「桜花」サムホール
ツバメの記事からあっという間に立春ですが 毎日寒い日が続き、東北など雪に慣れているようなところでもこの冬の豪雪には悲鳴をあげているとニュースで伝えています。毎日、雪に関する事故で大切な命が失われたりすると、本当に心が痛みます。
京都の北部の方はともかく、京都市などは底冷えはするものの、雪に関してはそれほど苦労知らずであるのはいいことなのでしょう。。
それにしても景気の低迷は、この寒い日本をますます冷やし「底冷え」は続いているようで、ニュースを見ていると世の中ますます世知辛くなってきそうです。。
いつの時代も人々は、本当の幸せや喜びとは何か、本当の豊かさとはなんだろうと考え求め続けていますが、人それぞれの求めるまま、また時代時代の「幸せ」や「喜び」や「豊かさ」があるような気がします。
それはごく当たり前のことですが、人それぞれの、またその時代の社会背景にも左右される一連の価値観が根底にありそこから生まれるものだからなのだと思います。
ボロは着てても心は錦、といった実を取る人もあれば、その真逆もあったり。。
日々質素倹約な生活を送っても、人付き合いを大切にする人や、住まい空間を美しく整えて生活を楽しむ人など、人の思いによって幸せの価値基準は様々です。
また戦争下のような非常時においては、日々「生きる」ためにシンプルな生活を強いられますが、一昔前のバブル期においては贅沢なモノが世の中に溢れ消費一途の生活で、モノもいいもの、よくないものとが混沌としていました。
そして今、現代はどんなことが人の「幸せ」や「喜び」や「豊かさ」なのでしょうか?
震災、天災など頻繁に起こった非常時には、戦争下に通じるような思い「ごく当たり前のいつもの暮らし」がそうなのでしょう。。
最低限に必要なモノだけがある生活で、家族そろって元気であることここそが、そうなのでしょう。。
いつの時代も美術品は、経済的に余裕のある時代の産物としてあり、「二次的なモノ」がなくても生きていけるということなのでしょう。。。。。
でも、・・・でも過去においていつの時代にも確かにこの「二次的なモノ」は存在し続けてきました。
たとえ「二次的なモノ」であっても、ある人々はそれを求めている、ということなのです。
どんな時代にあっても「幸せ」や「喜び」として、求められるという価値のある「二次的なモノ」。。
今はとにかく困難な時代ですが、求められるそんな「モノ」を創っていきたいものです。。。
さて、今日から東京での久しぶりの私の個展が始まりました。ご都合よろしければご高覧ください。
大丸東京店 10階 アートギャラリーにて
2/8(水)から14日(火)までです。