「ジョウ」
アルフィンは気圧され、息を呑んで彼を凝視した。射るような眼差しで、目が離せなかった。
ジョウは肩を大きく上下させた。なんとか激情を押さえ込み、理性をかき集めて自分を落ち着かせようとしていた。が、それはなかなか困難な様子だった。
やがて、本当に自分の身体のどこかを痛めたかのような顔をして、アルフィンに言葉を差し出した。
「アルフィン、君は身体の自由を失った。永遠に自分の足で大地に立つことはできない。
そして俺は自由な身体をもっている。それだから君を失うのか」
そんなのってあるか。ジョウは言ったきり、口をきつく引き結んだ。
アルフィンはもう彼を正視できない。でも視線を逸らしても、彼の、きつく握られた手がいやでも視界に入る。
やがてジョウはようやく元の呼吸のリズムを取り戻し、椅子にすとんと座った。
そしておもむろに腰のホルスターに手を伸ばす。右手側の銃入れには、アルフィンも扱い慣れたレイガンが収めてある。
彼はごく自然な動作でそれを抜き取った。
右手でレイガンのグリップを握る。安全装置を解除しながら。
「もう一度だけ言う。後は二度と口にしない。
アルフィン、俺と結婚してほしい。ずっと俺の側にいてくれ」
およそプロポーズとは思えない、硬い口調だった。まるで目の前にいるのが罪人か何かで、それを裁いているような。あるいは自分自身を崖の淵に追い詰めるような、ぎりぎりのところに今ジョウがいることが窺えた。
そしてジョウは手にしたレイガンを、アルフィンに差し出した。持ち手を彼女の方に向けてぐいと押し付ける。
アルフィンはたじろいだ。そんな彼女に向かい、
「断るんなら、今ここで俺を撃て。すぐに。眉間を射抜け。
分かるな? 心臓じゃなく、頭だぞ」
ジョウは親指を立てて自分の額を突いた。
「…何を言っているの」
呆気に取られて、という言葉が追いつかないほど、アルフィンは呆然としてそれだけ言うのがやっとだった。
ジョウは怖いくらい真剣な目をしていた。押し付けても持とうとしないアルフィンに、強引にレイガンを握らせた。
「君を失うくらいなら、死んだ方がましだ。君の手で息の根を止めてくれ。それが最後の頼みだ」
「……真剣な顔して冗談言うのやめてよ」
「冗談を言ってるように見えるか?」
薄く、夜空にあわられた三日月のようにうっすらと嗤ってジョウは、レイガンを目で促した。
「どうする? 俺と結婚するか、俺を撃つか、アルフィンが選べよ」
アルフィンは呻いた。
「そんな選択肢ってないわ。非常識よ。こんな、こんなのプロポーズでも何でもない」
指輪じゃなく銃を差し出して求婚するなんて、普通じゃない。ありえない。
ありえないと思いつつ、ああ、でも、と心のどこかで納得している自分がいる。
この男は、ジョウはこういう人なのだ。知っている。昔からこうだった。
激しい。こわいくらい深い愛情をもつ男。
あたしの最愛の人。
涙腺が緩む。でも、アルフィンは彼がここまで言ってくれているのに、どうしても踏ん切りがつかない。ジョウの懐に飛び込んでいけない。
それはジョウのせいじゃない。動かなくなった自分の脚のせいでもない。
あたしのせいだ。あたしは自分に自信がない。
ジョウの愛情に見合うだけのものを、もっていると胸を張って言える自信がないの。
卑屈な心。変にプライドの高いところ。きっと元もとあたしにはそういうところがあったのだ。それが単に事故をきっかけとして出てきたに過ぎない。
ひととして弱い部分。目を逸らしてしまいたい欠点が。
今思えば、ひどいことを言った。取ってはならない態度を彼に取った。
ジョウだって苦しんで苦しんで、自分と同じだけ辛い思いをして、その結果の求婚だったというのに。
血を吐くように差し出してくれた愛の言葉を、あたしは浴びるだけ浴びて何も彼に返そうとはしなかった。悲劇のヒロイン役に酔いしれていたんだ。
あたしはこの身体を盾に、ジョウを拒絶し、傷つけた。
ほんとは誰でもよかったのかもしれない。誰かが苦しむ顔を見られるなら。
それが、一番大事なジョウのものであってもだ。
あたしは最低だ。この人にふさわしい女じゃない。
あたしじゃだめなのよ。分かって、ジョウ。
アルフィンは震える手でレイガンのグリップを握った。
構える。久しぶりに扱ったが、ごく自然に手になじんだ。それが哀しかった。
アルフィンは銃口をジョウに向けた。自分に向けられた発射口ががたがたとぶれるのを彼は静かに見守っていた。
アルフィンの指先が、ゆっくりとトリガーにかけられる。
二人の目がぶつかる。どちらも逸らさなかった。睨みつけるようにわずか、見つめあった。
数秒が数時間にも感じられるような、濃厚な時間が流れた。
「……言っておくけど」
ジョウが、引き金を絞ろうとしたアルフィンにぽつりと言った。
「それで俺を撃つ振りをして、自分を撃ったら、自殺なんてしたら、すぐ俺も後を追うからな。
君だけ逝かせるもんか。絶対離さない。死んでも」
ああ。
アルフィンは目を閉じ天を仰いだ。胸にレイガンを掻き抱きながら。
見透かされてる。全部お見通しなのだ、ジョウは。
何もかも。
アルフィンは堰を切ったように泣いた。手からレイガンが落ちて、ベッドの上に転がる。
「どうして? どうしてよ。ずるいじゃない。
どうしてそんなに優しいの。優しくしないでよ。あたしを切り捨てて。見放してよ。
もう十分なの。あたしは十分に愛してもらった。これ以上あなたに愛されたら、あたしもうあなたなしじゃ生きていられなくなる。今ならまだ間に合うのに。どうしてそうさせてくれないの」
ひどいわ、ジョウ。
ひっくひっくとしゃくりあげて、アルフィンは大泣きした。まるで小さな女の子のようだった。頬を滂沱のように涙が伝い、上掛けにぽたぼた落ちては吸い込まれていく。
ジョウはアルフィンのベッドにそっと腰を下ろした。レイガンを取り、ホルスターに仕舞った。
そして、激しく泣くアルフィンの顔を覗き込んだ。何と声をかけたらいいか、逡巡した後、
「ごめんな」
と耳元で囁いた。
「....…なんで謝るの。ジョウなんて大嫌い」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、アルフィンが喚いた。
ジョウの顔がほころぶ。ちょっとだけ、事故の前に戻ったような笑い。
「ありがとう」
「だからなんでお礼を言うのよ。大嫌いって言ってるのに、おかしいわ」
真っ赤な目を向ける。大嫌いが女性にとって裏返しの言葉だとわかるぐらいには、俺も大人になったんだよ。
とは口にしなかった。代わりに、
「プロポーズ、受けてくれるんだろ。そういうことだろ?」
そう言ってますますアルフィンを泣かせた。
「ばかっ」
アルフィンは嗚咽を漏らした。こらえられなかった。
「そんな嬉しそうな顔をしないでよ。分かってる? あたしがこの車いすに縛り付けられるように、あなたもあたしに一生繋がれるのよ。
足枷につながれるみたいに。それでもいいの?」
ジョウは答える代わりにアルフィンの頭に手をやった。
ぽん、とあやすように置いて、それから優しい仕草で撫でる。何度も。
その手を頬に当てた。滑り落ちる涙を拭き取ってやる。
ジョウの指を温かな涙が濡らした。
「それでもいい。いや、それがいい。君に一生縛り付けられるなんて、最高だ」
アルフィン、愛している。
俺の枷に、一番愛おしくて、大事な枷になってくれ。
アルフィンがジョウの胸に飛び込んだのは、その言葉の直後。
泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いて、泣き疲れて眠ってしまうまで、ジョウはアルフィンを腕に抱いたままだった。きつく抱き締め、離そうとしなかった。幾度も髪を撫で、頬にくちづけした。
ようやく手に入れた、この人を。ジョウはアルフィンを抱擁しながら、身体の隅々まで温かい想いで満たされていくのを感じていた。
アルフィンは気圧され、息を呑んで彼を凝視した。射るような眼差しで、目が離せなかった。
ジョウは肩を大きく上下させた。なんとか激情を押さえ込み、理性をかき集めて自分を落ち着かせようとしていた。が、それはなかなか困難な様子だった。
やがて、本当に自分の身体のどこかを痛めたかのような顔をして、アルフィンに言葉を差し出した。
「アルフィン、君は身体の自由を失った。永遠に自分の足で大地に立つことはできない。
そして俺は自由な身体をもっている。それだから君を失うのか」
そんなのってあるか。ジョウは言ったきり、口をきつく引き結んだ。
アルフィンはもう彼を正視できない。でも視線を逸らしても、彼の、きつく握られた手がいやでも視界に入る。
やがてジョウはようやく元の呼吸のリズムを取り戻し、椅子にすとんと座った。
そしておもむろに腰のホルスターに手を伸ばす。右手側の銃入れには、アルフィンも扱い慣れたレイガンが収めてある。
彼はごく自然な動作でそれを抜き取った。
右手でレイガンのグリップを握る。安全装置を解除しながら。
「もう一度だけ言う。後は二度と口にしない。
アルフィン、俺と結婚してほしい。ずっと俺の側にいてくれ」
およそプロポーズとは思えない、硬い口調だった。まるで目の前にいるのが罪人か何かで、それを裁いているような。あるいは自分自身を崖の淵に追い詰めるような、ぎりぎりのところに今ジョウがいることが窺えた。
そしてジョウは手にしたレイガンを、アルフィンに差し出した。持ち手を彼女の方に向けてぐいと押し付ける。
アルフィンはたじろいだ。そんな彼女に向かい、
「断るんなら、今ここで俺を撃て。すぐに。眉間を射抜け。
分かるな? 心臓じゃなく、頭だぞ」
ジョウは親指を立てて自分の額を突いた。
「…何を言っているの」
呆気に取られて、という言葉が追いつかないほど、アルフィンは呆然としてそれだけ言うのがやっとだった。
ジョウは怖いくらい真剣な目をしていた。押し付けても持とうとしないアルフィンに、強引にレイガンを握らせた。
「君を失うくらいなら、死んだ方がましだ。君の手で息の根を止めてくれ。それが最後の頼みだ」
「……真剣な顔して冗談言うのやめてよ」
「冗談を言ってるように見えるか?」
薄く、夜空にあわられた三日月のようにうっすらと嗤ってジョウは、レイガンを目で促した。
「どうする? 俺と結婚するか、俺を撃つか、アルフィンが選べよ」
アルフィンは呻いた。
「そんな選択肢ってないわ。非常識よ。こんな、こんなのプロポーズでも何でもない」
指輪じゃなく銃を差し出して求婚するなんて、普通じゃない。ありえない。
ありえないと思いつつ、ああ、でも、と心のどこかで納得している自分がいる。
この男は、ジョウはこういう人なのだ。知っている。昔からこうだった。
激しい。こわいくらい深い愛情をもつ男。
あたしの最愛の人。
涙腺が緩む。でも、アルフィンは彼がここまで言ってくれているのに、どうしても踏ん切りがつかない。ジョウの懐に飛び込んでいけない。
それはジョウのせいじゃない。動かなくなった自分の脚のせいでもない。
あたしのせいだ。あたしは自分に自信がない。
ジョウの愛情に見合うだけのものを、もっていると胸を張って言える自信がないの。
卑屈な心。変にプライドの高いところ。きっと元もとあたしにはそういうところがあったのだ。それが単に事故をきっかけとして出てきたに過ぎない。
ひととして弱い部分。目を逸らしてしまいたい欠点が。
今思えば、ひどいことを言った。取ってはならない態度を彼に取った。
ジョウだって苦しんで苦しんで、自分と同じだけ辛い思いをして、その結果の求婚だったというのに。
血を吐くように差し出してくれた愛の言葉を、あたしは浴びるだけ浴びて何も彼に返そうとはしなかった。悲劇のヒロイン役に酔いしれていたんだ。
あたしはこの身体を盾に、ジョウを拒絶し、傷つけた。
ほんとは誰でもよかったのかもしれない。誰かが苦しむ顔を見られるなら。
それが、一番大事なジョウのものであってもだ。
あたしは最低だ。この人にふさわしい女じゃない。
あたしじゃだめなのよ。分かって、ジョウ。
アルフィンは震える手でレイガンのグリップを握った。
構える。久しぶりに扱ったが、ごく自然に手になじんだ。それが哀しかった。
アルフィンは銃口をジョウに向けた。自分に向けられた発射口ががたがたとぶれるのを彼は静かに見守っていた。
アルフィンの指先が、ゆっくりとトリガーにかけられる。
二人の目がぶつかる。どちらも逸らさなかった。睨みつけるようにわずか、見つめあった。
数秒が数時間にも感じられるような、濃厚な時間が流れた。
「……言っておくけど」
ジョウが、引き金を絞ろうとしたアルフィンにぽつりと言った。
「それで俺を撃つ振りをして、自分を撃ったら、自殺なんてしたら、すぐ俺も後を追うからな。
君だけ逝かせるもんか。絶対離さない。死んでも」
ああ。
アルフィンは目を閉じ天を仰いだ。胸にレイガンを掻き抱きながら。
見透かされてる。全部お見通しなのだ、ジョウは。
何もかも。
アルフィンは堰を切ったように泣いた。手からレイガンが落ちて、ベッドの上に転がる。
「どうして? どうしてよ。ずるいじゃない。
どうしてそんなに優しいの。優しくしないでよ。あたしを切り捨てて。見放してよ。
もう十分なの。あたしは十分に愛してもらった。これ以上あなたに愛されたら、あたしもうあなたなしじゃ生きていられなくなる。今ならまだ間に合うのに。どうしてそうさせてくれないの」
ひどいわ、ジョウ。
ひっくひっくとしゃくりあげて、アルフィンは大泣きした。まるで小さな女の子のようだった。頬を滂沱のように涙が伝い、上掛けにぽたぼた落ちては吸い込まれていく。
ジョウはアルフィンのベッドにそっと腰を下ろした。レイガンを取り、ホルスターに仕舞った。
そして、激しく泣くアルフィンの顔を覗き込んだ。何と声をかけたらいいか、逡巡した後、
「ごめんな」
と耳元で囁いた。
「....…なんで謝るの。ジョウなんて大嫌い」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、アルフィンが喚いた。
ジョウの顔がほころぶ。ちょっとだけ、事故の前に戻ったような笑い。
「ありがとう」
「だからなんでお礼を言うのよ。大嫌いって言ってるのに、おかしいわ」
真っ赤な目を向ける。大嫌いが女性にとって裏返しの言葉だとわかるぐらいには、俺も大人になったんだよ。
とは口にしなかった。代わりに、
「プロポーズ、受けてくれるんだろ。そういうことだろ?」
そう言ってますますアルフィンを泣かせた。
「ばかっ」
アルフィンは嗚咽を漏らした。こらえられなかった。
「そんな嬉しそうな顔をしないでよ。分かってる? あたしがこの車いすに縛り付けられるように、あなたもあたしに一生繋がれるのよ。
足枷につながれるみたいに。それでもいいの?」
ジョウは答える代わりにアルフィンの頭に手をやった。
ぽん、とあやすように置いて、それから優しい仕草で撫でる。何度も。
その手を頬に当てた。滑り落ちる涙を拭き取ってやる。
ジョウの指を温かな涙が濡らした。
「それでもいい。いや、それがいい。君に一生縛り付けられるなんて、最高だ」
アルフィン、愛している。
俺の枷に、一番愛おしくて、大事な枷になってくれ。
アルフィンがジョウの胸に飛び込んだのは、その言葉の直後。
泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いて、泣き疲れて眠ってしまうまで、ジョウはアルフィンを腕に抱いたままだった。きつく抱き締め、離そうとしなかった。幾度も髪を撫で、頬にくちづけした。
ようやく手に入れた、この人を。ジョウはアルフィンを抱擁しながら、身体の隅々まで温かい想いで満たされていくのを感じていた。
だから、アルフィンがずーと引きずってるんじゃない。
ところで、けがをするまで、ジョウとアルフィンは、どういう関係だったのかな?同僚?恋人?
レスを返すと、ネタバレになる恐れがありまして、遠慮していました。ごめんなさい。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
同僚、恋人、設定はどちらでも、お気に召すままに。
秋の描写が出てくるので、この季節の投稿となりました。