背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

お疲れさま、ありがとう

2008年09月22日 04時32分51秒 | 【図書館内乱】以降

よっこらせ、と。
手塚がタクシーから郁を引っ張り降ろして、女子寮の玄関先まで担いできたのは、もうあとちょっとで門限、という時刻。

「ここまででいいのか?」

そう尋ねた手塚に、柴崎は「うん。っていうかあんたこっから先は立ち入り禁止でしょ」と笑う。

「後はトモダチ起こして手伝ってもらうから大丈夫」


もう寝るかとベッドに潜り込もうとした、そのタイミングを見計らったかのように、携帯が鳴った。見ると柴崎からだ。出ると、「あ、手塚、今すぐに表門まで来て。早くね」と言われた。返事をする間もなく、一方的に切られる。

何なんだよいったい? 訝りながらそれでも着の身着のままで出て行く。と、停止させたタクシーの脇に立つほっそりしたシルエットが月光に照らし出されていた。

「遅い」

開口一番柴崎が言う。
手塚は無茶言うな、と思いながら、「どうした?」と窺う。
柴崎は半身からだを開け、タクシーの中を見るよう促した。
事情はすぐに察せられた。後部座席で郁が完全に酒に沈んでいたから。


昼間、久々にひどいミスをして堂上にこっぴどく叱られていたのを手塚は隣で見ていた。今夜は柴崎とつるんで外で自棄酒と決め込んだらしい。
柴崎はこれを女子寮まで運ぶように手塚に言った。
なんで俺が? 
そう言いたいのはやまやまだったが、タクシーの運転手が待っている。仕方がなく命じられるまま肩に担いだ。

「あんたが起きててくれて助かったわ。あたし一人じゃこの大トラ娘、どうにも動かしようないもんね」

柴崎は上背のある郁をさえ軽々と担ぐ手塚を見上げながら言う。
郁は酒臭い息を吐きながら、「きょおかあ~ん。あたしってなんでこうらめなぶかなんでしょう。でもみすてないでぇ」とむにゃむにゃ手塚の背中のあたりでしきりに唱えている。
こいつは正真正銘の大物だよ、そう苦りながら、手塚は返した。

「寝ててもたたき起こす気でいたくせに。何を」
「あら、分かった?」
「お前のやりそうなことだよ」
「夜の散歩もわりかしオツなものよ?」
「そうだな。笠原っていうでかい重石がなけりゃ、見ようによっちゃ散歩に見えなくもない状況かもな」

むすっと言い返すと、柴崎が声を上げて笑った。

「ごめんごめん。今度は笠原なしで誘うわよ」

どうだか、と言おうとして手塚は言葉を飲み込む。
柴崎も郁に付き合って結構呑んだせいか、月明かりに照らされて、ほんのり紅潮した頬がいつもよりも表情を柔らかく見せている。
綺麗な女だ。と、内心呟きながら、何を今さら、とどぎまぎする。
コイツが美人なのは、しかも全く食えない美人だってのは、自他共に認めるところじゃないか。

ほろ酔いなのだろう。隣を歩く柴崎から鼻歌が聞こえてきた。ひょっとしたら無意識なのかもしれなかった。
昔見た古い洋画の主題歌。なんというタイトルかは忘れたが。
幸せとは縁遠い、哀しい女が主人公だった気がする。
手塚はその映画のタイトルを思い出そうとして、どうしても思い出せず、女子寮までの数十メートルを歩いた。いつもよりゆっくり気味の歩調だったのは、決して担いだ笠原が重いせいではなかった。


「みんなー、ちょっと手え貸してくれるー?」

玄関先から中に声をかけると、数人の寮生が出てきて「あー、笠原ってばあ、またこんなにつぶれてえ」「柴崎がついていながら何してんのよ全くう」「いや、悪い酒でさあ今夜は特別。事情はそこにいる手塚が一番よく知ってるんだけどねー」「え、いや、俺は……」「なによ、ここまで笠原をへこませるなんて、どうなってんの、タスクフォースの連中は」というやりとりが交わされ、仕舞いには上官批判にまで発展しそうな勢いになってきたところで、「はいはい、とにかく部屋まで運んでちょうだーい。後はあたしが着替えさせるから」と柴崎がまとめた。

仲間が郁を連れて階段を登って行くのを見届けて、手塚に向き直る。

「お疲れ様、どうもありがとうね。
助かったわ。来てくれて」
「……ん、」
「後で何かお礼させるね。――笠原に」

そつなく言って、じゃあね、と踵を返そうとしたところを手塚が呼び止める。

「なあ。礼はいいから、もう一回言ってくれ」
「え?」
「今の、もう一回。【ありがとう、お疲れ様】ってやつ。それで相殺でいい」

気がついてるか? 柴崎。
お前は笠原のことなら、素直に俺に礼を言うんだぞ。いつも。
気がついてないだろ。

柴崎は怪訝な顔をしている。
手塚はまあいいや、と肩をそびやかした。そして、

「また誘ってくれ、――散歩」

重石があってもなくてもいいぞ。そう言って柴崎に背を向けて歩き出した。
さっき口ずさんでいた柴崎の鼻歌が、知らず感染っていた。同じフレーズを繰り返す。
哀しいけど、綺麗なメロディだった。
ブイのようにぽかりと夜の海に浮かぶ月を見上げながら、手塚は男子寮に戻った。

Fin.
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2 コメント

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月光が (たくねこ)
2008-09-22 10:52:25
冴え冴えとした、冷たい月光に照らされているシルエットが見える気がします。
いつも文章がきれいで、うっとりします…
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ありがとうございます ()
2008-09-22 21:07:13
過分なお言葉、いたみいります~
でもたくねこさんがそう感じてくださるのは、月に照らされる二人が美男美女だからですよゥ
鼻歌は「ムーンリバー」のつもりなのですが、柴崎はともかく手塚には似合わない気がして敢えて題名を入れるのはやめました。
また機会があったら【秋風】さんに投稿したいです。
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