福島の浪江町で被災し、今は東京都下の「若駒の郷」でお世話になっている、
元愛馬マイディアサン号に昨日、会いに行ってきました。
若駒の郷は、東京と言っても西多摩郡日ノ出町というところにあり、
私達の自宅からはかなり遠いところです。
それでも、マイディアサンに会えるという嬉しさから、
道中は遠くは感じませんでした。
事前に連絡を入れていたので分かっていたのですが、
8月15日はお休みの日に当たり、係りの人は一人のみ。
私達はマイディアサンに会えればそれだけで良いので、
この日に見学となりました。
ここで一言、お断りを。
私達は、マイディアサンのことを愛情を込めて「マグ」と呼んでいました。
ブログでは、他の方にも分かるように「マイディアサン」と書いてきましたが、
今後は、「マグ」と書かせていただきます。
実は見学を申し込んだ時に、「現役時代に出資していた愛馬」と
お伝えしたところ、お電話口の声が一変し、
「現役時代を知っている方が見たらショックを受けると思います」と
言われていました。
現在の馬主さんの意向で、色々制限があるようなのです。
例えば、馬主さんがいないところでは運動をさせないということもあり、
あまり餌を与えて、元気が有り余ってしまうと危険になるため、
餌も制限して与えざるを得ず、その為、やせ細ったままなのだそう。
ですので、二人ともある程度、覚悟を決めての再会でした。
若駒の郷に到着すると、さっそく下の放牧地にいるマグに会いに行きました。
この時、係りの方から、現在のマグを撮影することはやめて欲しいと言われました。
これも馬主さんの意向とのことで、本当に残念でしたが写真撮影は諦めました。
馬房の前の放牧地の中に、マグはいました。
一緒に助けられたスーパーチャンスは馬房の中にいて、
マグだけが放牧地に出て、柵の上から首を伸ばして草を食べていました。
出資時のツアーから、牧場や山元、そして競馬場で何度となく
見てきたマグでしたが、やはり、当時を知っているものとしては
ショックを受けるような状態でした。
マグは育成時から食い意地が張っていて、
何でも良く食べる仔でした。(推測ですけど。)
どんなに輸送や競馬を経験しても、
所謂、「ガレた」姿を見たことはありませんでした。
アレキサンドライトSを勝った直後に山元で会った時だって、
レース時より14キロも増えていて、
レース後、1週間しか経っていないことを考えると、
本当にこの回復力にはただただビックリした覚えがあります。
そんなマグが、こんなに痩せてしまって…と、
最初は柵越しにマグを撫でながら、涙が出て泣いてしまいました。
それでも、マグがこうして生きていてくれる、
そのことがどんなに奇跡のような出来事なのか良く分かっていますから、
ですから、マグが被災してからここまで、支えてくれた方々に感謝・感謝です。
お土産に持っていった大きな人参とリンゴを、マグはたくさん食べました。
人参は手に持って与えると、3分の1位のところでガリッとかじりとって食べます。
食べても、食べても欲しがるマグに、結局、人参8本、リンゴ2個をあげ、
あまり急に沢山食べて、お腹をこわすといけないと思い、残りは預けて来ました。
通常の牧場見学と違って、時間を気にすることもなく、
目一杯、マグと過ごして来ましたが、人参を貰えなくなると、
暑い放牧地から日陰の馬房に入ってしまい、こちらとしては寂しい思いを。
ま、動物ですから、本能の欲求に忠実な訳です。(笑)
若駒の郷を後にする時、とても後ろ髪を引かれる思いでした。
それでも、またここに来ればマグに会える。
絶対にまた来ようね
主人と二人、そう約束しながら帰って来ました。
写真が撮れなかったので、私たちがマグと触れ合った記録の写真を出来る限り、
時系列順にアップします。
◆新馬戦パドック(2006.10.14 当時2歳)
新馬戦は母と二人で応援に行きました。
◆新馬戦 ウィナーズサークル
見事、新馬勝ちをおさめてくれたマグ。
◆山元TC(2007.1.27 当時3歳)
休養中の山元TCで。
◆上記の見学時、WMで運動するマグ
◆東京競馬場(2008.11.17 当時3歳)
百日草特別から1年後の復帰戦のパドック。
この時は一人で応援に行きました。
結果はブービーでしたけど、無事にレースを終えてくれてホッとしました。
◆山元TC(2008.7.26 当時4歳)
休養中の山元で、おすまし顔のマグ。
変顔のマグ。
馬房から顔を出すマグ。
◆山元TC(2009.9.22 当時5歳)
またもや休養中のマグ。
お約束の馬房から顔を出すマグ。
◆中山競馬場 アレキサンドライトS優勝時(2010.1.23 当時6歳)
レースを終えて興奮しているマグ。
蛯名騎手・厩務員さんとの記念撮影。
◆山元TC(2010.1.30 当時6歳)
オープン馬となって山元に凱旋したマグ。
可愛い~。
◆中山競馬場 マーチS出走時(2010.3.28 当時6歳)
重賞・マーチS(GIII)にも出走しました。
結果は惨敗でしたが、良い想い出です。
◆山元TC(2010.9.28 当時6歳)
休養中(山元好きでしたね。)のマグ。
結局、この後、復帰戦を目の前にして引退。
これが現役時代のマグと触れ合った最後の記憶になりました。
こうして振り返っても「山元TC暮らし」が長い仔でした。
それも、今となっては良い想い出です。
元愛馬マイディアサン号に昨日、会いに行ってきました。
若駒の郷は、東京と言っても西多摩郡日ノ出町というところにあり、
私達の自宅からはかなり遠いところです。
それでも、マイディアサンに会えるという嬉しさから、
道中は遠くは感じませんでした。
事前に連絡を入れていたので分かっていたのですが、
8月15日はお休みの日に当たり、係りの人は一人のみ。
私達はマイディアサンに会えればそれだけで良いので、
この日に見学となりました。
ここで一言、お断りを。
私達は、マイディアサンのことを愛情を込めて「マグ」と呼んでいました。
ブログでは、他の方にも分かるように「マイディアサン」と書いてきましたが、
今後は、「マグ」と書かせていただきます。
実は見学を申し込んだ時に、「現役時代に出資していた愛馬」と
お伝えしたところ、お電話口の声が一変し、
「現役時代を知っている方が見たらショックを受けると思います」と
言われていました。
現在の馬主さんの意向で、色々制限があるようなのです。
例えば、馬主さんがいないところでは運動をさせないということもあり、
あまり餌を与えて、元気が有り余ってしまうと危険になるため、
餌も制限して与えざるを得ず、その為、やせ細ったままなのだそう。
ですので、二人ともある程度、覚悟を決めての再会でした。
若駒の郷に到着すると、さっそく下の放牧地にいるマグに会いに行きました。
この時、係りの方から、現在のマグを撮影することはやめて欲しいと言われました。
これも馬主さんの意向とのことで、本当に残念でしたが写真撮影は諦めました。
馬房の前の放牧地の中に、マグはいました。
一緒に助けられたスーパーチャンスは馬房の中にいて、
マグだけが放牧地に出て、柵の上から首を伸ばして草を食べていました。
出資時のツアーから、牧場や山元、そして競馬場で何度となく
見てきたマグでしたが、やはり、当時を知っているものとしては
ショックを受けるような状態でした。
マグは育成時から食い意地が張っていて、
何でも良く食べる仔でした。(推測ですけど。)
どんなに輸送や競馬を経験しても、
所謂、「ガレた」姿を見たことはありませんでした。
アレキサンドライトSを勝った直後に山元で会った時だって、
レース時より14キロも増えていて、
レース後、1週間しか経っていないことを考えると、
本当にこの回復力にはただただビックリした覚えがあります。
そんなマグが、こんなに痩せてしまって…と、
最初は柵越しにマグを撫でながら、涙が出て泣いてしまいました。
それでも、マグがこうして生きていてくれる、
そのことがどんなに奇跡のような出来事なのか良く分かっていますから、
ですから、マグが被災してからここまで、支えてくれた方々に感謝・感謝です。
お土産に持っていった大きな人参とリンゴを、マグはたくさん食べました。
人参は手に持って与えると、3分の1位のところでガリッとかじりとって食べます。
食べても、食べても欲しがるマグに、結局、人参8本、リンゴ2個をあげ、
あまり急に沢山食べて、お腹をこわすといけないと思い、残りは預けて来ました。
通常の牧場見学と違って、時間を気にすることもなく、
目一杯、マグと過ごして来ましたが、人参を貰えなくなると、
暑い放牧地から日陰の馬房に入ってしまい、こちらとしては寂しい思いを。
ま、動物ですから、本能の欲求に忠実な訳です。(笑)
若駒の郷を後にする時、とても後ろ髪を引かれる思いでした。
それでも、またここに来ればマグに会える。
絶対にまた来ようね
主人と二人、そう約束しながら帰って来ました。
写真が撮れなかったので、私たちがマグと触れ合った記録の写真を出来る限り、
時系列順にアップします。
◆新馬戦パドック(2006.10.14 当時2歳)
新馬戦は母と二人で応援に行きました。
◆新馬戦 ウィナーズサークル
見事、新馬勝ちをおさめてくれたマグ。
◆山元TC(2007.1.27 当時3歳)
休養中の山元TCで。
◆上記の見学時、WMで運動するマグ
◆東京競馬場(2008.11.17 当時3歳)
百日草特別から1年後の復帰戦のパドック。
この時は一人で応援に行きました。
結果はブービーでしたけど、無事にレースを終えてくれてホッとしました。
◆山元TC(2008.7.26 当時4歳)
休養中の山元で、おすまし顔のマグ。
変顔のマグ。
馬房から顔を出すマグ。
◆山元TC(2009.9.22 当時5歳)
またもや休養中のマグ。
お約束の馬房から顔を出すマグ。
◆中山競馬場 アレキサンドライトS優勝時(2010.1.23 当時6歳)
レースを終えて興奮しているマグ。
蛯名騎手・厩務員さんとの記念撮影。
◆山元TC(2010.1.30 当時6歳)
オープン馬となって山元に凱旋したマグ。
可愛い~。
◆中山競馬場 マーチS出走時(2010.3.28 当時6歳)
重賞・マーチS(GIII)にも出走しました。
結果は惨敗でしたが、良い想い出です。
◆山元TC(2010.9.28 当時6歳)
休養中(山元好きでしたね。)のマグ。
結局、この後、復帰戦を目の前にして引退。
これが現役時代のマグと触れ合った最後の記憶になりました。
こうして振り返っても「山元TC暮らし」が長い仔でした。
それも、今となっては良い想い出です。
読んでいて少し切なくなってしまいましたが、
まずは生きていてくれた事に感謝ですね。
すみません。これ以上の言葉はちょっと私の引出しでは出てきません。><
ちなみに警戒区域が解除になったらマグは、
浪江に戻るんですか??
もしそうでしたら、私の住んでる街の隣町ですので、
ちょいちょい情報を送れますよ~
マグへのコメント、ありがとうございます~。
筋肉は落ちてしまい、背骨がとがって見えましたが、
馬自身は元気にしていました。
とにかく、ヴィルのこともあったばかりで、
本当に命があっただけでも嬉しいと、素直に思いました。
警戒区域が解除になった後のことはまだ分かりません。
馬主さんもご自分の生活で大変な時期と思いますし、
しばらくは若駒の郷でお世話になるんじゃないかと思います。
それでも、もし、浪江町に戻るようでしたら、
情報を入れて頂けると、本当に嬉しいです。