員である、ミユウを送り込んだ甲斐があったというものだ。
「シュロスではローズ騎士団が我が物顔に振舞っていて、大変な状況だ。いま、どうなっているのか把握できないくらいだ」
「ローズ騎士団に乗っ取られたのですね。実は、昨日、ナンリさんが監獄に入れられているのを確認しました」
「どうだった、心配しているのだが面会させてもらえない」
「土牢に入れられています」
「それは酷い。敵の捕虜でさえ土牢へ監禁することは禁止されているというのに」
「ナンリさんは元気でした・・・」
 ミユウはそう言ったあとに、
「・・・思ったよりは
 と付け加えた。
 シュロスではローズ騎士団がナンリを投獄し、カッセルでもエルダが前隊長を監禁している。どちらも身内には厳しい仕打ちだ。というより、仲間だからこそ、微妙な感情のもつれがそうさせるのかもしれない。
「レモンさんという騎士団のメイドが、こっそりナンリさんの世話をしてくれています」
「そのメイドは知っている・・・ミユウ、騎士団に潜入できるか」
 ミユウが頷いた。
     *****
 浅い眠りから覚めぼんやりしていると外へ連れ出された。しばらく歩いていなかったので足元がふらついた。
 兵舎の裏庭に月光軍団の隊員とローズ騎士団が集まっている。中央にはビビアン・ローラが腕組みをして立っていた。
「これからナンリを処刑する」
 参謀のマイヤールが宣言した。
 ナンリが連れてこられた。騎士団のシフォンたちに両脇を抱えられている。
「ナンリさん!」
 月光軍団の隊員からはざわめきが起こった。隊列の後方にいたスミレも思わず前に進み出た。
 いつ以来だろうか、その姿を見たのは。かなりやつれてはいるものの精悍な顔つきは変わらない。だが、立っているのさえ辛そうに見えた。
 スミレは心が痛んだ。
 そして、これから始まることを想像していたたまれなくなった。
 ナンリがスミレを見止め、目が合って二三度頷いた。スミレはナンリが大丈夫だと言ったように思えた。

 脇を抱えていた隊員が手を放したのでナンリはぐらりと揺れた。前屈みになりながらもナンリはビビアン・ローラを見上げた。
「死ねっ」
 ローラが足を振り上げた瞬間、ナンリは本能的に身体をひねってよけた。
 ビシッ
 爪先がナンリのこめかみを掠めた。
「うっ」
 ナンリは地面に膝を付いたが倒れずに踏みとどまる。
「裏切ったヤツはこの通りだ。よく見ておくがいい」
 ローラがナンリの胸を蹴った。
 ガシッ
 それでもナンリは倒れない。ローラのキックを胸で受け止めたのだ。
 こんな蹴りで倒れるようなナンリさんではない。シュロス月光軍団のトリルは拳をギュッと握りしめた。

 ローラはナンリの髪を掴んで押し下げようとした。それをナンリは両手を突っ張り懸命に堪える。
 ここで頭を下げたら月光軍団が屈したのと同じことになる。
「くくっ、うう」
 ナンリは歯を食いしばってローラを睨んだ。ローラはさらに力を込めて頭を押し続ける。負けじとナンリがぐいと頭を持ち上げた。
「こうしてやる」
 敵わぬと思ったのか、ローラがナンリの頭を引き上げた。
「うっ」
 頭を引き上げておいてはすぐに押し込む。ガクガクと頭が上下する。それが何度か繰り返され、ついに力が尽きた。ナンリはローラに屈して頭を地面に押し付けられた。ローラはグリグリとナンリの顔を地面に擦りつけた。
 月光軍団のトリルは涙がこみ上げてきた。フラーベルさんも、そしてナンリさんまでもが残酷な仕打ちを受けなければならないとは。
 ローラの暴行は終わらない。ナンリの腹部に蹴りをみまった。数発の蹴りを受け、ナンリはぐったりとなった。
「ふん、こんなものよ」と、ナンリの髪を掴んで得意そうに引きずりまわした。

 そして、
「月光軍団はローズ騎士団の配下になった。シュロスの城砦は我々が支配する」
 ビビアン・ローラは高らかに宣言した。
 ローズ騎士団が月光軍団を、そしてシュロスを制圧したことを。
 
 しかし、これで終わったわけではなかった。
 参謀のマイヤールががナンリの服を引き裂いた。そこへシフォンとミズキの手によって熱したコテが運ばれてきた。
 スミレは背筋が凍り付いた。
 こんなことが許されるはずがない。
 しかし、ここで飛び出したら騎士団に捕らえられる。自分に与えられた任務は騎士団の監察業務なのだ。
 この蛮行をしっかりと見届けるしかない・・・
「やめてー」
 トリルが悲鳴を上げる。
「ナンリさんっ」
 トリルが飛び出そうとするのをスミレが制した。ここで捕まったらトリルまでもが騎士団の標的になってしまう。
 スミレは自分が処刑を止めようとした。
「待ってください」
 スミレが一歩踏み出したとき、
「来るなッ」
 ナンリが叫んでスミレを押しとどめた。そしてローラに向かって裸の上半身を指し示した。
「やれるものなら、やるがいい」
 お互いに庇い合って助け合うスミレとナンリ。
 それを見てローラが逆上した。
「ふん、いい度胸だわ」
 熱した焼き印をグイッと握った。
「コイツは戦場で敵を見逃した裏切り者である。裏切り者がどうなるか、よく見ておくがいい」
 ローラがナンリの背中に焼き印を押し当てた。
 ジュッ
「ツハギャアー ギャアアア」
 肉が焦げる臭いがした。
「ウウーン・・・」
 月光軍団のナンリは気を失って暗い闇に落ちていった。

 


連載第43回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-12 14:19:59 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 15話

 第九章【監禁】①

 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは祝杯のワインを飲み干した。
 月光軍団参謀のコーリアスはすでに騎士団の配下になり、副隊長のミレイも従順を誓った。敗戦の責任は部隊長のナンリに押し付け監獄に放り込んである。下っ端の隊員にはカッセル守備隊との戦いで騎士団を守る盾になってもらう役目を与えた。
 文官のフラーベルも言いなりだった。歓迎のつもりで「脚比べ」をしたらあっけなく気絶した。これでは召使いなど務まるものではない。フラーベルには文官として接待をさせる方が賢明だ。代わりの召使いが必要だったので、事務を取り仕切るニコレットに、シュロスの城砦のメイドを引き抜けと命じた。
 参謀も副隊長もそして事務方の文官も服従させたので、これで月光軍団を手中に収めたのである。

 気になることといえば、東部州都の軍務部から調査のための人員が来ていることだった。月光軍団の取調べだそうだが、それにしてはシュロスに来るのが早過ぎる。月光軍団が出陣した時点で、すでに州都には情報が届いていたのだろう。そうでもなければ、こんなに早く駆けつけられるものではない。
 そのうちナンリに会わせろと言ってくるかもしれないが、その時は一緒に監獄に入れてやろう。牢屋でゆっくり調査すればいいのだ。
 そして次は、カッセル守備隊との戦いだ。守備隊を叩き潰して壊滅させ、バロンギア帝国ローズ騎士団の名を辺境に轟かせるのだ。いっそのことルーラント公国との国境線を大幅に拡張してもいい。そのために、強力な爆弾兵器を大量に届けるよう手配した。カッセル守備隊など威力のある爆弾で木っ端微塵だ。
     *****
 月光軍団のナンリは薄暗い牢獄に監禁されていた。縛られた両手が壁に鎖で固定されているので身動きがままならない。
 まさか、地下牢に監禁されようとは思ってもみなかった。
 ローズ騎士団から告げられた罪状は、戦場で敵の隊員を見逃した『規律違反』だった。見習い隊員を見逃したのは事実だ。あのお嬢様を思い出す。あれを殺せと言うのか、あれを殺して何の手柄になるというのだ。
 満足に寝ていないので頭がボンヤリしてきた・・・
 ここはどこだ・・・戦場か・・・
 指揮官のエルダがレイチェルを探していた。あの時、レイチェルはどこにいたのか。ああ、そうだった、崖から落とされたのだった。レイチェルが姿を消して、その後で怪物が現れた。レイチェルと入れ替わるようにして・・・まるで、レイチェルが怪物に変身したかのようにさえ思える・・・
  
 ガチャリ 
 鉄格子を開けてローラが入ってきた。副団長のビビアン・ローラ様御一行である。参謀のマイヤール、文官のニコレットたちが前後を守るように固めている。後ろには召使いのレモンがパンを乗せたトレイを持ち、さらにもう一人メイドが付き従っていた。
「生きていてよかった。死んだら虐められないからね」
 ローラはナンリの背中を蹴った。
 最初に見た時は戦場帰りのオーラにたじたじとなったものだが、かなり弱ってきたとみえる。そろそろ月光軍団の隊員を集めて公開処刑にしてもいい頃だ。
「レモン、パンを・・・パンをやりなさい」
 ローラに言われてレモンが床にパンを置いた。
「王宮と違ってここのパンはカチンカチンでマズいわ。だから、私が美味しくしてあげる」
 靴でパンを踏み潰した。潰れたパンが床に練り込まれローラの靴の底にこびりついた。
「さあ、食べなさい」
 ナンリは犬のように四つん這いになって靴に付いたパンを齧った。ローラは靴の底をナンリの顔に擦りつけ、こびりついたパンを削ぎ落とそうとした。ナンリは言われるままに、潰れたパンを靴底から剝がすようにして口に入れている。

 気がすんだのか、ローラは後始末しておけと命じて出て行った。

 副団長のビビアン・ローラがいなくなるのを見届け、召使いのレモンがナンリの傍らに屈みこんだ。エプロンでナンリの顔を拭い、顔に付いたパンを拭き取った。
「ああ、ありがとう」
 ナンリは人心地ついた。
 レモンというメイドは昨日も干し肉や果物を持ってきてくれた。騎士団の専属らしいが、レモンの助けがなかったら、もっと弱っていたかもしれない。今日はもう一人メイドがいた。初めて見る顔だった。
「・・・ん」
 ナンリは新しいメイドの立ち姿が気になった。身体の構えができている。牢獄の中で戦闘態勢を取っていたのだ。同僚のメイドに対して身構えるはずはない、となると、監禁されている自分に対してなのか。
 もしかしてカッセル守備隊の偵察員が潜入したのか。
 指揮官のエルダならやりそうなことだ。
「どうぞ、これを」
 レモンがポケットから別のパンを取り出した。ナンリは新顔のメイドを目の隅で追いながら新しいパンを口にした。パンにはソーセージが挟んであった。ほどよく塩味の効いたソーセージだ。ローラの靴に踏み潰されたパンとは違って、何とおいしいことか。水筒の水を飲ませてもらうと、たちまち身体に生気が蘇ってくるのを感じた。
「ナンリさん、話を聞いてください」
 レモンが辺りを憚るように振り返った。もう一人のメイドは何も聞いていないとでもいうようにクルリと背中を向けた。
「州都の軍務部から来ているスミレさんという人に会ったんです。ナンリさんが捕らえられていることを話しておきました」
 後ろを向いたメイドの目が鋭く光った。
「それで、スミレは何と」
「この状況に驚いていました。それから・・・フラーベルさんのことですが」
「フラーベル、フラーベルはどうしているんですか」
 フラーベルと聞いてナンリは激しくもがいた。今にも鎖を引きちぎらんばかりだ。
「その人は・・・ローラ様に意地悪をされ、今は医務室で休んでいます」
「フラーベルまでも・・・」
 ナンリはガックリとうなだれた。
「お気を強く持ってください、ナンリさん」
 もう一人のメイドがナンリの耳元で言った。知らぬ間に近づいていたのだ。
「その怪我・・・イサンハルに診てもらいましょうか」
「?」

 メイドたちが出て行くと再び錠前が掛けられた。
 何と言うことだ、フラーベルが副団長のローラに目を付けられてしまった。それでも、監獄に入れられることだけは免れたようだ。フラーベルに監獄は辛すぎる。
 この分では月光軍団が解体されるのは避けられそうにないだろう。州都軍務部のスミレの力を借りたいところだが、それにも限度がある。深入りするとスミレの身にも危険が及んでしまう。
 イサンハル・・・ナンリはあのメイドが言った言葉を思い出した。
 イサンハルとは士官学校の軍医の名前である。
 なぜ知っているのだ、士官学校の軍医の名を・・・あのメイドは密かに協力者だと言ったのかもしれない。そう思うと、少し心強くなった。
 これしきの痛みにも、騎士団にも負けてなるものか。何としてもここを脱出したい。
 エルダさんはどうしているだろうか。エルダさんなら、この危機的状況を打開してくれるはずだ。それに、正体は不明だが味方とおぼしきメイドもいる。
 味方・・・エルダが・・・
 いや、そんなことはあり得ないと、すぐに否定した。
「来るはずがない」
 月光軍団のナンリの頭を過ったのは、カッセル守備隊のエルダが救出に来てくれることだった。

 スミレ・アルタクインは知らせを聞いてトリルとともに医務室へ駆けつけた。
 医務室の寝台にフラーベルが寝かされていた。ローズ騎士団の文官ニコレット・モントゥーが見張っているので近づくのを躊躇った。しかし、ニコレットはスミレの姿を見ると側へ来るように手招きした。
 フラーベルは目を閉じて眠っているように見えた。暴行を受けて気絶したのだ。だが、騎士団のニコレットのいる前では、その怒りを露わにするのも、そして慰めの言葉を口にするのも憚られる。黙ってフラーベルの手を握りしめた。
 トリルは耐え切れずに顔を覆って泣き崩れた。
「・・・ぅつ」
 別のすすり泣く声がした。泣いているのは騎士団の文官ニコレットだった。
「ちょっとだけ、外に出ているから・・・」
 ニコレットは泣いていたことを見られまいとしてか、席を立って部屋を出て行った。
 スミレはニコレットの後ろ姿に頭を下げた。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 投稿してみて手直ししたいところも目につくのですが、その時の勢いに任せた方がいい部分もあるし・・・

 


連載第42回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-11 14:07:21 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 14話

 第八章【忍び寄る魔の手】②

 ワインを取りに行ったマイヤールが食堂に居合わせたフラーベルを連行してきた。
 なかなかの美人である。ローラは一目見てフラーベルが気に入った。召使いに欲しくなった、夜の召使いにもなりそうだ。
 美貌に見惚れて滞在費を請求することなどあっさり忘れてしまった。
「お前、私の召使いになれ」
 召使いとは・・・文官のニコレットは副団長に目を付けられてしまったので困惑した。
「召使い・・・ですか」
「新しい召使いが欲しかったの・・・コイツは」
 部屋の隅にいるレモンを指差した。
「レモンはお払い箱だわ。お前の方がいいもの、専属の召使いにしたい」 
 フラーベルは美人だし気品もある。シュロスにいる間だけでなくそのまま王宮にお持ち帰りしてもいい。
「わ、私には事務の仕事がありまして、州都への報告書を作成したり・・・」
「州都への報告はこっちでするわ。今後はニコレットが城砦の事務や経理を取り仕切るのよ」
「はい、お任せください」
 フラーベルと一緒に仕事ができることになりそうなのでニコレットは嬉しくなった。

「そういえば、すでに東部州都の軍務部から調査員みたいのが来ていましたよ」
 参謀のマイヤールが言った。
「州都の軍務部・・・手回しがいいことね」
「スミレとかいう女です。敗戦の状況を調べている様子でした」
「敗北の戦犯はもう分ってる。部隊長の・・・ナンリとかいう名の者だ」
 ナンリの名前が出てきたのでフラーベルは動揺した。
「そいつを厳しく取り調べた。州都への報告書なんかは、こっちで書いておくわ」
「ほらね、あなたの仕事を減らしてあげているのよ、感謝しなさい」
「お前は言うなりに金を出せばいいだけ」
「ナンリは、いえ、部隊長は何と言ったのですか、そのお調べに対して」 
 フラーベルはすがるように尋ねたが、ローラはそれを遮り、
「ちょっと、そのワイン見せてよ」
 と、ビンを手に取った。
「いいワインだわ」
「食堂の奥のワイン倉庫にありました」
「隠してたのね、早く飲みたいよお」
「副団長、乾杯の前に、ナンリを取り調べたんでしたよね」
「そうだった・・・アイツは敗戦の責任を認めたんだ」
「ナンリがですか!」
「戦場で敵を見逃したんだって。規律違反を犯したんだよ。それでアイツは監獄行きにしてあげた、そのうち厳罰に処する」
 責任、規律違反、監獄・・どうしてそんなことが起きるのか。
「ナンリを助けて欲しいか」
「はい・・・」
 ローラが脚を組み替えた。長く伸びた太ももが露わになった。
「お前が言うことを聞けば考えてあげてもいい」

 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラがフラーベルの太ももの撫でた。
 ほどよいむっちり感、スベスベしていて柔らかそうな太もも。触りたくなる、キスしたくなる美しい脚だ。だが、それが気に入らない。美しすぎるフラーベルの脚が許せない。この世に自分の脚よりも美しい脚が存在してはいけないのだ。
 ローラはフラーベルにのしかかって脚を絡ませた。フラーベルの脚の間に割り込み、右脚をフラーベルの左脚に巻き付けた。
「うくく・・・ふふ」
 脚に力を入れグイグイ締め上げる。
「うっ、つほぅ」
 フラーベルのきれいな顔が苦悶に乱れる。それを見るのが楽しい。さらに身体を接近させ肩を抱いて引き寄せた。両足の自由を奪おうとするとフラーベルも脚を絡めてきた。
 美しい二人の女が互いの美脚を絡めて太ももの戦いになった。
 ぶるん、ドタッ、ズズリ、ズリ、ぶるるん、四本の太ももがもつれ合った。
 しかし、王宮の親衛隊たるものが辺境の軍隊の文官に負けるわけにはいかない。自分の方が美人だし脚も綺麗なのだ。ローラは絡めた脚に力を込めて締め上げた。
「フラーベル、お前なんか・・・」
「ああ、ああ・・・うっ」
 次第にフラーベルの脚の力が抜けていくのが分かった。太ももの勝負はローラの勝ちだった。だが、勝ったローラの身体も火照っている。ローラは胸に手を当てて息を整えた。それから、フラーベルを四つん這いさせ、背後から押さえ付けた。
     ***** 
 州都の軍務部のスミレ・アルタクインは兵舎を監視していた。
 今や月光軍団は解体寸前の様相を呈している。
 隊長のスワンを戦闘で失い、副隊長はカッセルに捕虜にされた。これだけでも大きな損失だったが、それに加えて残存部隊もローズ騎士団の監視下に置かれてしまった。ナンリだけでなく文官のフラーベルまでもが騎士団に呼び出されたまま戻ってこなかったのだ。今朝になってフラーベルが事務を執っていた部屋は騎士団に占拠されてしまったのである。
 迂闊であった。
 しかし、あまり動き回ると騎士団に目を付けられてしまうだろう。若い隊員のトリルたちも動揺している様子だった。大きな騒動になる前にナンリとフラーベルを探し出さなければならない。
 しかし、こちらはスミレ一人だ・・・

 ローズ騎士団のメイドが出てきて食堂のある棟に入って行くのが見えた。スミレはすぐに後を追った。
 メイドはスミレの姿を見ると軽くお辞儀をした。
「レモンちゃんだったわね。ちょっと、訊いてもいいかしら・・・」
 スミレはメイドのレモンを食堂の奥に連れていった。カゴや樽が積まれた物置のような場所だ。ここなら誰にも聞かれる心配はない。
 低い椅子が二つ置いてあったので、スミレが先に座ってレモンにも座るよう進めた。するとレモンは、そうするのが当たり前といった仕草で床の土間に膝をついた。騎士団の前ではそうしているのだろうが、これではまるで奴隷だ。スミレも椅子を横にどけて床に腰を下した。
「昨日、私と一緒にいた人、フラーベルさんを探しているんだけど。何か心当たりない?」
「はあ・・・」
 短い沈黙のあとでレモンが言った。
「・・・その人は、召使いになれと言われて」
「召使い!」
 召使いという言葉が頭を駆け巡った。誰がフラーベルを召使いにできるのだ。
「最初は経理のことで、費用を立て替えさせる件だったのですが」
 レモンがその時の状況を話し始めた。
 ローズ騎士団の副団長のビビアン・ローラはフラーベルを気に入り、召使いになれと命じた。そして、フラーベルを跪かせ脚を舐めさせたり、太ももで絞め上げた・・・

 女性同士で何という酷いことをしたのだ。スミレは想像して背筋が寒くなった。
 フラーベルは宿の物置部屋に閉じ込められたので、レモンが背中を摩ったり水を飲ませたという。
「それからフラーベルさんは、ナンリさん助けてと、うわ言を言っていました」
「ナンリ!」
 レモンからナンリの名前が出てきた。
「ナンリさんはどこにいるの」
 レモンは後ろを振り返って誰もいないことを確かめている。ナンリに関する情報を持っているようだが、それも良い内容ではなさそうだ。
「ナンリさんは・・・牢屋に監禁されています」
「牢屋・・・」
 絶句してしまった。
 レモンは取調べの様子を見ていたそうだ。ナンリは戦場で敵を助け、見逃したことにより規律違反の罪を言い渡された。そして、敗戦の責任を取る形で地下の監獄に入れられたのだった。
「ナンリさんはぐるぐる巻きに縛られ、壁に繋がれていました」
 今日になってようやく食事を許されたので、レモンがパンと水を持って行って世話をした。
「ありがとう、よく話してくれたわ」
  スミレは礼を言ってレモンを送り出した。

 ローズ騎士団に城砦を乗っ取られた・・・
 事態はスミレ・アルタクインが思ってもみなかった方向に進んでいる。

 

<作者より>

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