「ねえ、何考えてるの、先生」
「んー、まあありきたりだけど時間が止まればいいのになって。つくづく幸せ者だなぁ俺は、って思ってた」
そう答えたけど、ホントではない。嘘でもない。
愛し合った後のピロートーク。タバコを吸いたかった。でも彼女の隣で吸うわけにいかない。
口寂しいのを我慢して天井をぼんやり眺めていたら、聞かれた。ねぇ何考えてるのと。
君は知らない。大概こういう時、男はなあんにも考えていないんだ。
「えー、やだそんなの。あたしは早く時間が過ぎればいい。一日が48時間くらいでビューって2倍速で経てばいいのに」
彼女は口を尖らす。
「それって、2倍速の意味なくないか。48時間だと」
「あ、そうか。んもう、計算とかホント苦手!」
「君は文系だからなぁ。でも、なんでそう思うの」
「だってあたし早く大人になりたいもの。大人になれば、先生と付き合ってるの隠す必要ないし、こそこそ隠れて会うこともしないで済むでしょう? おおっぴらにデートしたり結婚したり出来る。
早く大人になりたい」
大きな瞳で俺を見つめながらキッパリ言う。その潔さとまっすぐさがあまり眩しくて俺は目をすがめた。
ーーああどうか、やっぱり時間を止めてくれ神さま。
この少女を、潔癖なほど美しいままで俺の中に閉じ込めておきたい。彼女の心には今俺しかいない。その暴力的なほどの純粋さを一身に浴びていたい。まるでプリズムの光を手のひらに転がすみたいにーー
まばゆさに身を浸して。
「先生、置いていかないで。あたし早く大人になるから」
彼女はそう言ってまどろむ。甘い眠りに絡めとられてゆく。
ややあってすうすう寝息が聞こえ始め、俺はそのあどけない寝顔にキスをした。
彼女の薔薇色の頬に。
「バカだな……置いてかれるのは俺のほうだろ」
プリズムが陰る時が、いずれ来る。輝きが色褪せるのを止めることは出来ない。
それは予感。それともーー
砂時計の砂がこぼれ落ちてしまわないように、俺は眠る彼女の髪をそっとひとふさ指に絡めた。