コヤスノキという木をご存じですか。トベラの仲間で、ちょうどこの季節に淡い黄色い花を咲かせます。なんの変哲もない植物に見えますが、じつは珍しい植物です。

とはいえ、トベラと比べると花は小さく、花付きも多くありませんので、華やかさもなく、遠目から見ても花が咲いているのかどうか気づきにくいかもしれません。

トベラ同様に花には匂いがありますが、トベラほど強くはありません。また、トベラの葉は先端が丸みを帯びていますが、コヤスノキは尖っています。

そして、トベラの花は咲き始めが真っ白で咲き進むにつれ黄色くなっていきますが、コヤスノキは咲き始めから淡い黄色い色をしていて咲き進むにつれその色が濃くなっていきます。

(咲き始めの花)

(咲き進んだ花)
このコヤスノキが珍しい植物であると冒頭で書いた理由は、じつは日本には兵庫県南西部から岡山県南東部にかけての山地にしか分布していないからです。今回見に行ってきたコヤスノキは、自生地の一つである兵庫県相生市に鎮座する磐座神社境内の社叢林にあり、兵庫県の天然記念物に指定されています。コヤスノキは幻の木といわれ、香島村(現たつの市)出身で在野の博物学者である大上宇市さんが明治33(1900)年に発見し、牧野富太郎博士によって世界に発表されました。

磐座神社の鳥居をくぐってすぐ、コヤスノキの説明板が目に入りました。このあたりにコヤスノキが植えられているのかなと思い周囲を見渡しても最初は花らしきものが見えませんでした。花期は5月頃ということだったので、5月下旬だとひょっとしたら時期が遅かったかと思いながらもう一度見渡してみると、1本だけ花を咲かせていました。すべての木ではありませんが、このような立て札もつけられています。

この場所には2本ほどあり、本殿近くにも数本ありました。ただし、全体的になんだか弱っているようにも感じられ、そう思って見ていると、数本の木には根元から大人の背丈ほどの高さまで、樹幹にネットが巻かれていました。

鹿対策かなと思っておりましたら、帰り際に神社近くの田んぼの畦に鹿の糞があり、タイミングよく鹿の鳴き声まで聞こえてきました。

近年、あちこちで鹿の食害の話を聞きますし、数少ないとなると保全が大変だと想像できます。なんとか後世に残していきたいものですが、少し調べてみましたら、磐座神社のコヤスノキは平成29(2017)年度に、森林総合研究所が開設している後継樹を無料で増殖するサービス「林木遺伝子銀行110番」に受け入れられたようです。とはいえ、現存するコヤスノキも枯損しないよう見守ることも大切です。
なお、コヤスノキという和名の由来は詳しくわからないそうですが、このコヤスノキは健康な枝が折れても、折れた場所から新しい枝が生えてくる性質があり、この新しく生えてきた枝を子供に譬えて、この木の葉を安産のお守りとすることもあり、このことから「子安の木」と呼ばれるようになったのかもしれません。
磐座神社から少し南に行くと、こちらも県指定の天然記念物のムクノキの大木があります。


こちらの樹幹にはテイカカズラが巻き付いていました。

コヤスノキは京都府立植物園の植物生態園にもあるそうですが、自生種とその花を見ることができて、とても満足です。今回は、見た目にはそれほど珍しい花(樹木)ではありませんが、じつはどこでも見られるわけではないコヤスノキという植物の紹介でした。