「X性とノイズ」
2005年の夏の蒸し暑い夜、誘導灯を振る地回りに500円玉を渡し、僕たちの乗るホンダ・シビックはだだっ広い空き地に停車した。もう九時過ぎだというのに、この即席駐車場はほぼ満車だった。入口の割高なたこ焼きやフランクフルトを売る屋台には、子供たちや茶髪でジャージ姿の姉ちゃんたちが群がり、嬌声を上げたり地面にツバを吐いたりしながらヒマを持て余している。つまり女子供はここで待たされているのだろう。さながら祭りのような体裁を繕っているこの不穏な催しは所謂一つの泥棒市というやつなのだが、当時その土地の新聞社に勤めていた友人のH君から「今度、◯◯山の方で市があるらしい」という情報を受け、僕と友人のFは誘われるがままこれに同行したのだった。三人が車を降りて会場に到着すると、入口のにぎわいとは裏腹に砂利を踏む音だけが耳に入ってくるくらいの静けさに身が引き締まる。そして目をぎらつかせた男たちだけが忙しく行き交う一種異様な光景に目を奪われる。この時、Fがぼそっと「この感じ、Xだな」と呟いたのを僕は聞き逃さなかった。男たちの年齢層は少年~老人と幅広く、同様に目的も様々だった。ワケがありすぎるバイクを無免許で入手しようとする者、地回りの資金源である膨大な裏DVDの中に独自のファンタジーを見い出そうとする者、ブランド服のバッタもんを大量に買い占め転売を目論む者などが、灯のない暗闇の中に突如現れた市の中で、懐中電灯片手にひしめき合っている。それはまるで、患者の口腔を無理矢理こじ開け、特殊な器具で虫歯の在処を調べる歯科医どもの群像劇を見ているかのようだった。もっとも、この場にいた我々全員が、じめじめした巨大な暗闇の中に息を凝らして潜みながら、繁殖を企む虫歯菌そのものだったのかもしれないが。しかしこの中には、地回りの誘いを断ることが出来ず嫌々参加しているような気の弱い出店者も数名いて、僕はかったるそうに地べたに座っているくたびれた親父の“古本コーナー”でTAIJIの著書『伝説のバンド「X」の 生と死―宇宙を翔ける友へ』を購入し、会場を後にした……。
'70年代末に中学生だったYOSHIKIが幼なじみのTOSHIとともに千葉県館山市で初めて結成したバンドの名前は「NOISE」だった。暴走族のアクセルミュージックが、残虐スプラッターのスチール写真をちぎった紙吹雪が、カマシとしての英語の濫用の果てに生み出された稚拙なポエジーの数々が、ヴァイオレットフィズ&セブンスター味のゲロが、石けんと栗の花のにおいに満ちた惨めなセックスとオナニーが、今もパラレルワールドにおけるよど号のように中空を彷徨っていて、それらが(灰野敬二が何処か遠い国の人に用意させた)100台のハイワットから一斉出力される轟音ノイズとなって茶の間を床下から揺さぶる──そんなX性の噴出に僕は今でも焦がれているし、それは最早X JAPANが担えるものではないのだが、やはり問われるべきはノイズ自体の現れ方ではないだろうか、と思う。
アート倉持(モデル)
※『モーニング・ツー』誌(No.34)/ 西島大介氏連載『I Care Because You Do』欄外 /『nu』誌(Vol.5,1)所収