スプーンの事を「ブキ」と呼んでいた。登山用語らしい。食事には、基本的にこれ一本を使っていたと思う。自分もそうだが、山行中、誰かが失くしたという話は聞いたことがない。「ブキ」は、上着の胸ポケットのボタン穴に挿して携行していた。
今のような濡れティッシュは無かった。全体の装備の一つとして「トレペ」(トイレットペーパーのこと)はあったが、それは使わず、食事をした後は、各自きれいに舐めて、胸ポケットに。
山に入ると、衛生感覚が変化する。地面に落ちたものも、さっと土を払い、「かめへん」とか「死ねへん」とかいいながら、食べたり、食事の材料なら、鍋に入れたり、が当たり前だった。今でいう"3秒ルール"みたいなものか。入部したての新入生も、最初は抵抗感を持つが、何度か山行を重ねていくうちに、平気になっていく。
山では、食べる時以外に「ブキ」の特別な使い方があった。
それは、缶詰を切ること。
初めてそれを見た時は感動し、実際に自分でやって出来た時は更に感動した。
缶詰の縁に穴を空け、そこから更に切り込んで開けていく、という作業だ。穴を空けるまでが最も力を使うが、空けてしまうと、後はコツさえつかめば簡単。
缶切りに効果的な「ブキ」があった。それは学生食堂のスプーンだ。薄くて(平たく言えば安物)、穴を空け、切込みを入れるのに役に立つ。胸ポケットに入れても、軽いのが良い。皆、学食から「ブキ」を調達していた。
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"15分"は、早い?!、それとも、時間かかり過ぎ?!
労力を考えれば、缶切りを持っていった方が余程楽なのに、と思ったものだが、あえて「ブキ」での缶切りにこだわるところに、技術の継承(?)のような、何かしら誇らしさを感じたりもしていた。
今はプルトップ缶の時代。缶切りの使い方も知らない人がいる。
卒業以来、「ブキ」での缶切りはしていないが、いつかもう一度挑戦してみたい。
その為には、プルタブ無しの缶詰と薄いスプーンを調達しなくては。
さて、何分で開けられるか。
開けられるか。
ちょっと、心もとない。