「は、早く、薬をくれ」
男は叫んだ、このままでは出血ししてしまう、薬師のポーションがあれば助かる、ところが薬師は離れたところから自分を見ているだけだ。
近寄ろうともしない、男は腕の傷を押さえながら近づいた。
すると薬師はにっこりと笑い、男の持っていた剣を取ると大きく振り上げた。
痛みに男は叫び声を上げた、だが、薬師は平然としていた。
冒険者としては以前のような働きは期待てできないと言われて男は納得できずにいた、片腕がなくなっただけだ。
だが、周りの目は厳しい。
「あの薬師のせいだ、俺の腕を切り落とした」
「説明を聞いていなかったんですか、それは逆恨みですよ、あの魔物は上位種というだけでなく、毒と魔法も使います、放っておいたら全身に毒が回って数時間もたたないうちに死ぬんです、それに魔物は子供がいたそうですね、規定をご存じでしょう」
この時期、森の中での魔物討伐には気をつけて、子連れのは場合は戦闘は避けることと言われていたが、男は魔物の持っている魔石を欲し、戦闘を挑んだ。
「仲間の負傷ですが皆、ひどい、冒険者として復帰は難しいでしょうね、これはリーダーの責任だとは考えないんですか」
ギルド職員の言葉に男は顔を歪めた、仲間の負傷は確かにその通りかもしれない、だが。
「どうして、なぜ、あの薬師だけが無事なんだ」
「それも説明しましたよね、彼女はガーディアンの石を持っているんです、魔物除けの石です」
「聞いたことがないぞ、そんな石の話など」
公にすることではありませんからねと職員は男を見た。
そして、あなたの冒険者としてのランク認定は取り下げになりましたと告げた。
規約違反ですよ、子連れを襲ったことで、今、魔物たちの動きが怪しくなっているんです、森の入り口付近で子供が襲われそうになったんです。
あなた一人のせいで、責めるような口調と視線に男は黙り込んだ。
「仲間も恨んでいるんじゃないですか、あなたの事を」
「あ、あいつらだって、魔石が欲しいと、だから魔物が現れたときも」
「薬師は止めたそうですが、このことについては」
「あの女は、今回、臨時に雇っただけで仲間ではないんだ」
お話になりませんね、これ以上の会話は無駄ですという相手の態度と表情に男は黙り込んだ。
あの薬師のせいだ、仲間たちも怪我をしていた、だが、リーダーの自分の回復が一番、優先されるべき事ではないのかと思ってしまう。
それに石、魔物除けの石の話など今まで聞いたことがない、少なくとも、この国では、そんな石の話など。
その薬師の噂は瞬く間に広まった。
いつも一人で行動し、森の奥深いところにも入って薬草を取ってくるのだが、魔物に襲われたことはないらしい。
武器といえば採取の時の小刀一本だけだ。
だが、最近になって魔物除けの石を持っているから、襲われないのだという噂が囁かれるようになった。
噂を流したのは元、冒険者だ。
「あの薬師は俺の腕を切り落としたんだ、回復ポーションを飲めば俺の腕は元通りになる筈だった」
「しかしなあ、あんたを襲ったのは子連れの魔物、しかも上位クラスだろう、ポーションの効果が現れるまでに毒が回って死ぬ可能性もあったんじゃないか」
「あの薬師は腕がいいということで雇ったんだ、なのに、まともな仕事をせず」
「どうだかなあ」
「それってやっかみ、逆恨みじゃねぇか」
自分の言葉が信用されないことに元、冒険者は苛立ちを覚えた。
回復ポーションで腕を元通りにと思ったが、駄目だった。
どこの医者も首を振り、いや、それ以前にギルドから規約違反と冒険者の資格剥奪で相手にされないのだ。
仕方ないと昔のコネを使い、男は城の高位貴族に話を持ちかけた。
薬師が魔物除けの石を持っている、どんな魔物、高位、上奇種の魔物もそれがあれば近づかない。
だが、そんな貴重なものを、ただの薬師が独り占めしていいわけがない、高貴な人間、貴族、王族が所持するべきではないかと。
貴族は男の言葉に、確かにと頷いた、そして、このことは王に進言しなければと頷いた。
城に呼ばれた薬師は王と息子、数人の忠臣を前にしても臆することもなかった。
魔物除けの不思議な石を持っているそうだが、それを見せてもらえないかという家臣の言葉に薬師は他人に見せるようなものではないときっぱりと言い切った。
「まあ、たかが薬師のくせに」
「立場というものを弁えていないと見える」
「態度といい、いささか、生意気ではないか」
「その石を見せてもらえないか」
王の言葉に薬師は首を振り、見せられる者ではございませんと軽く頭を下げた。
何故と王が尋ねると、石は自分の心臓に埋め込まれているからですと薬師は平然と答えた。
「これは感謝の証です、ですが、この石の存在を知った者が悪しき心で近づいてこないとも限らない、奪われないようにと、その者が魔法で心臓に埋め込んでくれたのです」
年老いた王は感謝のと呟いた、そんなにも感謝されることを目の前の薬師がしたのかと。
「それほどに感謝される善行とは、薬師よ、聞いてくれ」
最近、いやここ半年ばかり、自分だけではない息子や親族や森に出かけると森の中で魔獣に出会う事が増えた。
戦う事もあるが、魔獣は逃げることが多い、最初は自分たちが強いから退けることができたのだと思っていた。
ところが、最近になって、それが反対の情勢に、そして先日、一人の騎士が亡くなった。
そして気づいたのだ、今までの魔物たちの行動は見せかけ、わざとではないかと。
「魔獣は利口です、上位になるとわざと弱いふりをして相手を油断させようとします、ですが、長く続くとなると、遊ばれているのでしょう」
薬師の言葉に、国王直属の騎士を侮辱するのか、王は武人としても、王子たちもそこらの冒険者に対してひけはとらないと反論する声が上がったが薬師は不快にさせたのなら亜やりますとかるく頭を下げた。
「遊ばれるか、何故、そう思う」
「王ともなれば恨みを買う事もありましょう」
「確かに、綺麗事だけではすまない事も多いからな、ところでどんな恨みだと思う」
薬師は顔を揚げてそうですねと独り言のように呟いた後、子殺しですかと呟いた。
「子供を殺された母親の恨みというのは、いかがでしょう」
「ふむ、確かにな、だが、色々な罪を犯しても、それは断じて」
薬師の唇がわずかに歪んだ。
「私に石を下さった方は、そのとき怪我をしていました、自分は無理だ助からない、でも腹の子だけでも助けてくれと言われました」
「なんだと」
「母親の頼みを断ることはできません、ですが、子だけを助けても意味がないと思いました、私は多少、魔術の心得もありました、ですから決心しました、両方を助けようと」
「なんだと、それは」
「私とその母親を融合させたのてす、元々その母親も強力な魔力の持ち主でしたので問題はありませんでした、そして見つけたんです」
薬師の姿が少しずつ変わり始めた、体は大きく膨れ上がり、その頭は人ではなかった。
広間は血の海だ、王は手足を切断されて肉の塊となっていたが、死んではいなかった、ただ、長くはもたないだろうと自分でもわかっているわようだ。
「な、何故だ、人ではない、魔獣を、助けよう、うっっ」
人の姿に戻った薬師は自分は女ですと笑った、でも、その前に母親なんですよと呟いた。
「そして、私の子供を、あなたはどうしました」
このとき王は初めて女の顔を、まじまじと見た、そして声にならない叫びを漏らした。
だが、それが最後だった。