その日、療養所を訪ねてきたのはスーツの男性二人と一人の女性だった、民間の病院を作りたいという申し出は突然すぎるものだが、それだけではない。
そこで働いて貰えないかというのだ。
「結構な話だが、ここにも患者はいる、君たちの話を聞くと病院はセントラルでというのだろう、向こうにも腕のいい医者はいる」
自分でなくてもいいだろうというと三人は首を振り、元軍医でもあったマルコーの腕を見込んでと言葉を続けた。
「イシュヴァールも人が増えていますが、セントラルのような都会とはいえません、まだ色々と不便な事も多いのではないでしょうか、それに」
男は言葉を切ると軽く咳払いをして、先ほど彼女が出て行った扉へと向けた。
「先ほど女性は助手と仰っていましたが」
平静を装いながら、彼女はセントラルでも助手をしていたんだとマルコーは言葉を続けた。
「ドクター・ノックスですね、存じております、しかし、町医者の助手では先生のような方のお仕事は大変ではないでしょうか」
正規の、ちゃんとした看護婦でないと務まらないということか、役に立たないと言っているのか、自分の表情に気づいたのか、気分を悪くなさらないでください、すみませんと殊勝な顔になった男は隣にいる女性の紹介をはじめた。
「彼女はセントラルの大病院で看護婦として・・・・・・」
看護婦、いや、女優のような美貌の持ち主だと思いながら、マルコーはちらりと見ただけで男の方に視線を戻した。
「療養所は新しく立て直したばかりだ、正直、ここを離れるつもりはないんだよ、それに私も若くはない、ここでゆっくりと医者として暮らしていくつもりだ」
正直、この会話を続ける事は苦痛だ、話を聞きたくないというよりも、三人を追い返したい気持ちがだんだんと大きく膨れ上がってくる。
「悪いが、今の私は、ここでの仕事が忙しくてね」
そのとき、ノックの音がした、よろしいですかと男の声がして入ってきたのは白スーツの男性、キンブリーだ。
何を話しているのか気になるけど盗み聞きなんてしたらいけないのはわかっている、でも、絶対、いい話じゃないのはわかる、というか予感がするのだ、診療所が新しくなって、自分も助手として頑張るぞって気持ちになっているときに。
ここ最近、診療所もだがマルコーさんは往診に出掛けた際に手紙、電話をと数時間留守にする事があった、大事な話だろうと思って詳しく聞いたらいけないのかと思ったら、病院の事だから、いずれ話すよという言葉に、あのときは頷いて、あえて聞く事はしなかった、けど、今日の訪問客で不安になってしま
った。
いつもより少し昼食をすませたときだ、こちらはドクター・マルコーの診療所ですねと尋ねてきたのは二人の男性と一人の女性だ、口調や物腰からなんとなく街、都会の人間だという雰囲気で、女性が中に入って診療所の中を見る目つきが気になった。
「あなたは、助手の方ですか、どちらのご出身でしょうか」
男性の言葉を遮るようにマルコーさんが診察室へと三人に声をかけた、何も出す必要はない(お茶も)その言葉に不安になったのはいうまでもない。
もしかして、最悪の場合、ここを出て行くなんて事になるかもしれない、助手といっても正式な医術の知識なんて、現役医者のノックスとマルコーさんの二人に教えてもらった知識しかないのだ。
なんだか悪い事ばかり考えてしまう、やっぱりお茶を出すふりで話を盗み、いや、駄目だ、そんなことをしては床に突っ伏して、悲観しているとドアの開く音がした。
「おや、なんです、お祈りですか、どこかの僧侶みたいですね」
「キ、キンブリーさん」
どうして、ノックの音したと不思議そうな顔をすると男は人差し指を口に当てて静かにという仕草をした。
「そろそろ、来る頃だと思っていたんですよ」
挨拶をしてきましょうかねと言ったキンブリーの顔がいつものようなにこやかな笑顔でない事に気づいた
ノックの返事を待たず、入ってきたキンブリーの姿に驚いたのは訪問客達だ、彼らは無言で、相手をじっと見た。
「ああ、以前お会いしましたね、たしか、中将のところで、隠居されたんでしょうか、どうなんでしょう、レイブン殿は」
三人の男女はレイブンという名前が出てきた事に、わずかに顔をしかめた。
「引退したから軍とは関係ない、民間というのは、少し無理がいえ、都合がよすぎませんか」
流暢に続くキンブリーの言葉、だが、反対に三人の顔色が少しずつ変わり始めた。
「傷の男の報告はどうでした、一応軍とはいえ、彼の上司はアームストロングの」
「知っている、だが、我々は錬金術師の未来の為に」
「それで丸め込まれたわけですか、言っておきますが、元軍人、退役した人間の欲に付き合っていると、足下を救われますよ」
「君とて、我々は同じではないか」
どうでしょうとキンブリーは笑いながら、私の生徒は優秀なんですよとポケットから取り出した紙切れを三人の前に突き出した。
マルコーはふうっと溜息をついた、これで終わってくれたらいいんだがとキンブリーを見ると、やれやれといった感じで自分を見ている。
「退役して暇を持て余す元・軍人というのは厄介ですね」
このとき、あの紙はと気になっていた事をマルコーは尋ねた。
「色々とやっていたみたいですね、現役の頃に」
手渡された紙には軍人としてはあるまじき、事実と行為が書かれていた、退役したからといっても、これが表に出ればタダではすまないだろう、だが。
「これを教えてくれたのは、元、大佐のブラッド氏かね」
キンブリーは、それだけじゃないんですとマルコーを見ながら傷の男は、まだこちらにいますよねと尋ねた。
「ドクター・マルコーの保護というよりは監視もありますが、ノックス医師が彼女をこちらに来るように仕向けたのは良かったですよ」
「何か関係していたというのか、彼女が」
「いいえ、ただ、学校建設の事に関して先生が講座を辞めた後でも、あちらでは色々な噂が流れていましてね、ノックス医師も彼女も、色々と考えるところがあったようですね、それで、今日のことを」
「ああ、電話するよ、心配をかけたようだ」
マルコーの言葉にキンブリーは彼女にもと、扉の向こうにちらりと視線を送った。
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