『学習者のエンパワーメント』(全2巻)が全国学校図書館協議会から刊行された。2007年10月にAASLによって策定された「21世紀の学習者のための基準」にもとづく学校図書館の活動を具体的に解説したSTANDARDS FOR THE 21st-CENTURY LEARNER IN ACTIONとEMPOWERING LEARNERS: Guidelines for School Library Media Programs(いずれも2009年刊)を、それぞれ『21世紀を生きる学習者のための活動基準』『学校図書館メディアプログラムのためのガイドライン』として翻訳したものである。
「21世紀の学習者のための基準」については、すでに2007年11月7日と12月22日の記事で紹介したが、これからの学校図書館の在り方を考える上で示唆に富む内容なので、この機会に、あらためてその特徴と意義を紹介させていただくことにした。なお、基準の全文訳については、2007年の試訳あるいは上記の本を参照していただきたい。
基準そのものは、きわめてシンプルである。1998年の情報リテラシー基準は9項目にわたっていたが、新しい基準は、それを踏まえて児童生徒が自立した学習者として探究的な学びを行うプロセスを4つの項目に整理してある。
基準1は、知識を獲得するプロセスである。問いや疑問をもって、批判的(クリティカル)に思考することが必要だとしている。
基準2は、知識の活用と創造のロセス。結論を出し、意思決定を行い、知識を新しい状況や場面に適用して新たな知識を生み出す。
基準3は、獲得した知識を占有するのでなく、倫理的指針にしたがって知識を共有し学び合うプロセスを示しており、コミュニケーションを基盤とする民主主義社会への参加と貢献を促すものである。注1
基準4は、個人のニーズや興味・関心にしたがって自ら学ぶプロセス。人格と美意識の発達という、高いレベルの人間性を追求する学びである。自発的な読書は、この基準を満たす行動である。
今回の基準には、その前提として私たちが共通に理解しておくべきことがらが9項目にわたって示されている。その一つとして、自立した学びを行うには、問いや疑問をもって調べたり考えたりするスキルだけでなく、スキルを実行に移す気質(心性)、自らの学びに対する責任、自らの学びを評価する力も合わせて必要であることが指摘されている。このことは基準にも反映されていて、4つの基準それぞれに、学びを構成するこれら4つの要素(ストランドという)の具体的な指標が示されている。
新しい基準の前提となる共通理解のなかで、とくに重要な意味をもつのは、読みとリテラシーの概念の広がりだろう。まず、読むという行為について、それが書籍ばかりでなく、あらゆる表現形式と文脈で提供されるテキストを理解し、解釈し、発展させる行為であることを確認したうえで、情報リテラシーについても、それが単一のものではなくて多数のリテラシー(multiple literacies)を含むとしている。その背景には、多元的リテラシーの理論なども視野に入っていると考えられるが、いま一般的にmultiple literaciesに含まれるとされているのは、批判的メディア・リテラシー、印刷物のリテラシー、コンピュータ・リテラシー、マルチメディア・リテラシー、文化リテラシー、エコ・リテラシー、社会リテラシーといったところであろう。一方、今年に入ってオバマ政権は、「学校図書館によってリテラシーの向上を図る補助金 (the Improving Literacy through School Library grant program) 」を削減し、他の5つのリテラシー・プログラムと合わせてリテラシー育成の基金を一体化すると発表しているが、その背景にもリテラシー概念の多元化があると考えられる。このことについて2009年-2010年にAASLの会長だったC.バーネットは、6月28日に行われたダンカン教育長官との対話集会におけるコメントのなかで、「21世紀の学習者のための基準」を示して、学校図書館が幼稚園に入る前から高等学校まで、多数のリテラシーを含む一貫したリテラシー教育の枠組みを提供していることをアピールしている。
同じコメントのなかでバーネットは、オバマ政権が制定を奨励している統一カリキュラム(Common Core State Standards)や高等学校で高度な教育を行うチャレンジ・カリキュラム(Challenging high school curriculum)についても、新しい基準に示された学びのスキルと探究のプロセスを教科内容の指導に組み入れることによって応えられるとしている。オバマ政権の教育政策の指針となる「改革のための青写真」には、その他にも児童生徒の学習スタイルや優れた点を利用して全体的な学力の向上を図る加速学習や、基礎科目だけでなく(芸術、外国語、歴史、公民、経済、環境教育など)幅広いカリキュラム(well-rounded curriculum)によって教養教育を充実させることが大学教育や職業に備えることになるとして奨励しているが、ここでも学校図書館がさまざまな形でリーダーシップをとることができることは想像に難くない。
問われているのは、学校図書館専門職の仕事の仕方ではないか。1998年の『インフォメーション・パワー』には、情報リテラシーの育成を核とする学びの共同体としての学校図書館を明確にしたうえで、「テクノロジー」を活用し、「コラボレーション」を行い、「リーダーシップ」を発揮する学校図書館専門職(SLMS)の働き方が示されている。これを踏まえて策定された「21世紀の学習者のための基準」から浮かび上がってくるのは、児童生徒の学びのプロセス全体に関わって自立した学びへと導いていく(guide)学校図書館(専門職)の姿である。そのために欠かせないのが、リソースとツール、そして刺激的でありながら温かい環境とを提供する学校図書館であり、他の教職員とコラボレーション注2を行うスクール・ライブラリアンである、というのが最後に記されている共通理解である。教師とスクール・ライブラリアンがお互いの専門性を越えてともに学習者の学びに関わることで、お互いの活動はより拡張的になり、それぞれの守備範囲はますます不明確になる。それは、今まさに、さまざまな業界や分野で起こっていることでもある。
アメリカの学校図書館基準が提起するこうした課題にたいして、はたして日本の学校図書館はどのようなスタンスをとり、現代の教育課題にどのように応えようとするのか。いまだ、そのビジョンは明確とはいえない。
注1:ジョン・デューイは『民主主義と教育』の第1章で次のように述べている。
This education consists primarily in transmission through communication. Communication is a process of sharing experience till it becomes a common possession. It modifies the disposition of both the parties who partake in it. (John Dewey, “Democracy and Education”, 1916)
「この(生存のために自己を変革する)教育は、主としてコミュニケーションによる伝達にある。コミュニケーションとは、経験を分かち合って、共通の財産とする過程である。コミュニケーションは、それに参加する双方の当事者の気質(心性)を変えるものである。(足立訳)
注2:ここでは、教科担当の教師と一緒に授業の計画を練り授業や評価を行うことを意味している。それは、学校図書館で児童生徒にたいして授業に関連する資料・情報を提供するCoordination(協調)、教師からの要請によって授業支援を行うCooperation(協力)の次の段階。桑田てるみ著『思考力の鍛え方』(静岡学術出版、2010)の238ページに紹介されているMontiel-Overall1の協働モデルにおけるCあるいはDの段階である。
付記:コラボレーションを視野に入れて学校図書館職員と教職員との連携を進めるために、学校文化に根差した学校図書館活動を推進するツールを開発しようと考えています。その構想は、後日あらためて、このブログで紹介させていただくつもりですが、関心のある方は左のコラムからメッセージをお送りください。