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「冬の光、君の声」

2024-11-26 06:37:02 | 日記

 

 

「冬の光、君の声」

冷たい風が街路樹を揺らし、灰色の空が冬の終わりを告げるようだった。2月、受験シーズン真っ只中の放課後、僕は図書館で英単語帳とにらめっこしていた。周りは同じように参考書や問題集を広げた受験生たちで溢れている。静かな空気の中、鉛筆の走る音だけが響く。

そんな時、隣の席に小さな音を立てて誰かが座った。視線を上げると、そこには見覚えのある横顔があった。山下ひかり。クラスメイトで、席は遠いけれど、名前の通り光のように明るい笑顔が印象的な子だ。

「集中してる?」
僕が返事をする間もなく、ひかりは軽く笑いながら英語の参考書を開いた。その何気ない仕草が妙に印象に残った。

「今日は図書館?」
「うん、家だと弟が騒がしくてね。」
「そっか、大変だね。」

彼女とこんなふうに話すのは初めてだった。学校では友達に囲まれている彼女を遠くから眺めるだけで、接点なんてほとんどなかった。だけど、その日は不思議と会話が途切れることなく続いた。

それから何度か図書館で会ううちに、僕たちは自然と一緒に勉強するようになった。問題を解き終えた後の雑談がいつしか楽しみになっていた。

「ここ、分かる?」
ある日、彼女が数学の問題を指さして聞いてきた。得意分野だった僕は解き方を教えた。ひかりは感心したように目を輝かせ、「すごいね!」と笑った。その笑顔を見るたびに、胸がざわついた。

でも、同時に分かっていた。受験が終われば、僕たちは違う道を進む。僕は地元の大学を志望していて、ひかりは東京の美術系の学校を目指していた。

「ねえ、受験終わったら何がしたい?」
図書館の帰り道、彼女が突然聞いてきた。夕方の光がオレンジ色に染まり、ひかりの横顔を優しく包んでいた。

「うーん…とりあえずは寝たいかな。ずっと勉強ばっかりだし。」
「確かに、それはあるね。」

彼女は少しだけ笑ってから、遠くを見つめるように言った。
「私は…東京に行ったらいろんな絵を描きたいな。好きな風景とか、知らない街の人たちとか。」

その時、どうしても言葉が出てこなかった。彼女が輝いて見えた一方で、僕はその輝きから遠ざかるような気がしていた。

そして、3月。受験結果が発表された。僕も彼女も第一志望に合格した。だけど、嬉しさと同時に訪れたのは、避けられない別れだった。

最後に彼女と会ったのは、卒業式の日だった。みんなが記念写真を撮ったり、涙を流したりしている中、僕たちは校庭の隅で静かに話していた。

「おめでとう、第一志望合格。」
「そっちこそ、おめでとう。」

お互いに少し照れくさそうに笑った。僕たちは結局、告白も何もせずにここまで来た。でも、それでよかったんだと思う。

「東京でも頑張ってね。」
「ありがとう。そっちも。」

握手を交わしたその瞬間、僕は彼女の手の温かさを覚えた。

彼女が校門を出て行く後ろ姿を見送りながら、心の中で小さく呟いた。
「ありがとう、ひかり。」

春の風が吹き抜け、彼女の髪を揺らしながら遠ざかっていった。彼女の後ろ姿が小さくなるまで、僕はずっとその場に立ち尽くしていた。

そして、僕は新しい季節を迎える準備をするために、前を向いて歩き出した。