国家戦略室 (アンダーグラウンド)

日本本来の政治、統治、歴史についての研究

12.核兵器は皇道に背く

2016年04月02日 | Weblog

原爆の製造及び保持については昭和天皇ははっきりと否定させ、やめさせようとした。

しかるに杉山、東條はこれを続けさせ、仁科ら科学者もこれを継続していた。核物理学は理論的にはかなり進んでおり、出口王仁三郎は日本が最初に発見し、使えないからとドイツに譲り、ドイツでもやらず、あまりかがやったと言っていたらしい。日本が最初に発見したので日本に落ちたとまで言っている。

ハワイまで飛ぶ核弾頭ミサイルの構想はあったが、実際の製造に関してはウランを調達できず、実験も失敗を繰り返し、実現レベルは程遠かったとも言われている。アメリカでもできるといわれてから実際に完成するまでには相当の失敗を繰り返している。

ところが政府は原爆の保持が第九条に抵触しないなどと言い始めている。これは戦前の杉山、東條の路線を踏襲している。

憲法に抵触しなければ何をやってもよい・・・法治主義の欠陥が浮き彫りにされ始めた。

日本は本来徳治主義の国である。大きくは神徳で天皇陛下が統治する国で国民すべてが徳治を重んじて治められる国である。そうなると法は少なくとも常識が神徳に基づいて考えられるから、天皇が反対した原爆を保持するなどという発想は浮かばない。

このサイトでは過激な思想を紹介してはいるが、原爆の保持に関しては絶対反対であり、これは皇道に反すると明言したい。

戦後日本が原子力発電を続けたのはプロトニュウムの確保と原爆製造の技術を学ぶためであったという説もある。この説は一時笑われてはいたが、必ずしも否定できないようなところもある。

自衛のために原爆を保持と言うが、そういう議論をし始めれば、結局戦前と同じく海外からの侵略を防ぐために他国を攻撃するという議論が始まる。明治の時、日本が朝鮮半島やアジアの大陸に進出していったのは、欧米の植民地化に備えることがきっかけだった、それがしまいには、日本の領土を広げる幻想を見るような軍人を生み出してしまった。

原爆は禁じ手である。

「核は合法だ。だから核武装も選択肢として否定しない」

などという人がいれば、その人は皇道を踏み外しており、右でも左でもない。2.26事件の青年将校のように無頼の輩であり、日本と世界を誤った道に引き入れる。

北朝鮮の軍備が増強され、それに反して日本の軍備も増強される。悪循環である。北朝鮮が核兵器を持っていても、威嚇にせよなんにせよ、核兵器を持つことは日本では許されない。

非核三原則?アメリカの意思?いやいや、天皇が原爆に関してはもってはならないという勅命をみずから口頭で発し、強い意志を持たれていたからだ。

それが昭和天皇であったかとか、文章にされていないというのは言い逃れにしか過ぎない。

また使用しなければ保持してもいいというのは詭弁にしかすぎない。ではなんのために保持するのかといえば、相手を威嚇するためというのであろう。だが相手が使用してこちらが使わずにいられはしない。

原爆によらない解決策が日本には求められている。

 

 

 



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