「潜入捜査官ハサウェイ『聖人画』」は「オックスフォードミステリー ルイス警部」のファンフィクです
潜入捜査官ハサウェイ『聖人画』①の続きです
読んでいない方は①から読んでください→こちら
「オックスフォードミステリー ルイス警部」はAXNミステリーで放送しているドラマです→こちら
ホームページにキャストの説明がないのでざっと説明しておきます。
ジェームズ・ハサウェイ:このファンフィクの主人公。オックスフォード署ではルイス警部とバディを組んでいる、30代後半の長身でハンサムな刑事。かつて神父を目指して勉強していた。
今日もロビン青年は来るのだろうか、そんなことを考えながら聖堂に続く石畳を歩いているハサウェイ。情熱的だが神経質そうでもあるあの青年のことが気になっている。
聖堂に入っていくと期待した通り青年はいた。昨日と同じように聖人画を見つめている。
ハサウェイに気付き青年は振り返り、人懐こい笑顔で挨拶してきた。
「こんにちは神父様!今日もお会いできた。」
昨日見たときにはどこか陰があるような感じがしたがそれは勘違いだったようだ。明るい表情だし声にも元気がある。
「本当に熱心ですね。」
ハサウェイもつられて笑顔になる。よく見るとロビン青年はスケッチブックを持っている。
「今日はスケッチを?」
「はい。修復に出されるまでに構図くらいなら描けるから。」
見るともう構図はほとんど写せている。ハサウェイが見ているのに気づいてロビン青年はスケッチブックを閉じてしまった。見せたくないのだろう。昨日とは打って変わって今日は無口になっているロビン青年に、ハサウェイは興味を持たないわけにはいかなかった。
「あ!もう行かないと。午後からの仕事に遅れてしまう。神父様にお会いできてよかった。」
大袈裟に時計を見るとロビン青年は足早に去って行った。
次の日もロビン青年は来た。彼の様子は日々変わる。最初に話しかけた日は雄弁で昨日は無口、今日は再び雄弁なロビン青年が顔を出していた。
「この聖人は殉教しているんですよね。」
独り言か話しかけているのかよくわからない言い方だ。
「でもこの絵は殉教の場面を描いてはいないですよね。」
「斬首だから…この聖人は斬首されましたからね。絵にするには少しグロテスクなんでしょう。」
ハサウェイは答える。
「そう思いますか?でも殉教の場面を描く聖人画は多いと思うんですけど。」
「う~ん…ジャンヌ・ダルクなんかは焚刑だけれどよく見るのは旗を持って馬に乗っている場面じゃありませんか?」
「そうか…そうですね。確かに。」
「我々がイメージしやすい聖人のあるべき姿が描かれるのでしょう。」
ハサウェイの言葉にロビン青年は納得がいかないようだった。
今日は雨が降っている。朝食を摂りながらぼんやりと外を見ているハサウェイだったが、ロビンが雨の日は来ないような気がしている自分に気付いた。ほぼ毎日通ってきているロビンが来ないのはなんとなく物足りない気がするのだ。今まではずっと晴れが続いていた。雨の日は彼は来るのだろうか?
杞憂に過ぎなかったことが昼過ぎにはっきりした。ハサウェイが聖堂で今は使われていない燭台を必要もないのに点検していると、ロビンが駆け込んで来た。彼はハサウェイを見るとはにかむように笑った。
「こんにちは神父様」
ロビンは息を切らしながら挨拶し、雨避けのパーカーのフードを脱いだ。
「今日は雨だから来ないのかと思いましたよ。」
ハサウェイは(無意味な)点検をし終わって元あった場所に燭台を戻しながら言う。
「でも今日来てよかったですよ。明日この絵は搬出されることになりましたから。予定が早まったんです。」
「えっ」
ロビンは思った以上にショックなようだった。
「そうなんですか…」
一人でじっくり絵を見たいだろうと思いハサウェイが聖堂から出ていきかけると、ロビンが声をかけてきた。
「神父様、告解をしたいのですが。」
振り返るとロビンが深刻な目つきでこちらを見ている。冗談で言っているわけではなさそうだった。しかしハサウェイは告解を授けたことがない。道半ばにして神父になることをあきらめた彼はその訓練を受けていないのだ。どうしたものか。迷っているとロビンがもう一度言った。
「神父様、告解をさせてください。どうか…」
彼は思い詰めたような目をしている。しかたなくハサウェイは告解を授けることにし、告解室に誘った。
ぎこちなく告解室の椅子に腰かけると格子越しにロビンに声をかけた。
「正直にお話しなさい。」
「昨日、この教会から帰るときに、敷地の端で蟻が行列を作っていました。子どもの頃から蟻の行列を見るのが好きだったんで昨日もしばらくその行列を見ていたんです。そうしたらその行列は何かを運んでいるみたいで、もっとよく見ようと思って僕は屈みました。そしたらバラバラにして運んでいるのは虫の体でした。足とか胴体とか羽とかに細かくバラバラにして運んでいて」
ロビンは意外にもよどみなく話し始めた。
「いくつも運んでいるんです。全てをバラバラにしたみたいで後から後から体の一部を運んでくるのが見えるんです。永遠に体の一部が僕の目の前を通り過ぎていくんじゃないかって。それで僕は思ったんです。」
言葉は途切れた。少し待っても後が続かない。言いづらいのだろう。ハサウェイは迷った。促すべきなのか?もし促すならどう促せばいいのか?
かなり長い沈黙が流れた。沈黙の間ハサウェイは今まで仕事で接してきた陰惨な事件を思い出していた。どの事件も始まりは些細なことだった。近所で小動物のペットがいなくなる事件が起きる。次は小動物の死体が発見される。その次はバラバラになった動物の死体が見つかる。そうやって徐々にエスカレートしていくのだ。しかし静かに時間をかけて怪物は成長していくので誰も気づかない。気づくのはたいてい子どもや女性が行方不明になったころだ。もうその時点では恐ろしい怪物が出来上がっている。もしその怪物がまだ小さなうちに阻止できたていたら。何度思ったことだろう。それが可能なら失わずに済んだ命、尊厳がいくつもあるのだ。刑事をやっていてつらいのはそういう時だった。
そんなことを想像しハサウェイの喉はカラカラになっていた。促さなけれはいけない。そして彼の話す内容次第では神父の誓いを破ることになるのではないかという心配もしていた。なぜなら告解で聞いたことには神父は守秘義務があるが、バラバラで運ばれる虫から彼が連想した事が警察の介入を必要とするかもしれないからだ。ハサウェイには神父として聞いたことでも刑事としての自分が黙っていることはできないだろうと思った。もし彼が猫や犬、あるいは人間の死体を連想していたならば・・・
カラカラの喉の奥から絞り出すように言った。
「どう思ったのですか?」
促されてロビンは続きを話し始めた。
「思い出したんです。子どもの頃、虫の手足を千切って遊ぶのが好きな友達がいて…」
ハサウェイは思わず安堵のため息をついた。なんだそんなことか、と。
「それを見て腹が立ってその友達をなぐってしまったんです。」
「なぐって止めさせたのですか?」
「はい。」
「それが悪いことだったと?」
「はい。なぐらないで言葉で言うべきだったと。」
「確かに」
いい加減にしてくれ、緊張が一気に解けたハサウェイはそんな気分になっていた。
「確かになぐったのはいけないことですが、お友達のしていることはいいことではありません。止めたあなたはいいことをしたのです。あまり気にしないように。」
投げやりになって言い、最後にハサウェイはお決まりの文句をあわてて付け足した。
「あなたの罪を許します。安心して行きなさい」
ハサウェイの投げやりな気持ちはロビンにしっかりと伝わっていて、彼はしょんぼりしてもう帰ろうとしていた。そんなロビンを見ながら思った。虫も殺さぬというのはこんな青年のことを言うのだな、と。
出口のところまで来るとロビンが振り返って言った。
「神父様、あの絵の搬出は何時から始まるのですか?」
意外にも元気な声だった。
「10時からですよ。その前に来れば明日も見られますよ。」
「わかりました!」
悩みを聞いてもらえてすっきりしたのだろうか、ロビンは足取りも軽やかに去って行った。
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