観たかったけれど見逃した映画をtvkでやっていたので
あまり期待しないで観る事にしました
と、言うのも、主人公に思い入れがあるので
「違うんじゃないの?」って作り方だと嫌だなと思っていたので
「ヨコハマメリー」
私がメリーさんに会ったのは、今から23年前
当時私は小説にハマリ、人通りの少ない歩道を
単行本を読みながらゆっくり歩いていました、横浜駅からビジネス街へ入る道
前方に人の気配を感じて、立ち止まり、顔を上げたら
真っ白な顔の老婆が目の前に立っていて、私を見つめました
その距離、約50センチ(近っ!)
唖然としている私の横を全身真っ白の老婆はすぅ~っと滑る様に
幽霊の様に、雪女の様に、妖精の様に消えて行きました
「メリーさんだ!!!」
その時の気持ちは言葉では表現しきれません
浜っ子なら、知らない人は居ない「メリーさん」
子供の頃から彼女の存在は聞いていたけれど
会えたのは、これが最初で最後です
映画は放送禁止用語がバンバン出てきます、ピー音無し
凄いぞ!tvk それでこそ「ノンフィクション」 tvk 偉い!
当然不快に思った人も居ると思います
でもね、それが大切なのだと思うのです
日本はそう遠くない昔、差別用語は日常的に使われ、苛めは日常茶飯事
* 現在の苛めとは内容がまったく違います *
そうゆう国だった事実を伝える事、繰り返さない事が大切なんじゃないかなって
ビックリした事もありました
単なる観光地と認識していたある場所に
赤ちゃんの遺体が何体も置き去りにされ
墓守さんが、それを見つけるとその場に埋めていたそうです
戦後の混乱期ですから、検死なんてしないし
誰も騒がない・・・
さすがに観光地だし、まずいという事で
その様な赤ちゃんの遺体を置く墓地を他の場所に作ったそうですが
*「その様な」の説明は控えさせて頂きます、映画を観るとわかります *
そちらの墓地に置かれた赤ちゃんの遺体の数は合計何百体
小さな十字架が沢山あったそうですが
ある日、十字架は抜かれ、今は程更地の様になっています
まるで何も無かったかの様に・・・
この映画は、監督さんが
「子供の頃見かけた白塗りのおばあさんを見かけなくなったけど
どうしているのだろう?」そんな疑問から作られた映画ですが
その疑問は浜っ子なら誰でも思っていた事かもしれません
監督さんに感謝します
メリーさんの実家は横浜ではありません
実家へ帰れば、晩年メリーさんが欲しがった「お部屋」があるのに
なぜ路上生活をしてまで横浜にこだわったのか
その理由を知る事が出来た事
メリーさんを支えていた人達が居た事
メリーさんを嫌っていた人達が居た事
メリーさんの肉声を聞けた事
おばあさんなのに、少し高音で少女の様な可愛らしい声
フィルムの最後に映っていたメリーさんは白塗りでは無く
でも、相変わらず「良家のお嬢様」で
「私は私の生きる道を、胸を張って歩いて来た」
そんな笑顔でした。