この国の第一王子、エリックは周りの貴族令嬢たちを見て思わずにはいられなかった。
若くて綺麗で愛らしい、それに比べて彼女はと思わずにはいられない。
初めて会ったのは五年前だ、自分よりも年上の彼女の姿を見て、正直なところ、がっくりとして幻滅した。
父親から、これから先の行動には気をつけるように、たとえ政略結婚といえどと、色々と言われたときには、まるで自分が信用されていない気持ちになり、内心、むっとした。
互いに忙しくて、会うのも月に一度、そんな中、婚約者がいると知りながら周りの貴族たちは側室にと自分の娘たちを紹介してきた。
最初のうちこそ、相手にはしなかった王子だが、一年、二年とたつうちに年下で甘え上手な娘達の誘惑に逆らう事が難しくなった、いや、気持ちがぐらりと動いたといってもいいだろう。
自分は将来、国を継ぐのだ、だったら正妻以外に側室を持つというのもないことではない。
自分は側室でも構いませんという彼女達の言葉と殊勝な態度を見ているうちに、心がほだされてくる。
婚約を解消することは正直、難しい、好きな人ができたからといって、それを話して彼女が納得するだろうか。
わからない、婚約して五年も経つというのに会った回数も両手の数と少しばかりだ。
それだけではない、周りにはメイドや貴族たちが、しきたりや政に関しての事を色々と話していて二人きりの会話などあってないようなものだったのだ。
彼女にも好きな男がいれば婚約解消が円満に婚約解消、結婚はなかったことにできるのではないか。
そう思ったとき、ふと浮かんだのは浮気という文字だ、自分はいずれ王になる、不名誉な行動、言動は避けるべきだ、だが、彼女は貴族といっても自分とは立場も地位も違う、それなら。
「ねぇっ、聞きました、あの噂」
「ええ、殿下の婚約者でありながら、他の男性と」
「本当かしら、信じられないわ」
場内で自分の婚約者の噂が流れているという話を聞いたとき、うまくいったとエリックは思った、話が大きくなり国王だけでなく、婚約者の父の耳にも入れば婚約破棄に持ち込めるかもしれない、ところが、一人の貴族がおかしいと言い始めた。
彼女は日々、王妃教育や教会、街の慈善活動に忙しくて、そんな暇はない筈、現に昨日も自分は彼女を見かけたが、数人の侍女と一緒に教会と城を行ききしていた、近々街中に病院を作る為に、忙しくしているというのだ。
その言葉に他の貴族達も田鹿にと賛同した。
「これはもしかして、王子の継承を阻もうとする人間の仕業かもしれませんわ、本人ではなく婚約者から噂を流して貶めようとする、よくある手ですわ」
その言葉に周りの貴族達は、はっとした顔つきになった。
「確かに、言われてみれば王妃教育だけでなく」
「もし、そうなら噂の元を突き止めなければ」
「王家に対する謀反、反逆の意思表示かもしれませんわね」
まさか、そんな噂が流れているとは、エリックは驚いた。
犯人探しが始まり、あっという間に噂を広めた男は詰問、拷問を受けることもなくすぐに白状した。
「まったく、どういうつもりだ」
力なくうなだれるエリックは言い訳をする元気も気力もなかった。
自分の婚約者が年上で気に入らないという理由が分かると王だけではない、周りの家臣達もどこか冷めた目で自分を見ている事に気づいたエリックは改めて自分のしたことを後悔した。
言葉こそないが、周りの人間、皆が呆れているのがわかる。
「それ程まで、この結婚が嫌なら解消を認めよう」
エリックは驚いた。
平民落ちか、別邸で外に出ることもなく一人で暮らすか、どちらかを選べと言われてエリックは迷った。
王族の暮らしを捨てて平民になど自分には耐えられそうにない。
だが、監禁同然で外出もままならない生活など、正直、耐えられるかと聞かれたら、それも嫌だと思ってしまう。
迷った末に彼が選んだ、それは自分にとって最良の選択だ、そう思っていたのに。
しばらくして自分の父親、国王が再婚したという話を聞いたとき、エリックは驚いた。
先妻をなくしてずっと独り身だった、これから先もそうだろうと思っていたのだ。
一体、自分の母親となる女性はと思っていると、ある日、面会したいと女性が尋ねてきた。
父親と結婚し王妃となった女性を見てエリックは驚いた。
今まで自分がどんな美女にも劣らない美貌の女性だったからだ。
「ここでずっと一生、暮らすのですね」
気の毒なことですわと呟く彼女にエリックは思った、自分を救ってくれるのではないかと、結婚してから市政や平民達からも慕われているという話をメイドや周りの世話してくれる者達か聞いていたからだ。
優しそうな慈悲深い女性だ、血の繋がりがないとはいえ、息子が、こんな不遇な状況にいるのだ。
「僕を救ってくれませんか」
母と呼ばなかった、それというのも、こんな綺麗で若い女性が父親のような年寄りにはと思ってしまう、もし、自分が、ここから出ることができたら。
「私にはそんな力はありませんわ」
「いいえ、できます、あなたが父上に頼めば」
無理ですわと首を振る彼女が慌てたように部屋を出ていく、だが、その後ろ姿にエリックは内心、笑みを浮かべた。
大丈夫だ、あの人は自分を助けようとする、絶対にだ。
自分が手を握った時、緊張したように、だが、わずかに顔を赤らめていたではないかと。
ところが、その日の夕食後、自分を尋ねてきたのは父親だった。
幽閉同然の身になって以来、会うことはなかったが、父親は以前より若く見えるとエリックは驚いた。
やはり、若く、綺麗な妻を娶ったせいだろうか。
「おまえの罰が決まった、正式にな、ここから死ぬまで出る事はない」
その言葉にエリックは驚いた。
「おまえは気づかなかったのか、間近で見ても」
「何がです」
「私の妻が、誰なのか、分からなかったのか、本当に」
近づいた国王が耳元で囁くように言った。
「彼女は、おまえの」
エリックは声を上げた。
男の絶叫が聞こえる、その叫びに可哀想に女は気の毒だわと呟いた。
「何を馬鹿なことを」
打ちひしがれたような女の姿に国王は呟いた、おまえのほうがと言いかけて言葉を飲み込んだ。
毎日、寝る間を惜しんでの王妃教育、合間を見つけては城や街の事を気にかけて、だが、そんな努力を無駄にしたのは自分の息子だ。
だから、この結婚は償いといってもいいのに、こんなにも綺麗な女だったのかと驚いた。
ドレスに宝石、最上級の高価なものというわけではない、だが、少し飾りたてただけで、こんなにも変わるのかと驚いた。
自分の選択は間違いでなかったと、国王は改めて実感した。
「あの女が嘘だ、信じられない、ぼ、僕は」
別邸では今夜も元、王子の叫びが聞こえていた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます