瑠菜家報(るなちほう)

遊ぶの大好き、食べるの大好きな瑠菜の日々と瑠菜地方の様子を綴ります。

東日本大震災

2011-03-13 15:19:03 | 瑠菜家の出来事
被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。

11日金曜日、いつもは誰か家にいる瑠菜家ですが、この日に限ってみんな外出。
家にいたのはおばあちゃんと瑠菜だけでした。

私はボランティアをしている東京丸の内のビルの中で地震に遭いました。
15階建ての10階の部屋は廻るように大きく、とても長く揺れました。
余震も大きく、来るたびに机の下に避難。
重い引き出しが出入りして、本などが落下しました。
仲間には小学生の子どもがいる方もいて、家や子どもたちのことがとても心配でしたが、
電話も携帯ももちろん不通。
とにかく、皆で帰宅することにしました。

運よく東京駅近くで人が降りるタクシーを見つけて4時前に乗車。
渋滞で止まったまま全く進まない状態で、一緒に帰った友人宅に着いたのが9時半頃。
トイレを借りて、お茶と食べ物をいただいて出発。
家に着いたのは11時過ぎ、何と7時間以上かかりました。

家の中は落下して壊れているものもなく、被害はありませんでした。

瑠菜は、居間と階段までの廊下をワンワン吠えながら何度も走り回っていたようです。
私が帰宅した時には落ち着いて寝ていました。
瑠菜にとってはもちろんですが、母も瑠菜がいて一人より心強かったと思います。


携帯メールは数10分に一度つながって、夫と子どもたちと連絡がつきました。
電車が止まっているので、会社にいるS己と大学近くで仲間と一緒のR也はともかく、
友人と二人でいるS音がとても心配でした。

S己は、夜中に動いた電車で少し移動した後、何キロか歩いて上司の家に泊めてもらえました。
R也も大学近くに部屋を借りていて、いつも泊めてもらっている友人宅へ。
S音は混んで来たマックを追い出され、居酒屋に入ったものの長居はできず、
我が家より近い一緒にいた友人宅へ向かうもそれまで既に数時間歩いているので疲れて断念。
ところが、近くにその友人の親戚が持っているオフィスの宿泊部屋が空いていて、
泊めていただけることになりました。

翌日電車が動いて、全員が帰宅。
みんな揃って無事だったことに感謝しました。


タクシーの中から見える建物はほとんど被害もなく、「あんなに揺れても日本の建物はしっかりしてるね」と言っていましたが、帰宅後TVで震源地近くの被害状況を見て驚きました。
一人でも多く、助け出されることをお祈りしています。


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