「顔色がよくないな」
ホテルに戻ったマルコーの第一声が、それだった。
ちょっと寒いですかね、わずかに顔をそらした彼女の表情と態度に、どこかぎこちなさを感じて、薬を貰ってきたからとビタミン剤を飲ませる。
「ノックスさん、何か言ってませんでしたか」
別にと言いかけて言葉に詰まってしまったマルコーは自分が、ひどく緊張していることに気づいた。
「もし、もしもですよ、助手を辞めたら困りますか」
すぐには答えることができなかった。
「なんだね、いきなり、あー、その、なんだ」
自分を見る彼女の視線が、もしかして知っているのではというような目つきでたまらなくなって、この際だ、どうせならと思ってしまった。
「もし、もしもだよ、その好きな相手に振られたからといって助手を辞める必要はない」
返事はない、代わりに沈黙だ。
「ノックスさん、全部、話してくれなかったんですか」
「途中で息子さんが帰ってきてね」
話す雰囲気ではなかったんだよ、その言葉に彼女は明らかにがっくりと気落ちしている。
「思いきって告白してみたらどうだね、振られることが前提な言い方をしていたが」
「バツイチですよ、あたし、しかも、この国の人間じゃないし、不利な条件が多すぎて」
声が少しずつ低くなり、途中で途切れた。
消極的だと思いながら、大丈夫と励ましたところでカラ元気を出せと言っているようなものだ。
「相手次第だろう、誰だね、その、いや、言いたくないなら無理にとはいわないが、その」
自分が援護してなんとかうまく取り持ってと思ったが、首を振られてしまった。
「もう、言ってしまおうかな、このままだと、ぐだぐだで、気持ちが」
ぶつぶつと呟く彼女はマルコーをじっと見た。
「おいおい、じゃあ、ネェちゃんは自分から言っちまったのか、まあ、それで、おまえさんどうすんだ」
「正直、予想もしなかった」
「まあ、なんだ、ここでおまえがネェちゃんを振っちまったら、助手がいなくなって、一人で診療所に帰ることになっち
まうが」
「それは正直、困る、今、患者の数も増えているし、その」
気まずそうな顔のマルコーをにやにやとした笑いでノックスは楽しそうに見た。
「真面目だなあ、相変わらずよぉ、少しぐらい狡くてもいいんじゃねぇか、おまえさんは」
その言葉にマルコーは神妙な顔つきになった、自分の性格など今更変えられるものではない、だから困っている、その為に相談に来たのだ。
「悩んでる時点で答えはでてるようなもんだろう、それとも、あっちの方は使いもんにならねぇとかいうんじゃねえだろうな」
何を言い出すのか、返事に困ったマルコーはわずかばかり、俯いたまま無言になった。
(確かに、他人に相談したところで、答えを出すのは自分だ)
自分の事なのに答えは出ていると言われても正直、それがわからない。
「おっ、帰るのか」
「ああ、それに診療所をずっと留守にする訳にはいかない」
ホテルに戻ると、どんよりとした表情の彼女に、私、振られるんですかと聞かれ、マルコーは言葉に詰まった、そんな言い方をされると困ってしまうというか、大弱りだ。
「生理痛はどうだね、良くなったら帰ろう、長く留守にするわけにはいかない」
自分の言葉に驚くというよりあっけに取られたような呆然とした表情の彼女を見て、慌てて部屋を出ようとしたマルコーだが、引き止められた。
「あの、それって、もしかして、今夜一緒に」
「駄目だっ」
即答でマルコーは返事をした。
「あっ、いや、と、とにかく、数時間前だぞ」
顔をあげると自分の目の前にはドアがある、もし鏡があったらどんな顔をしているのだろうと思いながら、気になってしまい後ろを振り返ると、すみませんと言われてしまった。
「謝らなくても、いや、その」
ベッドに近づいて、どんな言葉を書けたら良いのかと迷う。
「とにかく、帰ってからだ、正直、こういう事は、あまり」
半身を起こした彼女の背中に手を回して軽く背中をぽんぽんと叩くのが、このときのマルコーには精一杯だった。
シリーズ、最終話です。
次回は帰ってからの事は短編か、突発で書こうと思います。
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